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9話「レクリエーション」

 やがてチャイムが鳴って、クラスメイトが席へと戻り、朝のホームルームが始まります。

 先生は今日から授業が始まることについて触れて、それから気を引き締めるようにと私達に忠告をしました。


「中学の頃と同じテンションで臨めば確実に痛い目に遭うぞ。とくにここ、カサアダ高等学校ではな。一時間目は数学だが、果たしてついてこれるかな?」


 生徒は、


「くっ手強い……!」「厳しー……」「数学苦手……」


 苦そうな顔をそれぞれ浮かべていました。


(勉強……か……)


 久しぶりのみんなでの授業。

 私は私で、立ちはだかる壁を目の前にして息を呑んでいました。

 これまで私はカウンセラー兼家庭教師の人からマンツーマンで勉強を教わっていたので、慣れないやり方に緊張の汗が止まりません。

 たしか、問題の答えを解くときに適当な生徒が指名されるんでしたっけ……。


(怖いよぉ……)


 想像するだけで震えが止まりません。

 でも、泣こうが喚こうが朝も授業も始まってしまうのです。

 私は消しゴムを手の中で何度も握って不安を紛らわせようとしました。


「では、一時間目の授業を始めよう。数学担当はこの私だ」


 いよいよ高校生活最初の授業が始まります。

 先生は変わらず来栖先生でした。


「来栖先生か……」「容赦なさそー……」「お手柔らかに……」


 先生は号令をかけて言いました。


「最初の授業は……」

「……」「……」「……」

「レクリエーションだ!」


 先生の声が教室に響きます。

 一瞬遅れて生徒も反応します。


「うおおお!」「お情けー!」「柔らけー!」


 あれだけ気を引き締めるように言っておいて、まさかのレクリエーション。

 緊張で少しピリついていたクラスの空気は、弾けるように一瞬で打ち解けることとなりました。

 先生は、生徒に少し落ち着くように指示を出したあと、レクリエーションの説明をします。


「目的としては、交流を事前に深めておくことで、学校行事その他諸々において円滑にコミュニケーションが取れるようにするためだ。最初から仲良くとまではいかなくとも、空気感くらいはつかんでおいてほしい」


 つまりは、意図がしっかりあるということです。

 クラスメイト同士の交流が盛んになれば、その分できることも多くなるだろうという先生の思惑。

 ということは、今から私はたくさんのクラスメイトと関わらなければならなくなるということでもあって……。


(どのみち……詰みかも……)


 私は待ち受ける地獄に、一人だけ頭を抱えました。

 レクリエーションの内容は複数ありました。フルーツバスケットや山手線ゲームのトーナメント大会。伝言ゲームなどです。

 フルーツバスケットや伝言ゲームは言わずもがな。山手線ゲームトーナメント大会は、名前の通りいくつかのグループに分かれて、トーナメント式で山手線ゲームを行って優勝者を決めるというものでした。


 まず行われたのはフルーツバスケットです。もし椅子に座り込めなかったら、円の中心に立ってクラスから大注目を浴びてしまうので、それだけは避けたいところです。

 私は全神経を耳に集中させて、すぐに立ち上がれるように備えました。


「じゃあ、身長が低い人!」

「……!」


 いきなりでした。

 ですが問題はありません。なぜなら備えているのですから。

 しかも、身長が低いと明らかに分かる私と違って、中途半端に低くて立ち上がるか迷っていた生徒もいたので、私は誰よりも早く座ることができました。

 この調子で、私はフルーツバスケットを無事に攻略することができました。

 途中、


「じゃあ、フルーツバスケット!」

「フルーツバスケットー!」

「フルーツバスケット!」


 連続でシャッフルを起こされたときはヒヤヒヤしましたが、できる限り近い席を移動することで難を逃れました。ここは低身長様々ですね。


 次に山手線ゲームトーナメント大会を行いました。

 これに関しては、逆に序盤で負ければいいだけなので、目立つのを避けるのは簡単でした。


「お題は花の名前だ。さあ、始めよう」


 手を叩いて、クラスメイトが順番に花の名前を答え始めます。


「コスモス!」「たんぽぽ!」


 次は私の番です。

 いきなり答えられずに失敗すると目立つ恐れがあるので、序盤の何回かは普通に答えます。


「こ、胡蝶蘭……!」


 そうして二回三回ほど答えたら、


「あ……っと……」


 わざと答えられないふりをして負けました。


「あ、焔さん言えなくなっちゃったかー」

「どんまい! 次頑張れ!」

「次ねえよ」


 クラスメイトの人からは優しく言葉をかけていただきました。

 他人を騙すのは良心が痛みましたが、それで誰が損をしたわけでもないので良しとしました。


 ここまでは順調です。

 しかも、伝言ゲームに至っては成功しても失敗しても展開的にはおいしいので、どう転んでも成功。


(もう大丈夫……)


 乗り切れることはもう約束されたも同然でした。

 問題なく終わらせられる……はずでした……。


「次は伝言ゲームだ。グループは各自で決めてくれ」

「え……」


 突然の無理難題でした。

 ペアやグループを各自で決めるとなると、私は当然孤立します。

 周りが着々と決まっていくなかで、端のほうでただ一人うろうろとしていて、最終的にお情けでつながりの深いグループに異物として混入させられる。それがお決まりの流れです。

 入学して間もない時期であっても、その流れが覆ることはありません。


(ああ……)


