第10話 世界
昼食を済ませたいのりと鳴海が昨日と同じブリーフィングルームに移動すると、そこにはユウが待っていた。鳴海がこれから何をするのかという意味でいのりに目線を向ける。
「これから歴史の勉強。ということで詳しい人に頼んだ」
「詳しい?」
「うん、実際にその目で歴史を見てきた人」
そう言いながら、壁に設置されたモニターの電源を入れ準備を始めるいのりに代わってユウが口を開く。
「つまり、俺ってわけだ」
「その目で見てきた…というのは?」
ユウは戦場を渡り歩いてきたであろうとはいえ、歴史を見てきたとなると違和感を覚える。
「言葉の通りさ。俺は何歳に見える?あ、世辞はいらんぞ。素直に答えてくれ」
言われて鳴海はユウを改めて観察する。
自分よりかは間違いなく歳上ではあるだろうが、かといってそこまで歳を重ねているようには思えない。どちらかと言うとまだ青年の範疇にありそうだ。
「……20代後半、とか?」
「お、良い線だな。正解は27だ」
「お若いですね」
「うん。ところでお前らの因縁ある福岡のテロは何年前だ?」
「10年前ですね」
「そうだな、となると俺はその時17か?ぎりぎりありえなくもないか。じゃあいのり、アルスヴィズの設立年は?」
ユウはパソコンを開いて準備を進めるいのりに聞くと、いのりは一瞬だけ顔をあげて答える。
「2025年。25年前」
「あらら、俺は2歳でPMCを立ち上げたらしい。さすがにありえないな」
「ど、どういうことですか?」
困惑する鳴海にユウは答える。
「簡単だ。俺はとっても長生きなんだ。言うなれば不老長寿だな」
「は?」
告げられた事実に固まった鳴海にユウは苦笑する。
「うん、まぁそうなるか。いのり、10年前と今の俺は外見上の違いはあるか?」
「ない。ユウは、ずっとあの時のユウのまま」
今度は顔を上げることもなくいのりは答えた。17歳でテロからいのりを救うのはまだしも、2歳でPMCを創設するのは不可能だというのは分かる。だが、その矛盾の答えが不老長寿とはさすがに信じがたい。
「で、でも…そんなの…」
「ありえないってか?だけどお前は既にもう1つありえないものを見ているだろう?」
鳴海の瞳を覗きながらユウは目を細めてニヤリと笑う。
その不敵な笑みで鳴海は思い出す。名古屋で見たユウの異能を。異常な再生能力によって不老を得ている、と考えれば確かに可能なのかもしれない。半信半疑だが鳴海はなんとか自分を納得させたものの1つ疑問が残った。
「……不死、ではないんですか?」
不老不死なら分かる。しかしユウは不老長寿と言った。つまりユウにも死はあるということだろうか?
鳴海の問いにさも当然かの様にユウは答える。
「当然だ。命あるモノ全ていつか死ぬ。早いか遅いかだ。俺はそれが極端に遅いだけだ。さて、俺自身の話はここら辺にしておくとして…そろそろ本題に入ろう」
ユウは鳴海の言葉を軽くいなしながら、準備が整ったのを確認してモニターの前に立ったが、すぐにいのりに顔を向けた。
「いのり、なに話せばいいんだ?」
いのりは小首を傾げる。
「決めてないの?」
「さっき言われたばっかだぞ。決めてるわけないだろ」
「それは予想外。ユウなら即興でも大丈夫だと思ってた」
「ほう?安い煽りだな?じゃあこの半世紀の振り返りでもしようか。地図を出してくれ」
「煽ったつもりはなかったけど……まあいいか」
いのりが小声で呟きながら端末を操作すると、スクリーンに世界地図が映し出される。
「これはアルスヴィズで現在使用している地図だ。日々変わるから、もしかしたらお前の知っている地図とは違うかもな」
言われて鳴海が地図をよく見てみると、確かにところどころ知らない国名や地域名が表示されていた。その中でも異質なのは何も表示されておらず、黒色に塗りつぶされている地域だった。いのりが端末を再度操作するとそれらの表示は消え、国境線だけが表示されたシンプルな地図に変わる。それを背後にしながら、ユウが喋り始めた。
「今日の世界が形作られた分岐点となったのは2028年のユーラシア連邦の成立だろう。ユーラシア主義を掲げる連中が政権を握り、旧ロシア連邦は滅び旧ベラルーシと合併し、新国家を樹立。そのまま周辺の小国に攻め込んだ」
