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執政官ラノア・デュフォン・スプリングと殺人鬼

機械都市オル。アズラ公国の首都であるこの都市の中心部には機械仕掛けの巨大な建造物が立ち並んでいる。そこでは魔力を動力源に更なる魔力を生み出し、そのエネルギーは都市全体に常に供給され5万人の生活を支えていた。生産される膨大な魔力量の影響で都市の上空は常に黒い雲が覆いゴロゴロと雷が鳴っていた。


「全くいつ来ても陰気な所だなここは」


アズラ執政庁本部ビルの最上階。美しい女性が窓からオルの街を眺めていた。


そこへドアをノックする音と共に小太りの中年の男が入って来た。


「いやあお待たせしました!本当にいつも時間ピッタリですなスプリング様は!」

「まあこの薄暗い都市では今が昼の1時とは思えないがな」

「ははは!ごもっともです!」

「で、今回は一体どんな案件なんだ?」


スプリングと呼ばれる女性はソファに腰掛けるとすらりと伸びた脚を組んで返答を待った。


「これがですね、ちょっと厄介なんですが公爵様直々のご用命でして…」

「知ってる、ここに呼ばれる時はいつも公爵の案件だ。で、またテロリスト組織の壊滅か?」

「いえいえ!スプリング様のご活躍によりあれ以来テロを起こそうなどという不届き者は現れておりません」

「おいドルク、さっさと教えてくれ。私は一刻も早くこの陰鬱な都市から立ち去りたいんだ」

「これは失礼しました。実は今回公爵様からのご用命は、隣国テスラに召喚された勇者について調査しろ、との事なのです」

「は!?テスラ!?テスラとアズラは今現在冷戦状態なのは知ってるよな?」

「もちろんです。冷戦状態だからこそ敵国の勇者召喚について調べる事は我が国を守る最良の一手だ、と公爵様はお考えのようです」

「そりゃあ素晴らしいお考えですね公爵様は!で、その任務に何故私が指名されるんだ!?仮にもこの国に7人しかいない執政官の1人であるこの私が!」

身を乗り出す執政官をなだめる様にドルクは話し始めた。

「お気持ちは重々承知ですともスプリング様。しかしこれまで公爵の要望に全て答えてこられたのはこの国ではあなたしかおりません。優秀過ぎるが故に指名されたのです」

「フン!褒められてもひとつも嬉しくないね!他の役立たずな6人の執政官は今何処で何してるのかが知りたいね!無性に知りたい!」

「まあまあそう仰らずにここは堪えて下さいな。この案件が成就された時には、スプリング様を筆頭執政官に任命するそうです。悪い報酬では無いと思いますが」

「ほう?」

その情報にスプリングは瞳をギラリと輝かせた。

「今契約書は手元にあるのか?」

「勿論!ご覧ください!」

テーブルに広げられた魔法の契約書には、公爵の直筆のサインと血印、そして〝本案件が見事達成された暁には第7番執政官ラノア・デュフォン・スプリングを筆頭執政官に任命する〟と書かれていた。

「期限は1年か!いいね!すごくいい!ドルク!私が筆頭執政官に任命されてまず1番にする仕事は何だと思う!?6人の執政官の処刑だ!!ああたまらん!想像するだけでゾクゾクする!」

「前向きに検討して頂いているようでワタクシもホッとしております。ではこちらの契約書に署名と血印を」

そこでラノアは急に我に返った。

「いや待て。私が居ない時に執政官の業務が滞るぞ?」

「そこは何時もながらもちろんワタクシが代理で務めさせて頂きますゆえご安心ください。ささ、署名と血印を」

「いやいや待て待て。そもそもテスラにどうやって入国するんだ?国境はどこも厳重に警備されている。これは難しい気がする」

「これまで幾度となく危機を乗り越えてこられたスプリング様ならば国境の警備など造作もないかと。しかも今回は何者かと戦うのではなく、勇者召喚の詳細情報の入手が任務です。国境を越えれば任務はほぼ達成されたようなものです」

