執政官フィスコ・ル・フィズ
ドルクはオズマを連れ、牢から颯爽と現れたラノアを見て驚嘆した。
「いやはや流石はスプリング様です。あの殺人鬼をあっさり従えるとは」
その言葉にオズマは憎しみを滲ませ
「おいデブ!俺の名前はオズマだ!二度と殺人鬼って呼ぶなよ!」
と凄んだ。
「あっははは!ドルクをデブ呼ばわり出来るのは君だけだな!」
余程面白かったのか、ラノアはアズラ執政庁本部ビルに到着するまでずっとクスクス笑っているのだった。
「ではスプリング様、そしてオズマ〝様〟。今日より1年お二人には隣国テスラに潜入し勇者召喚の調査を行っていただきます」
「ふーん1年か。それでさ、その調査が終わったら俺はどうなるんだ?また牢屋に入れられるのか?」
「いえいえ、調査終了後ラノア様がアズラ公国に入国した時点であなたは解放されます。自由の身と言う事です」
「犯罪者の俺が言うのもなんだけど、そんなゆるくて大丈夫なのか?」
「オズマ、君はとても特殊な立場なんだ、そしてこの任務も非常に特殊だ。だからこそあれだけの殺人を犯しても自由の身と言う報酬が得られるんだ」
「なるほどな。まあ自由の身になれたって嬉しくも何ともねーけどよ」
ドルクは「では」と切り出すと1枚の契約書を取り出した。
「こちらはスプリング様とオズマ様とが交わされる契約書となります。お二人ともこちらに署名血印をお願いいたします」
契約書の内容は1年の任務中オズマがラノアの命令に従う事、1年後オズマの刑が免除される事などが記されていた。
「全く仕事が早い男だな」
ラノアは苦笑しながら署名し血印を押した。
オズマは戸惑いながらもラノアに倣う。契約書は発光すると消滅し2つの鍵に変化し2人の胸に吸い込まれていった。
「びっくりしたぜ、鍵が跳んできやがった!」
「今の鍵は契約終了時に消滅致します。契約期間中は契約内容を〝必ず守る〟働きをしますのでご理解くださいませ」
「よしオズマ、これで事務的な手続きは終わりだ。あとはテスラに行くだけだな」
「まあ俺に任せてくれりゃあ1か月で終わらせてやるぜ」
強気な殺人鬼にドルクは恐縮そうに話し始めた。
「大変言い難いのですが、オズマ様はこのアズラ公国ではあまりにも有名な殺人犯でございます。そしてそのお顔は国民の多くが知っています。そのオズマ様がアズラ国内を移動すると言う事は、それだけで危険だという事を知っておいて頂きたいのです」
「憎しみは憎しみを生むと言う事だオズマ。アズラの国民は君を決して許さないだろう」
「まあそうだよな…。それで俺が憎まれるのは当然だし受け入れるよ」
「オズマ様が賢明な方で安心しました。更に詳しく説明しますと、アズラ公国はこの首都オルを中心に蜘蛛の巣状に鉄道が張り巡らされています。その鉄道を利用すればテスラとの国境沿いまで3日もあれば辿り着けます。しかし現時点で凶悪犯罪者であるオズマ様はあらゆる公共交通機関を利用する事が出来ません。全てのアズラ国民は虹彩(目の瞳孔の周りにある色が付いている部分)を登録されており犯罪者も同様でございます。公共交通機関を利用するには虹彩認証をしなければなりませんので、絶対に犯罪者は鉄道を利用できないという事でございます」
「ちぇっ!アズラは凄い科学力だな!」
「大丈夫だオズマ。その事は分かった上で君を雇ったんだ」
「じゃあどうやって国境まで行くんだ?」
「ふふ、私の車(魔道自動車)なら早いだろうがそれも同乗者全て虹彩認証を求められるから無理だ。ただ1つだけ虹彩認証をしなくてもいい乗り物がある。それは馬車だ」
「へえ!馬車ならテスラでは当たり前にある乗り物だぜ。俺はよくわからん機械の乗り物より馬車の方が落ち着くぞ」
「まあ逆に目立つかもしれんがしょうがない。もし何者かに襲われたらその時は君の出番だ」
「よーしそれなら任せてくれ!なんだかやる気が出てきたぜ!」
その日は準備の為に宿を取り、出発は明日となった。
同日夕刻。アズラ公国東の都市ランゴール。海岸沿いのこの都市は他国からの海の玄関とされ海産物や輸入品などで栄えていた。そのランゴールを治める執政官がフィスコ・ル・フィズという2mを超える老婆だった。
海を眼下にする執政庁の部屋の窓から、フィスコは老人とは思えない屈強な体をピンと伸ばし仁王立ちしながら、電話のような魔道具を耳に当てた。
「で、どうだった?ふむ、フフフなるほど。あの女狐バカだねえ、忌まわしい殺人鬼なんかを雇うなんてね。しかしこれはチャンスだね、新聞社にこのネタを売りな。クソスプリングを国民の敵に仕立て上げるんだ」
興奮した様子で魔道具をテーブルに置くとフィスコは大きな骨付き肉を〝歯茎〟で嚙み千切った。
そしてくちゃくちゃと音を立てながら飲み込むとワインをビンのまま飲み干す。
「アイツが筆頭執政官になるだって!?ふざけるんじゃないよ!公爵もいつもあいつばかり頼りやがって!絶対にスプリングの任務を失敗させてやる。テスラには行かせない」
フィスコはソファにドカッと座ると無表情のまま呟いた。
「絶対に殺してやる」