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第1話 砕けた日常

 今日が臨時休講日だったと知っていたら紫雲鳴海(しうんなるみ)は満員電車に揺られる事はなかった。

 昨夜、サークルの飲み会で深夜まで騒ぎ、なんとか自宅に帰ったもののそのまま力尽きた様に玄関で眠った結果、大寝坊をしたと勘違い。大慌てで家を飛び出したのが30分前。

 電車に飛び乗りようやく一息ついて携帯端末を開くと愕然とした。

 『教授急病につき、臨時休講とする』

これならシャワーを浴びてベッドで寝直せば良かった。電車を降りて引き返す気力すらなくなってしまい、そのまま街の中心地へと運ばれる。

やがて繁華街付近の駅で降り、街のシンボルの一つでもあるテレビ塔の前の手頃なベンチに腰掛け青い空と白い雲を眺めていると、どこかセンチメンタルな気分が募る。

 鳴海の人生は苦労があったが、今や平凡だった。

幼い頃に両親をテロで失い、育ててくれた祖父母の遺産で名古屋の大学へ。

刺激を求めて様々なイベントに首を突っ込んだが、行き着いたのは平凡な日々。

鳴海は平和な日常に欠ける『何か』を求めていたが、答えは見つからない。飲み会で騒ぐだけの生活に最近は自らが平均化している事実に気付いた。「これが大人になるという事なのか」と格好つけてみても閉塞感は消えない。

 何か、日常を壊す出来事はないのか。テレビ塔の下で周囲を見回す。人通りは多いが平和そのもの。ため息をつき、帰ろうと立ち上がった瞬間—

 轟音が広場を揺らし、鳴海は身を縮める。

大きなコンテナを背負ったトレーラーが広場に乗り出してきたところだった。

あわや轢かれそうになる人や、事故かと騒ぎ出す人もいる。

 コンテナの扉から黒ずくめの無数の人影が飛び出し、筒の様な物を構える。

それが一目で銃だと分からなかったのは平和を謳歌してきた日本人だからだろうか。

 彼らはなんだろう、と呑気に考えていた時、突然背後のテレビ塔が内部から爆発し、上部が崩落する。


「なに…!?」


今度は無数の破裂音が響く。発砲する音だ。

鳴海の頭は真っ白。逃げる人々、響く銃声、地面に広がる血溜まり。

その全てが悪い冗談のようで、まるでフィクションかと錯覚してしまう。

だが無理もないことだった。

つい先ほどまで平和だった場所に突然黒ずくめの男たち、いや兵士達が現れて民間人相手に無差別に銃撃を始めるなど、誰が想像できようか?ましてここは紛争地帯でも無政府地帯でもない。時代外れな平和を謳歌していた国家だ。

そんな非常時の対応も避難方法も誰も知らず、ただひたすらに殺戮の被害者になるしかない。


「Миссия выполнена」


 周囲に動くものがいなくなると兵士たちの内1人が首元に手を当て無線か何かに喋る。日本語や英語ではない。

 どうやら隠れている鳴海には気づいていないようだが、状況は良いとは言えない。どこかとやり取りしている兵士以外は車や建物の陰を一つずつ覗き込んでいる。隠れている鳴海にはまだ気づいていないが、人間がいれば容赦なく銃弾を撃ち込んでいる。

 このままでは死ぬ。逃げなければ。背後の乗り捨てられた車群を縫えば、脱出できるか?中腰で移動を始めてる、足音——兵士がすぐ傍に。銃口の闇が鳴海を捉える。死の宣告。目を閉じ、震える身体を抑える。

 銃声。だが痛みはない。目を開けると、兵士が左肩から赤い血が噴き出してよろめく。

兵士は苦悶の声を漏らしながらも右腕一本で銃を構え直すが引き金を引くよりも早く、鳴海の背後から複数の銃声が続き腕、胸、額が撃ち抜かれ、倒れる。

 呆気に取られながら、背後を振り返ると仁王立ちして拳銃を構える藍色の髪の男と、片膝をついて同じ様に拳銃を構える銀髪の少女がいた。

1人の人間を射殺したというのにまるで気にも留めていない。


「いのり!援護するからソイツを安全な場所に!」


男の叫びに、少女—いのり—が鳴海の首根っこを掴み、建物の柱に放り込む。小柄な身体からは想像できない力だ。鳴海は「もう少し優しく…」と思うが言葉にならない。

 そんな鳴海をよそにいのりは柱の陰から射撃を始める。他の兵士たちが自分たち以外の銃声と倒れた仲間に気付き銃撃を始めていた。

 少女の援護を受けた藍髪の男が滑り込み、鳴海に声をかける。


「やぁ、少年。生きてるか?」


日本語を喋っているがどう見ても日本人ではない。藍色の髪もそうだが白い肌と翠色の瞳は国こそわからないが、まず間違いなく欧米人だ。


「な、なんとか…」

「怪我は……なさそうだな。よし、少年。名前は?」


 そんな事を考えながら返事をしていると、銃を置いた男に全身を隈なくチェックされ最後に背中を叩かれて思わず咽せるがなんとか名乗る。


「鳴海、紫雲鳴海です…」

「鳴海か、良い名前だ。俺はユウだ。こんな事に巻き込まれるなんてお互い不運だな」


 手短な挨拶を終えるとユウと名乗った男は翠色の瞳を鋭く光らせ、銃を構え直す。


「不運って……アイツらはなんなんですか!?なんでこんな事をするんですか?!そもそもアナタ達だって……!」


 鳴海が叫ぶ。

それに対してユウは冷たく一瞥する。それが尚更鳴海を助長する。


「人が死んでるんですよ!アナタ達だってさっき殺した!」

「分かった分かった。答えてやる」


 身を隠している壁や柱に飛んでくる銃弾の雨に数発撃ち返してからユウは口を開く。


「まずアイツらが何者かは知らん。当然目的も知らん」


また数発撃つ。


「そして、人は死ぬものだ。以上」


 さも当然かの様な口ぶりでまた1人の兵士を倒す。いのりが遮蔽に隠れ「ユウ、3人倒した。けど残弾が少ない」と報告する。


「俺が注意を引く。その間に側面に回れ」

「了解」


いまだ非現実的な状況を受け止めきれない鳴海をよそに目の前の2人は坦々と役割分担を決めて動き出す。

 いのりが車両の間を進み、その間にユウが数秒前に倒した兵士の手からライフルを奪い、銃身だけを遮蔽から出して撃つ。けたたましい銃声と共に銃弾が吐き出され兵士達が頭を下げる。