「うーむ、確かに!決めた!やる!」

「ありがとうございます!やはりスプリング様は頼りになります。では署名と血印を」

ラノアは魔法の筆で署名し、ナイフで親指に小さな傷をつけると契約書に指を押し当てた。

魔法の契約書は一瞬眩い光を放つとみるみる形を変えていく。あっという間に〝鍵〟に変形するとラノアの胸のあたりに猛スピードで跳び彼女の中に入っていった。

「これで契約は終了です。期限は1年を設けておりますが超えたからと言ってペナルティはございません。筆頭執政官に就く事は今後不可能になりますが」

「私にとってそれが1番のペナルティだがな。話は変わるが最近オルで殺人鬼が逮捕されたそうだな?」

「はて?いや本当に急に話が変わりましたな。確かにアズラ公国でも類を見ない大量殺人の犯人がようやく逮捕されましたなあ、最も犯人は自ら出頭してきたのですが」

「そいつの情報をくれ。1時間以内だ」

「何かお考えがあるご様子、かしこまりました」

ドルクは部屋から姿を消すと1時間後再び戻って来た。

「すまんな」

ラノアは殺人鬼の資料を受け取ると読み耽った。

そしてニヤリと笑う。

「今から会いに行く。案内してくれ」

ラノアの考えを察しているのかドルクは動揺する様子もなく静かに頷いた。


オル犯罪者収容所。

その地下深く、鋼鉄の扉を幾度も通りようやく殺人鬼の牢に辿り着いた。目の前に分厚い鋼鉄の扉がそびえ立っていた。

案内役の看守長は青ざめた様子で2人の顔を伺っている。

「心配はいらん、私は話がしたいだけだ」

「し、しかし少しでも油断すれば本当に殺されてしまうんです!現に奴を甘く見た看守が既に3名殺されているのです!拘束しているはずなのに!」

ラノアは怯える看守長にため息をつく。見かねたドルクが看守長から最後の扉のカギを受け取ると、ここから離れる様に促した。

「では行こう」


ドルクがカギを回し重い扉をゆっくり開いた。



鉄格子から牢の奥の壁まで20mほどあるだろうか。1番遠い壁に男が拘束されている。両手足は鉄の拘束具で壁に固定され、鉄製の口枷を噛まされていた。


「これで看守を殺害したとはにわかには信じられませんな」

「私は中に入る。ドルクはここで待っていてくれ」

「かしこまりました、ご武運を」


ラノアは鉄格子を開錠するとツカツカと牢の中に入って行く。

真っすぐに男の元まで進むと目の前で止まった。


男はまだ若い、少年のようだ。突如現れた場違いな美しい女性の登場に困惑しているようにも見える。

「初めまして、私はアズラ公国第7番執政官ラノア・デュフォン・スプリングだ」


その自己紹介に少年の瞳が一気に憎悪に包まれた。


彼の周りに青白い気体が浮かび始めると、それは次第に人のような形に変化する。


「素晴らしい!デーモンを召喚出来る者がこの国に居ようとはな!」


ラノアは興奮気味に呟くと少年の傍に立つ、禍々しい姿の見上げる大きさのデーモンを観察し始めた。


デーモンは鋭い爪をラノアに振り下ろした。

しかし彼女はその攻撃をひらりと躱すと、右手に魔法の剣を生み出した。

その剣でデーモンを真っ二つにするとそのまま切っ先を少年に突き付ける。


「おい、自慢のデーモンは消滅したぞ?もう終わりか?」

その煽り文句に彼は激高すると、自身を赤い炎に包んだ。

壁に写る影の形にラノアはニヤリと笑う。


「イフリートか!たまげたな!」

鉄の拘束具と口枷は溶け、ゆっくりと彼はラノアに近づく。

「殺してやる、公爵の犬は皆殺しだ」

炎に包まれた人型の体にオオカミのような頭の怪物が少年の体から抜け出すとラノアの目の前に仁王立ちした。

「女、焼かれて死ぬか自害するか決断せよ」

その言葉にラノアはクスクス笑った。

「イフリートさんは優しいねえ。初めて話出来て嬉しいよ。まあでも死ぬのはアンタだけどね」