 案の定、他の人はグループが少しずつできあがり始めていました。

 一人でいる人も、なぜか自然と誘われて、どんどん輪の中に入っていきます。

 冒険者の仲間集めのように、人が集まれば集まるほど、盛り上がりが増していました。

 それでもなお、寂しげに佇むのがこの私です。この状況であれば、自分から積極的にグループに入り込むのが筋ですが、それができたら苦労はしません。

 私は体を畳むようにして、萎縮しながら首を何度も左右に動かしてグループができていく様をただ見ていました。


(い、いたたまれない……)


 申し訳ない気持ちが込み上げてきます。

 一人でいること自体に抵抗はないですが、グループを作らなくてはならない状況である以上は、当然一人にはなれません。

 せっかくできた空気感や流れを壊して、微妙な雰囲気にさせるのが恐ろしくて堪りません。

 ですが、避けようにも避けられません。発達させるべきだったコミュニケーション能力は、とうに失われているのですから。


(辛い……)


 私は俯いて、時が過ぎるのを待ち続けていました。

 しばらくするとグループが完全に固まって、本当に私一人だけが浮いている状態になりました。

 私以外に孤立している人はおらず、誰かしらどのグループかに入っていました。

 クラスメイトの視線が、少しずつ私に集中し始めます。


「ぁ……っ……」


 頬がピクピクと勝手に動くのが自分でも分かりました。

 恐れていたことが今目の前でおきている事実に、私は心臓のバクバクが止まらなくなります。

 何も悪いことはしていませんが、後ろめたい気持ちになって目を背けてしまいます。

 苦しくて苦しくて、仕方がありませんでした。


(もう嫌だ……)


 そのときでした。


「良かったら、こちらに来ませんか?」

「……!」


 あるグループの中から、一人が姿を現してやって来ます。

 私が顔を見上げると、そこには微笑みを浮かべるサヌちゃんの姿がありました。

 好都合と言わんばかりの笑顔です。私から見れば悪魔にすら思えるその微笑みは、クラスメイトからは天使のように見えていることでしょう。

 断るわけにもいかないので、私は返します。


「ぁ……はぃっ……」


 クラスメイトは、


「優しい……」「女神だ……」「羨ましい……」


 サヌちゃんに好意的な反応を寄せていました。

 私は、複雑な気持ちになりつつも、サヌちゃんのいるグループへとお邪魔させていただくことになります。

 グループが決まると、今度はグループ内で順番を決める段階に移ります。

 順番を決める権限が私にあるわけがないので、基本的に指示された通りに動くしかないのですが……


「清水香さんの次は……。適当に焔さんで! それでもいい?」

「分かり……ましたぁ……」


 不幸(偶然)にもサヌちゃんの次の番になってしまいました。

 残り物には福があるとよく言いますが、実際にはそうでもないということを思い知らされました。


 順番が決まると、各グループの先頭の一人が先生のもとへと行き、先生が紙の切れ端を少しの間だけ生徒に見せます。

 紙の切れ端には伝言するお題が書かれているのでしょう。生徒が紙の切れ端を必死に見て、内容を覚えようとします。

 十秒もしないうちに、紙の切れ端は先生の手の中に隠されてしまいました。


「さあ、伝言ゲーム開始だ。順番を待っている者は念のために耳を塞いでおくように」


 先頭の一人から順番に耳打ちが開始されました。

 耳を塞いでいるので内容は聞こえませんが、様子を見る限りだと、お題の文章はかなり長そうです。

 聞かされた側はまず頭を抱えて、何度も何度ももう一度言うように前の人に促していました。

 それを数回繰り返すうちに次の番がやってきて、今度は頭を抱えていた人が次の人に耳打ちをします。

 さらに今度は耳打ちされた人が頭を抱えて……。と言った感じで、無限に同じことが繰り返されていました。

 そんなこんなで、サヌちゃんの番までまわってきます。サヌちゃんは一度聞いただけで、文章を完全に頭の中に入れたようです。


「え、もう分かったの? すご……」

「ええ、まあ」


 前の人もサヌちゃんに驚いていました。

 それまでの誰かが聞き間違いをしていれば元も子もないですが、サヌちゃんのすごさが遺憾なく発揮されていました。

 次は私の番です。順番がまわってきたので、私はサヌちゃんへと耳を傾けて待機します。

 サヌちゃんは両手で自身の口を軽く覆って、私の耳元で呟きました。


「放課後、校舎裏で待っていますからね?」

「ひっ……」


 もはや脅しに近い言葉を、ここぞと言わんばかりに投げかけてきます。

 私は逃げるに逃げられない状況でガクガクと震えてしまいました。

 サヌちゃんはそのあと、


「あ、ちなみにお題は『実質年中無休のどたばたライフで狂いに狂ったくるくる来栖はのらりくらりとぶらぶら旅に出た』です。時間がないので一度で覚えてくださいね」


 さらっと早口言葉のようにスラスラとお題を述べました。

 実質的な脅しにかなりの時間を割かれたせいで、聞き返す暇がありませんでした。

 話す機会がないとはいえ、あまりに鬼畜の所業です。

 私が不満の表情を浮かべると、サヌちゃんはにっこり笑顔で、


「焔さん、頑張ってくださいね!」

「……」


 そう返してきました。確実に分かってるという顔でした。

 私は、消化しきれない不満を抱えながら、次の人にお題を精一杯伝えました。

 意外と何とかなりました。

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