銃使いハンカー
アズラ公国には首都オルを中心に円を描くように7つの大きな都市が存在する。
それぞれの都市は1人の執政官が統治しており7人の執政官はどれも強力な権限を有している。
ラノアは南の都市セレスを統治しているが今回の任務の為、補佐としてドルクが請け負う。
ドルクは腰の低い男ではあるがアズラ公爵の右腕として知られ役職名は無いものの執政官よりも立場は上であった。
そのドルクが深々と頭を下げながら言った。
「円滑な任務の遂行をお祈りしておりますスプリング様、そしてあなたの〝あるじ〟をよろしくお願いしますオズマ様。どうかご無事で」
早朝のオルの大通り。空は相変わらず黒雲で暗く人の往来も少ない。
「全くドルクは大げさだな。こんな陰気な街で神妙にならないでくれよ」
馬車は既にドルクによって用意され、客が乗るのを待っている。
「なあ早く行こうぜ。おっさん心配しなくても俺が守るから大丈夫だって」
「おお、それは頼もしゅうございます。重ね重ねスプリング様をよろしくお願いします」
「だーっ!おっさん心配性かよ!もう行こうぜ〝姉御〟!」
〝姉御〟呼びは宿で今後の計画を話し合っている時にオズマが考え出したスプリングへの呼び方である。
そこには彼なりの敬意が含まれているのだった。
「じゃあセレスの事は頼んだ」
スプリングはドルクにニッコリ笑うと馬車に乗り込んだ。
遠ざかる馬車をドルクは見えなくなるまで見送った。
その日の新聞の朝刊。
各社の一面にはセンセーショナルな見出しが躍っていた。
〝南部都市セレスの執政官スプリング氏が殺人鬼オズマを釈放させる!〟
〝野に放たれた殺人鬼。求められるスプリング氏の説明責任〟
〝執政官のあるまじき【失政】裁判前の殺人鬼オズマを釈放か〟
執政官フィスコはコーヒー片手に新聞をニヤニヤしながら眺めていた。
「よしよし仕事が早いね、これであの女は国民の敵だ。で、殺し屋は大丈夫なんだろうね?」
傍に仕える秘書のマルローという男が静かに頷いた。
「現在5名の殺し屋がスプリングの元に向かっております。今日中には依頼は達成されると思われます」
「素晴らしい!マルローお前を雇って良かった!あたしの人材を見抜く目は凄いのよ!」
フィスコは高まる気分を押さえる事が出来ず立ち上がると、朝の深い青色の海を一望しながらコーヒーを一気に飲み干した。
ラノアとオズマを乗せた馬車はオルの北門を抜け3時間ほど直進していた。
「オズマ、昨日話した通りこのまま北に向かえばテスラ王国との国境に辿り着く。しかし北の都市ハイランドベルという場所を越えねば国境に辿り着けない」
「もうー!それ何回も聞いたって。で、そこの執政官ギズモって奴がすげー厄介なんだろ?」
「そうだ。執政官ギズモ・ゴルテア。美しい女のような見た目だが残虐で狡猾な男だ。君の存在が知られれば必ずトラブルが起きるだろう」
「俺の召喚獣に空飛べるのが居ねーからなあ。で、昨日話した召喚獣使うんだろ?」
「そう、君が殺人に明け暮れていた頃、虹彩認証無しに都市に入る為に使った召喚獣だ」
その時馬車が止まり御者が「お客さん!」と、馬車のキャビンの扉をノックした。
ラノアは懐の小さなハンドガンを抜き扉に銃口を向ける。
「何かあったのかい?」
優しく尋ねるラノアに御者は慌てふためき「ま、魔物がこっちを睨んで唸っているんです!ギガントドッグっていう肉食獣です!こりゃもう進めねえ!オルに戻りましょう!」
「なるほど分かった」
ラノアが扉を開けた瞬間、御者は構えたショットガンをラノア目がけて打ち込んだ。
銃声がキャビンに響くとラノアは吹き飛ばされ逆方向の扉に叩きつけられた。
「はは!油断し過ぎ!これで200万オルカ(約20億円)なんて旨すぎる仕事だ!」
オズマは「てめえ!」と叫ぶと「ランスロット!!」と手のひらに小さな銀鎧に身を包んだ人形を召喚した。
「なんだそのちっこいのは?」
オズマに銃口を向ける刺客は馬鹿にしたように笑いながら引き金を引いた。
乾いた銃声が響く。
しかし召喚されたランスロットは放たれた弾丸を銀の剣で全て真っ二つにし、ばらばらと足元に残骸を落とすのだった。