ラノアは冷気を帯びさせた魔法の剣で舞を舞うかのようにイフリートの喉に刺突を浴びせる。

そしてそのまま少し捩じると、イフリートは低い唸り声をあげて消滅するのだった。


「な、なんで!?俺のイフリートが何で!?」


膝をつき呆然とする少年の様子を見て、ラノアはしゃがむと彼の両肩に手を掛けた。


「イフリートには喉にコアがある、そこが弱点だ。しかし消滅しただけで君の魔力が回復すればまた召喚できるさ」

少年は2体もの召喚を打ち破った女性を畏敬の目で覗き込んでいる。

「アズラにあんたみたいな強い人がいるなんて…」

「まあ私が特別なのかもしれんな」

「そ、そうか。そんな強い人が俺に何の用なんだ?」

ラノアは一呼吸置くと話し始めた。

「改めて自己紹介させてくれ。私は執政官ラノア・デュフォン・スプリング。ラノアと呼んでくれ。君を雇いたい」

「雇いたい?意味が分かんねえよ、ラノア…さん」

「ふふ、そうだなまずは私の目的を説明しよう」

彼女は〝勇者召喚について隠して〟ざっくりと公爵の任務を彼に話した。

「そうゆうことか。俺がテスラの生まれだから」

「そうだオズマ・ガーランド。16才、テスラ王国ジズ領ナギ村に生まれ14才でアズラ公国に密入国。そして2年間アズラ各地で公務に就く人々を殺害し続けた」

「そうだ、俺の名はオズマ。その経歴で間違いないよ」

「私はテスラの人間と繋がりが無い。君ならばテスラの事情に詳しいだろう。だから雇いたいんだ、君の召喚の力も頼りになるだろうからな」

「あんたは俺を負かした、だから正直に話すよ。俺はアズラの人間に雇われたりしない、アズラに恨みしかないんだ。だからこの国で今までたくさん人を殺してきた。あんたに雇われたら今までの俺の行為が無駄になる」

ラノアは静かに頷くと少し思案してから口を開いた。

「私は役職上、一般では知りえない情報を持っている。テスラ王国についても色々知っている」

「ふうん、だから何だよ」

「勇者召喚を知っているかい?」

「ああ、おとぎ話を母ちゃんに昔読んでもらったっけ。急に何だよ?」

「おとぎ話ではない、勇者召喚は事実だ。そして私の任務はその詳細を調べる事だ」

「だから何だってんだよ!関係ないし!」

「いいや関係はある。勇者召喚で既に判明している情報がある、それは1人の勇者を召喚する為には1000人の赤ちゃんの命を捧げなければならない」

その言葉にオズマは絶句した。

「その赤ちゃんは何処から集められたか分からない。しかしそんな恐ろしい事が行われて良いはずがないだろう?」

「そ、そんなの嘘の情報かも知れないだろ…!?」

「ああ、嘘なら安堵して終わるだけだ。だからそれを確かめに行きたいんだ。もしテスラで生まれた赤ちゃんが召喚の犠牲になっていたら君はそれでもテスラを愛せるかい?」

「国王がそんな事するわけ…」

ラノアは困惑するオズマを観察しながら別の話題を話し始めた。

「ところで君は何故出頭したんだい?憎いアズラの公爵の手下たちはまだうじゃうじゃいるのに」

「それは…」

しばらく言葉を詰まらせていたオズマはようやく口を開いた。

「毎晩悪夢を見るんだ…殺した人たちが夢の中で俺に命乞いするんだ…でも夢の中の俺はその人たちを容赦なく殺して…だから…だから…」

ぐちゃぐちゃになった感情を正常にする為か、オズマは嗚咽した。


暫くして気持ちが収まった頃オズマはぽつりと呟いた。

「いいぜ、雇われてやる。1000人殺すより赤ちゃん1000人助ける方が良い夢見れそうだしな」

その言葉にラノアはニッコリと笑う。


ラノアは右手を差し出した。


「じゃあこれからよろしく頼むよオズマ」


少年は少しはにかみながら握手するのだった。





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