ユウの言葉に合わせてユーラシア連邦の国境——旧ロシア、旧ベラルーシそしてコーカサスの一部と中央アジアがまとめてハイライトされる。
「その後の30年代の第二次アメリカ内戦やスコットランド紛争によりNATO及びEUの分裂が引き起こされ、欧州の緊張状態が高まった。これにより、欧米諸国の監視から解き放たれた世界の国々が相次いで行動を開始した」
続いて北米、ブリテン島、欧州がハイライトされる。どれもこの四半世紀で大きく様変わりした地域だ。
「例えばアフリカ合衆国や南米諸国連合の成立、オーストララシア連邦やスカンディナヴィア連合王国などの地域統一国家の出現。それらに触発されたアラブ諸国でも統一の機運がある。アジアでは、中華連邦が今は政治改革の最中で混乱しているが、次なる行動を虎視眈々と狙っている」
アフリカ北部、南米、オセアニア、北欧とハイライトされていき、最後に中国大陸がハイライトされる。
「分裂したEUの内、西側は欧州連合として統一され、東側では復活したポーランド=リトアニア共和国を中心にしたインテルマリウム陣営が結成された」
ハイライトされていた欧州の間に新たな国境が現れ、それと同時に全てのハイライトが消えそれぞれの国名、あるいは陣営名が表示された。黒く塗られた地域がない地図となり、鳴海の知識にある世界が完成した。
「そしてそれらの過程で無政府地帯が世界のあちこちに広がった。主なのはアフリカやシベリア。他にも中国奥地や南米の一部。あとは第四次印パ戦争で核の使用されたインド亜大陸もそうだな」
ユウの挙げた地域の他にも幾つかの地域が黒く変化し、最初の地図へと戻った。
ニュースなどで、ある国のある地方の統制が行えなくなっているなどとは聞いたことがあったがここまでの規模とは思っていなかった鳴海はその範囲の広さに驚く。
「すみません。質問してもいいですか?」
鳴海が声をあげ、ユウが視線と手で続きを促す。
「無政府地帯と言いましたが、具体的にはどういう状態なんですか?」
「一言で言えば混沌そのものだ。政治的な秩序が消滅したことで、あらゆるしがらみから解放された人間が好き勝手やる無法地帯。ある意味でこの世で最も自由といえるかもな。とはいえ大体は軍閥やギャングなんかが幅をきかせているがな」
「誰も秩序を取り戻そうとしないんですか?」
続けての鳴海の質問にユウは腕を組み答える。
「損切りというやつだ。例えばユーラシアの連中は戦略的価値も資源もないシベリアを必死こいて取り返す意味はない、シベリア鉄道沿いだけ維持していれば良い。そう判断したんだろう。ユーラシア主義が聞いて呆れるな」
くつくつと喉を鳴らしならがらユウが指したシベリアに広がる黒色をよく見ると、細い一本の線の様にユーラシア連邦の領土が表示されていた。
「例外はインドだ。放射能汚染されている上に残党同士が戦闘を続けている地域なんて誰も関わりたくないて放置されてる。この地図ではほとんど真っ黒だが実際にはいくつもの政府が乱立しているんだ。デリー中央政府、デカン・コミューン、南インド共和国、インド救国戦線…どれが存在していてどれが存在しないのか、もう何つ巴かも分からん。この世で最も秩序から遠い場所の一つさ」
ユウは呆れた様に肩を竦める。
インドの惨状については鳴海も知っている。自分が生まれる前に起きたことではあるものの、15年以上経っても秩序が回復しない魔境。実際の現地がどうなっているか想像することもできない。
「次になぜ、こんな世界でPMCが台頭したかだ」
ユウは地図を見つめ直しながら再開する。
「これは簡単だ。金だ。自国で正規軍を整え維持し続けるより安価な、必要な時に必要なだけの武力行使の手段が求められれようになった。政治的な面でも、もしPMCがしくじっても『うちはそんな連中は知らん』とシラを切ればいいだけだ。もちろん相手はそんなの信じないが確たる証拠を出さない限り追及には限度がある。それ以前にお互い同じ事をしてるんだからな。言いっこなしってやつだ」
内容に反して悪戯っぽい笑みを浮かべるユウに鳴海は薄ら寒い感覚を覚えながらも、黙って続きを聞く。
