8話「伝えたいこの想い」
「行ってきます……!」
次の日。高校生活二日目。
私は緊張を胸に、家を出ました。
扉を開けると、目が開けられないくらいに眩しい、朝日がまず私を出迎えてくれました。
私のような日陰者にはもったいない量の光が、地面へと降り注いでいます。
元引きこもりとしては、朝から太陽を真っ向から受けるのは辛いので、すぐにでも雲に隠れてほしいのが本音です。
私は通学路を重い荷物を持って歩きます。
「辛い……」
今日から授業が始まるので、鞄の中には水筒などの他に教科書が入っています。
非力な私には、この程度のものでも修行レベルで辛いです。思わず言葉を漏らします。
運動不足故の息苦しさもあったので、時々休憩を挟みながら学校へと向かいました。
学校に着いて、靴を履き替えて、廊下を歩いて教室の前まで行きます。
(今日こそは大丈夫……)
昨日はまったく教室に入れませんでしたが、今日は違います。なぜなら、昨日一度ここに入ったことがあるからです。
初めて入る場所というのは未知の塊なので、緊張や不安で入るにも入れませんでした。
ですが一度入ってしまえば、『一度来たことがあるから』という慣れで余計な不安が薄れるので、躊躇することなく入ることができるのです。
私は深呼吸をして、数回ほど三秒のカウントダウンを行った後に、ゼロのタイミングで教室に入りました。
「……」
教室には、すでにある程度人がいました。
わざわざ私のことを見る生徒はおらず、いくつかのペアやグループに分かれて当たり障りのない会話を楽しんでおりました。
認識されないほうが私としては気楽なので、少し心が落ち着きます。
私は大人しく席に着いて、物音をできる限り立てないようにしながら授業の準備を始めました。
(サヌちゃんは……)
準備中、こっそりとサヌちゃんの席に目を向けましたが、そこにサヌちゃんの姿はありませんでした。
教室に入ってきたら、適切なタイミングで話しかけて謝罪をしなければなりません。
私は、いつ来るか分からないサヌちゃんの存在にソワソワしながら、取り出した国語の教科書の物語を読んで待ちました。
少しした頃でした。朝のホームルームが始まるにはまだ余裕のある時間帯に、サヌちゃんはやって来ました。
「おはようございます」
「あっ……!」「清水香さんだ……!」「かっこかわいい……」
私のときとは違い、教室に入って来た瞬間、クラスメイトの視線が一斉にサヌちゃんのもとへと集まります。
サヌちゃんはみんなに笑顔を振り撒くと、優雅に自分の席へと向かいました。
ある者は見惚れ、ある者は憧れの眼差しを向けていて、そしてある者は睨みつけるくらいの勢いでサヌちゃんを凝視していました。
(座ったら準備を始めるだろうから、そこを狙おう……)
いきなり謝罪なんてしてしまえば、少なからずクラスメイトからの注目を受けることでしょう。
ですが、朝一番に意思を伝えなければ、やはり誠意は伝わりません。
たとえ、私が愚かな人間だとクラスメイトに知られところで、さほど興味も持たれないと思います。
『とりあえずやばい奴がいるので距離を取ろう。清水香さんに近付けさせないようにしよう』で終わりでしょう。
なので、ひたすらサヌちゃんを見続けてタイミングを伺います。
伺っていると、サヌちゃんは席に座って、鞄から教科書を取り始めました。
(よし、今……!)
私は、椅子を引いてさりげなく立ちあがろうとします。
しかし、その瞬間思いもよらぬことが起きてしまいます。
「ねえねえ清水香さん! 普段家で何してるのー?」
「俺ギター弾けるんだけど、何かリクエストない? 何でも弾くよ!」
「将来の夢とか教えて!」
「……!」
何と、たくさんの生徒が一度にサヌちゃんのもとへ押し寄せたのです。
男女に関係なく、それぞれがそれぞれの話題をぶつけまくります。
サヌちゃんは、
「えっと……順番にお願いできますか? 一度には答えられないので……」
少し困惑した表情を見せて、そう言いました。
昨日私だけに見せたような不気味さはなく、親しみやすい表情を浮かべていました。
クラスメイトは、
「うん分かった」「ごめんよー」「私は最後でもいいよ」
争うことなく譲り合いの精神で順番を決め始めて、最終的な列に並んでサヌちゃんに一人一つの質問を行い始めました。
「清水香さんは普段家で何してるの?」
「そうですね……。やることもないので、勉強や掃除くらいしかしていませんね」
「じゃあお絵描きとか始めて……」
「リクエストがあればギター何でも弾けるよ! 清水香さんは好きな曲とかある?」
「クラシック曲などはいかがでしょう? たとえば魔王とか……」
「任せろ!」
「清水香さん何でもできそうな雰囲気あるけど、夢とかないの?」
「夢……。ぼんやり程度でまだ何もないですね。考えている真っ最中です」
「清水香さんなら何にもなれそう! 頭いいんだし、先生とか……」
一人一人律儀に並んでおしゃべりする様は、まるでアイドルの握手会のようでした。
私は呆然としながらその光景を眺めていました。
(この列に並んで謝罪しに行くのもおかしいしなぁ……)
私は話しかけるタイミングを逃したまま、何もできずに時間が過ぎるのをただ待っていました。