第12話 訓練
翌日から鳴海の訓練が始まったのだが、結論から言えばいのりとアズキのタッグは教えるのが非常に上手かった。
座学では偽装、爆破、偵察、航法などただの大学生であった鳴海には縁遠い知識を叩き込まれたが、アズキの広範な知識といのりの豊富な現場経験が噛み合い、説明は無駄なく的確だった。
ただし、同時にかなりスパルタだった。
体力向上を目的とした体力練成から始まったのだが、その内容は鍛えていたわけでもない一般的な大学生なら半分でリタイアするレベルだ。鳴海も初日は吐きながら這いつくばった。
実戦を想定した格闘術の訓練において、初めていのりと手合わせした時は鳴海は容赦なく投げ飛ばされた。
細い腕で軽く払われたと思ったら、次の瞬間には視界が回り、背中からマットに叩きつけられる。オリヴァーの「返り討ちにあう」という発言が本当だったと痛感し、同時に「この華奢な身体のどこにあんなパワーが……?」と本気で疑問を抱いた。
「はいそこ〜、年頃の女の子の身体をジロジロ見な〜い」
「そういうのじゃないって……」
一方アズキはそんな鳴海を見て、ケラケラと笑っていた。
そして射撃訓練。
その日、鳴海は朝から射撃場に連れていかれ、いのりから真新しい拳銃を手渡された。
「これがあなたの銃。良かったね、新品だよ」
鳴海は両手で受け取る。名古屋の地下鉄以来、2度目の実銃。冷たい金属の重みが掌に沈み、指が自然と震えた。
「じゃあ早速…」
いのりが射座に促しかけた時、アズキがニヤニヤしながら口を挟んだ。
「いきなりやらせるより、先に姫が見本見せてあげなよ。プロの射撃ってやつをさ♪」
「それもそうかも。じゃあ見てて」
いのりがホルスターから愛銃をスムーズに引き抜き、手元の端末を操作すると、人型のターゲットが地面から起き上がる。そして銃を構え、引き金を引く。渇いた銃声が連続で数十発響き、スライドが後退する。
あっという間に全弾を撃ち尽くしたいのりが、再度端末をタップすると、ターゲットが地面を滑りながら目の前まで移動してくる。
「ヒュ〜お見事。全弾バイタルゾーンに命中。怖い怖い」
ターゲットを見てアズキが茶化すが、鳴海は驚嘆していた。
頭部と胸部に開いた15個の穴は、まるで定規で測ったように正確で、着弾点のズレは数ミリもない。
「じゃあ次は鳴海の番」
いのりが鳴海を促す背後で、次のターゲットが立ち上がる。
「こ、こんな感じかな?」
鳴海は見様見真似で銃を構えるが、当然その構えはぎこちない。
いのりが後ろからそっと近づき、腕や腰、足の位置を直接直していく。
「もっと脇を閉めて。足は肩幅より少し開く。腕は前に突き出すイメージで伸ばして。あと力みすぎない」
細い指が鳴海の肘を押さえ、背中に軽く触れる。
息が耳にかかりそうで、緊張が別の意味でも高まる。
「うん、そんな感じ。いつでもいいよ」
鳴海は銃のサイトをターゲットに合わせる。あとは引き金を引くだけだが緊張が高まる。
目の前の標的はただの訓練用のターゲットだし、名古屋の地下鉄で撃ったのは人だったのを考えれば、何のことはないはずとはいえあの時は必死だったしあまり覚えてもいなかった。
意を決して指先に力を込めて発砲する。
反動は小さかったが、弾はターゲットの端をかすめて外れた。
その後も散発的に撃つが、命中は10発中2発。残りは空を切る。
全弾撃ち終え、ターゲットを確認すると、穴はまばらで、バイタルに届いたのは奇跡の1発だけ。
「まぁ、最初だしこんなものかな。撃ち方は覚えた?」
いのりの評価は辛い。
「なんとなくは…でも毎回これを意識してやるのは大変そうだね」
「違うよ鳴海」
いのりは静かに首を振る。
「意識しなくても自然にこなせる。それがプロだよ」
その言葉に、鳴海は改めて背筋が伸びる。
続いて小銃の射撃。
反動は拳銃の数倍で、初弾で肩が跳ね、連射では銃口が天井を向きかけた。
いのりに構え直され、20発のマガジンを2本空ける頃には肩が痺れていたが、命中率は少しずつ上がっていった。
休憩を挟み、鳴海の前に今度は「銃以外」の装備が並べられた。
机の上にはナイフや刀剣類、棒状の金属、そして全身を覆う黒いタイツ状のスーツがある。
「これは?」
「順番に説明する。まずこれは、ナノテクスキンアーマーという新時代の防具」
いのりは黒いスーツを手に持ち、軽く振ってみせる。
「薄く、軽量。だけど防御力は従来のプレートキャリアと同等かそれ以上でほぼ全身を覆う事が可能。弱点は頭部を覆う事はできないという点。衝撃吸収はほとんどできない点。そして…」
いのりはおもむろにナイフを手に取り、スーツに突き刺す。ナイフは机ごとスーツを貫通した。
「薄い分、刺突や斬撃に弱いという点。条件次第ではこういう風にただのナイフでも貫ける。でもより特化した武器が求められ、こういった近接武器が戦場に帰ってきた」
いのりはナイフを引き抜き、そのまま傍の刀剣を指差す。
「とはいっても出番が頻繁にあるわけじゃないから、携帯性を追求した物も多い」
そう言いながら金属棒を手に取り、手首を一振り。すると刃が勢い良く飛び出た。
他にも伸縮式のトンファー、ワイヤー内蔵の警棒、振ると刃が開く仕込み杖など、暗器のオンパレード。
「そしてこれらの武器を扱うための技術も盛んに研究されてる……けど、こういうのはユウの得意分野かな。銃よりこういうの使ってた年月の方が長いだろうし」
そう言うといのりは手にした暗器を鳴海に差し出す。
「じゃあ訓練を再開しようか」
受け取りつつ鳴海は(また投げられるのかなぁ…)と一瞬だけ現実逃避した。
それからあっという間に5週間が過ぎた。
毎日が地獄のような訓練だったが、鳴海の身体と技術は目に見えて変わっていた。
筋肉は引き締まり、銃の構えは自然になり、格闘戦でも、いのりに一矢報いる瞬間が増えていた。最もいまだに白星はないが。
そんなある日の訓練終了後。
「鳴海、明日は休暇にする」
1日の終わりに鳴海はいのりにそう告げられた。
半日休みなどは今までもあったが1日丸々の休みは初めての事だ。連日の肉体への過負荷を考えれば喜ばしい事なのだが、いのりが鳴海に情けをかけてくれるとはもう思えなくなっていた。
そしてその鳴海の予想は的中した。
「明後日、近隣の島で訓練の仕上げをする。実戦を想定したものになるから油断しないように」
「せいぜい死なないようにね〜」
いつも通りの抑揚のない声のいのりにアズキがニヤニヤとしながら続ける。
「死ぬ危険性が…?」
鳴海の声が裏返る。
いのりは淡々と頷いた。「場合によっては」とだけ。
鳴海は顔を上げ、いのりを見据える。
「……了解しました。死なないように、頑張ります」
鳴海の声はやや震えていたが、目は揺れていなかった。