「アルスヴィズの掲げる「あらゆる力の要求に応える」という題目はこうした世界情勢にこれ以上ないほど刺さる。規模の大きさに関わらず、武力衝突において俺たちは引っ張りだこだ。それに加え、祖国の政変、あるいは消滅で国を捨てたり追い出された人間が多くいて、都合の良く使える汚れ役を求めてる連中も多くいる。要するに、デカい国が多くなりすぎて逆に戦争が起こしにくくなった。でも、他国に嫌がらせはしたい。そういう背景で俺たちは規模を拡大しているのさ」
ユウは地図を一瞥し、軽く肩をすくめて締めくくる。
「とまぁ、こんなところか。なにか聞きたいことは?といっても、さすがに大体は知ってただろ?」
ユウの言う通り無政府地帯の規模や実情など正しくは把握していなかった点もあるが、概ね鳴海の持っている知識と相違なかった。
その様な世界で戦いに身を投じるアルスヴィズ、ひいてはユウの考えが気になった。
「ユウさんは今後世界がどうなると思いますか?」
鳴海の質問にユウは少し考え、口を開く。
「かつての列強国たちが周辺国を取り込んで拡大している現状、中小国たちは地域毎に団結しなければ生き抜く事はできないだろう。それが平和的に行われるのか、武力を用いて行われるのかは分からん。そうして勢力均衡が上手く働けば暫くは平和が続くだろう。もしそうならなかったら…俺たちの仕事が更に増えるなことになるな」
そこで一度言葉を区切り、「その上で」と前置きする。
「俺たちはあくまで傭兵で政治的なやり取りには干渉しない。だからこの時代の最終的な勝利者が誰であろうと関係ない。どういう歴史になろうとも、戦争がなくなることはないし武力は必要になり続けるからな」
今までの歴史を紐解いて戦間期と後の時代に言われる時代でも、戦争そのものは無くなった事はない。力の要求がなくなる事はなく、アルスヴィズが食い扶持に困ることもない。だから究極的にはどうなってもいい、そういうことだろう。
だが、次の言葉はそれとは真反対だった。
「個人的意見としては……くだらない争いはさっさと止めて真の敵に向き合うべきだと思う」
そう目を伏せて言うユウに鳴海は食いつく。
「結社、ですか。ならそう働きかけるべきでは?」
「無駄だよ。既に何度もやった。だけど結果はこの通りさ。第四次印パ戦争でどれだけの都市と人間が焼き払われたか知っているか?」
顔を挙げたユウは黒色に染まったインドを指差しながら首を振る。
「デリー、インドール、スーラト、ハイデラバード、イスラマバード、カラチ、ラホール……多くの都市がこの世から消え去り、人的被害は1億以上ともいわれる。そしてその後の核の冬は小規模だったとはいえ、世界的な食糧不足を起こしそれによる死者はその10倍とも20倍ともいわれている」
第四次印パ戦争によってもたらされた核の冬の影響はいまなお残っている。世界的な気温の低下と、それにより食糧生産にも少なくない被害が出た。
「全くもって愚かな事だ。それ以前でも人は飽きもせずに戦争をし続けてきた。そんな連中を導くことなんか無理だ。だから俺はやり方を変えた」
それまでのうんざりしたような声色から一転して、底冷えするような冷たい声色に変わったユウが続ける。
「人類文明に深く根ざしている結社を根絶する最も確実な方法は人類の殲滅だ。だけどそんな事は現実的じゃない。できるのは精々嗅ぎつけた連中の計画を阻止してやることだけ。普通の人間なら半世紀ちょっとでおしまいだが、生憎俺なら連中を邪魔し続けられる。それこそ永遠にでも」
鳴海は、「人類の殲滅」などという思わず笑ってしまいそうな方法でしか殲滅できない結社も、それを大真面目に考えるユウにも、同じだけの恐れを抱いた。
そこで、鳴海はふと気付く。
そういえば、ユウが結社と敵対する理由は聞いていなかった。永遠に結社と戦う覚悟の源はなんなのだろうか。
「さて、授業は終わりだ。いいよな、いのり?」
「うん、ありがとう。急に無理言ってごめんなさい」
鳴海がそれを聞こうとする前に、ユウがいのりへ声をかけいのりはモニターの電源を切りながら礼を言った。
「これくらいなら構わんよ。ところで船の案内は終わったんだろ?この後は決めてるのか?」
「座学かな。そのための資料も作って渡してあるし」
「ならそれと並行して言語問題をなんとかしろ。お前相手以外で日本語を話すのは面倒だ」
「分かった」
ユウは軽く手を振り、「じゃあな」と言い残して部屋を出ていった。
ユーラシア主義ってロマンあるよね。ロマンだけね。