そしてその隙に射線を確保したいのりの正確な射撃が1人、また1人と兵士の命を刈り取っていく。

 一方、相対する兵士たちにも動揺があった。

特に大きな障害の予想もないはずだった作戦初期段階で予期せぬ反撃を食らい、既に少なくない被害が出ている。

兵士たちのリーダーが車に隠れ無線に叫ぶ。


「こちらエコー増強分隊。反撃を受けています!警察でも軍でもありません!」

<バカな、ヤポンスキーが銃を持っているものか。何者だソイツらは>

「分かりません。しかし、よく訓練されている動きです」

<なんでもいい、すぐに始末しろ。オーバー>

「了解、直ちに。オーバー」


通信が切れる。兵士たちは動揺しながらも反撃を試みるがユウといのりの動きは速い。鳴海は気付く。この2人、住む世界が違う。

ユウがボンネットに飛び乗り、兵士の額に銃弾を撃ち込む。


「お話は終わったかよ兵隊さん?」


兵士が倒れ、ユウが鳴海の元へ戻る。いのりも合流し、「クリア」と報告。


「ああ、こっちもだ。だがまだいるだろう、残弾確認しろ。それにしても民間人相手に派手にやったな。50人は下らんか?いやここ以外でもやってるならもっとか」


ユウの言うように周囲からはいまだに銃声や爆発音が聞こえてくる。


「いのり、ソイツを調べろ」


少し離れた場所で倒れている兵士を顎で指して指示をいのりに出す。

いのりが倒れている兵士に近づき、ヘルメットとその下の目出し帽を脱がせて顔を覗き込む。


「白人、ロシア系かな。装備も整ってる。各種光学機器と無線、AK-12に手榴弾、スモークまである…。そして訓練された動き。ちゃんとした兵士だよ」

「どこぞの軍人崩れか?なんにせよ面倒事に巻き込まれたみたいだな。悪いが休暇は取り消しだ」


まだ初日なのに…とぼやき、見るからにテンションが下がったいのりを尻目にユウはいつの間にやらつけていたヘッドセットのマイクに向かって声を張る。


「部隊長より緊急。アルスヴィズ各員に伝達。コード24-B発動。母船及び護衛艦に対する戦術的防衛行動開始。第二種戦闘体制。」


 一連の言葉の意味の半分も理解出来なかったがどうやらこの男には他にも仲間がいて、かつ命令を下せる立場にいるらしい。

そのままユウは通信機相手に会話を続けてから周囲を見張っていた少女の方を向く。


「いのり、即応プランDだ。非戦闘員を伴っての敵地脱出ミッション。敵情不明、友軍の援護はなし。質問は?」

「部隊は動かせないの?」

「この国では活動許可貰ってないからな。ヘリ一機飛ばすのにすら時間がかかる。頼まれてもいないのに部隊展開なんてしたら後々面倒だ。さっさと脱出して洋上待機だな」

「………特別手当て、出る?」


不満気な少女に苦笑しながら出すよ、と答えたユウは次にこちらを向き口を開く。


「さっきも言ったが俺はユウ。こっちは橘花(たちばな)いのり。まぁ、部下だな」


少女はこちらを一瞥するとすぐに興味をなくした様に視線を外す。


「うん、まぁちょっと人見知りなんだ。根は良い子だから気を悪くしないでくれ」

「……貴方達は何者なんですか」


 つい先ほどまで銃撃戦を行ってたと思えないほど素っ気ない態度の少女にやや面食らうが、それよりも知りたいのはこの2人の正体だ。

殆どの人間が銃とは無縁な人生を過ごすこの日本において当然の様に銃を携帯しており、それを使用する事に躊躇もない。ともすれば地面に物言わぬ死体となって転がっている黒装束の兵士達と大差ない。違うのは鳴海を殺そうとしたか助けたかだ。

 そんな鳴海の恐れを含んだ疑問に対してユウはゆっくりとこちらを向くと、芝居がかった大袈裟な動きをしながら一語ずつハッキリと喋り出す。


「俺たちはアルスヴィズ」


厳かでどこか挑発的な声が付近から聞こえる銃声や爆発音の中で異質に響く。

まるで演劇の舞台の様に目の前の男が空間そのものを支配してるかと錯覚する。


「俺たちはあらゆる力の要求にこたえる者。求められれば何処だろうと、誰だろうと、武力を提供する。民間軍事会社アルスヴィズだ」


そうして獣を思わせ、本能的に恐怖を抱かせるような不敵で獰猛な笑みを見せるこの男は残念ながら、この場において鳴海が縋れるただ一つの救いであった。

名古屋市民の方が居たら申し訳ありません。作者は名古屋に住んでいませんが、名古屋が好きなので爆破してみました。


基本的には書きたい欲求をそのままにやっていきたいと思います。人様に見せる様に文字を書くのははじめてなので拙いとかいうレベルではないでしょうが、ご意見ご感想あれば一言でも嬉しいです。

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