「は?俺のショットガン〝ジェシー〟は8発の魔光弾を放つ特別性だぞ!何でお前生きてるんだ!?」
その時倒れていたラノアが「よくやったオズマ」とゆっくりと上体を起こした。
「姉御良かった!すまねえ俺が油断してた!」
「構わん。しかしそいつはまだ殺さないでくれ。聞きたい事があるからな」
生きているラノアに動揺する刺客は再び銃を構える。
「無駄だ。私の体は80%機械で出来ているからな。銃の類は効果が薄いんだよ」
「き、機械だと!?80%だと!?嘘つくな!人間が80%の機械化手術に耐えられるわけがねえ!20%の手術でも発狂しちまうのに!」
「き、機械?姉御何の話だ?」
「オズマ話はあとだ、まずはこの男を拘束してくれ」
オズマは頷くとランスロットは高速で移動し刺客の持つショットガンをバラバラに切り刻んだ。
「ジェシー!俺のジェシーが!」
ランスロットは間髪入れず剣の切っ先を喉元に突き付ける。
ようやく勝ち目がない事を悟った男は、両手を上げその場に膝をつくのだった。
「さて、誰に雇われた」
「フィスコだ。フィスコ・ル・フィズ。あんたの方が〝仲が良い〟だろ?へへ」
「こいつふざけてんのか!?殺そうよ姉御!」
「落ち着けオズマ。で、仲間は?」
「仲間なんていねよ。取り分少なくなるしな」
「他に何か情報は?」
ランスロットの刃が首筋に少し当たり、血が滲んでいる。
「ちょっ!痛い止めて!5人雇ったってさ!5人で競争して先に殺した奴が賞金総取りだって!」
「じゃああと4人の殺し屋が来るって事か」
「へへへ、言っておくけど1人の執政官で5人だぜ?仮に5人全員殺しても追加されるだけだし。あんた皆から恨まれてるんだろ?残り5人の執政官が何もしないと思ってんのか?しかも今日の朝刊にそこのガキの事報道されちまったしよ。敵だらけだなーへへへへ」
「お前はガキ以下だろ!武器壊されて涙目なりやがって!」
「おいジェシーを武器とか呼ぶんじゃねえ!俺の恋人だ!撤回しろ!」
「何が恋人だばーか!人間の恋人くらい作れよ!ばーか!」
「はあ?200万オルカ貰ったらいっぱい作るつもりだったんだよガキ!」
「きも!金でしか解決できねーのかよやっぱガキ以下だなお前!」
くだらない喧嘩が始まりため息をつくラノアは切り出した。
「新聞で報道されてしまっては新たに御者を雇う事は難しいだろう。今後宿を借りるのも難しくなるかもしれない。そこでお前だ殺し屋」
「あん??」
「お前を雇う事にする。これまで通り御者として働け。そして宿などの手続きはお前が行うんだ。拒否するならここで殺すが」
「じょ、冗談じゃねえ!何で俺がお前に雇われなきゃならねーんだ!」
「そうだよ!こんな奴雇ったらきっと寝首を掻かれるよ!」
「そ、そうか!寝首を掻けばいいのか…!じゃなくてリスク高すぎるんだよ!お前達はこれから毎日のように殺し屋に狙われるのに!まっぴら御免だ!」
「300万オルカ」
「は?」
「私が任務を達成すればお前に300万オルカ支払おう。何せ任務達成後は筆頭執政官に昇格する身だからな。その程度の金などなんとでもなる」
「300万!?し、信じていいんだろうな!?」
「どこかの街で契約書を郵送してもらって魔法の契約をしても構わない」
男は暫く黙っていたが「へへ」と苦笑いすると答えた。
「いーじゃねーかその案。あんたもそのガキも相当強いようだし殺し屋も手こずるだろう。そこに俺が加われば最強だからな!」
「いやお前は戦力として期待していない、御者と各種手続きの為に雇うんだ。まあただの御者よりは敵からの攻撃に対処できそうだが」
「姉御が雇うって言うなら俺は従うだけだ。でも調子に乗るなよ!?色気づいて姉御に指一本触れたら指を全部切り落とすからな!」
「おいおい俺は機械で出来た女には興味ねーって。まあなんにせよ受け入れられたって事で良さそうだな?じゃあまあ自己紹介だけしとくか」
男は上げた両手の人差し指でランスロットを指さし「消してくれ」と合図した。
オズマが召喚を戻すと「へへ!」と嬉しそうに膝の土埃を払い立ち上がる。
「俺の名はハンカー。銃使いのハンカーだ、よろしく頼むぜ」






