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6話「再会・その3」

「はあっ……はぁっ……!」


 私は、息を切らしながら廊下や下駄箱を通って外へと出ます。

 私のクラスは学年の中でも号令が終わるのが早かったようで、外にはあまり人がいませんでした。

 私は時々転けそうになりながら、ある場所へと向かいます。

 数分も経たないうちに、そのある場所へとたどり着きました。ある場所とは校舎裏のことでした。

 私は人気のつかない場所で、荷物を下ろして四つん這いになりながら肩で息をします。引きこもり生活による、運動不足故のものでした。


(しん……どい……)


 ちなみに、あえて校舎裏に逃げたのは、体力的にここまでしか逃げられなかったからです。

 本当は家に直行で帰ればいいだけの話ですが、家まで走るとなると、途中で限界を迎えて病室に運ばれるのがオチ。

 ならば生徒、及びにサヌちゃんが帰ったタイミングで帰るのが最善だと判断して、ここを選んで逃げてきました。

 私は呼吸を整えながら、物思いにふけます。


「笑ってた……。私のことを見て笑っていた……。まるで、再会したことを喜ぶかのような顔で……」


 何を思っていたのかは分かりません。

 ですが少なくとも、私に興味を抱いているのは確かでしょう。

 自分をいじめてきた生徒が、自分よりはるかに体躯の劣る姿で、みじめに恐怖し震えている。

 もういじめられることもない。何なら、いじめ返して復讐をすることだって可能。

 圧倒的に優位な状況に置かれている。そんな事実に気が付いて笑っていたのでしょうか。

 憶測に過ぎない以上は何とも言えませんが、概ねこれで正しいはずです。


(覚悟は……しておかないとな……)


 今さら、許してもらおうとは思いません。

 私がサヌちゃんの立場であれば、当然相手を許しはしません。復讐の機会が与えられるのであれば、確実な完膚なきまでに叩きのめします。

 罪から逃げる気はありませんし、むしろようやく裁きを受けられるという安心感すらあります。

 でも心ではそう思っていても、体ではそうは思っていなかったのです。


(何で震えが止まらないんだろう……。何で私はサヌちゃんから逃げたいんだろう……。裁きを受けることを望んでいるのに、裁きを受けることを拒んでいる……?)


 ああ、私ってわがままなんだな……。

 どうしようもなく自己中心的で、他人の心を蔑ろにするしかできないクズなんだな……。

 そんな卑下する考えでいっぱいになります。私の脆い心では、正直な体を欺くことができませんでした。

 そうするべきだと理屈でどれだけごねても、そうしたくないという感情が私を邪魔するのです。

 私は改めて自分の醜さを思い知って、涙を流します。体で感じた恐怖と、心で抱いた悔しさのブレンド涙。

 矛盾した二つの感情の刃が、偶然にも同じ方向を向いて私を突き刺します。


「ううっ……」


 そうして泣いていると、複数の足音と声が校舎裏に近付いてくるのが分かりました。


「でさー……」「まじ?」「やばあっ」


 三人の女子生徒が、私のいる校舎裏へと入ってきます。

 服装ははだけていたり、スカートが異様に短かったりと、どこかしらに校則違反要素がありました。

 雰囲気から、少し柄の悪そうな人達であることが窺えます。

 その三人は目の前まで近付いてきて、ようやく私の存在に気が付きました。


「うわっ誰こいつ?」「邪魔じゃん」「せっかく誰もいないと思ったのにー……」


 初対面の人間相手にも関わらず、直接愚痴をぶつけてきます。


「えぅ…………」


 私は三人のグループに囲まれたことによって完全に萎縮し切っていました。

 顔を直視できずに、両手を体の前で意味もなくわちゃわちゃと動かして、不安を紛らわせようとします。

 三人のうち一人が、上から見下ろしながら私に言いました。


「ねえ、どいてくんない? まじで邪魔なんだけどさ、分からない?」


 私は目を泳がせながら相手の目を見て返そうとします。


「ご、ごめん……なさいっ……! す……ぐに……どき……ますっ……」


 すると……


「あっ? 何見てんの? 今うちのこと睨んでたよね?」

「え……っ……? に、睨んでませっ……」

「へえー! そっかー嫌なんだー! 聞いて、こいつどきたくないんだってさー!」

「何それー」「最っ低ー」


 何とその人は難癖をつけてきました。

 睨んでなどいないのに、一方的にいわれのないことを、私の発言をむりやり遮りながら申してきます。

 他の二人も、何の根拠もなくその人の発言に乗っかって、私に嫌悪の目を向けてきます。

 私は理不尽を突きつけられて、どうすればいいのかが分からなくなってしまいます。

 理不尽に困惑する私を見て、


「そんなにどきたくないならさー、私やっちゃうけどいい?」


 その人は私の胸ぐらをつかみながら言いました。

 私は体が浮きそうになりながら、震える声で辛うじて返します。


「や……やっちゃう……って何……ですっ……か……?」

「え、分かんないの? 決まってるじゃん。ボコボコにするってこと。嫌ならやり返せばいいしさ」

「そ……んなぁ……」


 言ってることがめちゃくちゃでした。

 動機もよく分からないままに、見るからに自分よりも格下の弱者相手に調子に乗って喧嘩を売る。所業がチンピラのそれです。

 ここはそれなりに偏差値の高い学校のはずですが、どうやら学だけでは推し量れないものもあるようです。

 ですが、そんな動機も目的もよく分からないイレギュラーな存在は、今の私にとっては最大の敵でした。


(怖いよ……)


 一歩選択を間違えればただでは済まない恐怖。というか、選択の余地さえありません。

 その人はゆっくりと拳を挙げて、あからさまに私を怖がらせてきます。


「それじゃあ、いきまーす!」


 いよいよ、冗談抜きで私は殴られることになってしまいました。

 私は恐怖のあまりに、胸ぐらを掴む相手の手を引き離そうとしますが、まったく歯が立ちません。


(誰か……助けてっ……!)


 私のしてきたことを考えれば、妥当な仕打ちです。

 これまでやってきた分が、あとになって返ってきただけ。自業自得です。

 それでも、私は心の中で意味もなく助けを呼びます。弱者に相応しい無様な泣き顔を晒して。

 そのときでした。


「あらあら、見ていて滑稽な光景ですね」

「……!」


 拳が私の顔に到達する寸前で、遠くから声が聞こえてきます。

 私の胸ぐらを掴んでいた人は、思わず拳を止めて、顔だけを声の聞こえる方向へと向けました。

 その声に私は聞き覚えがありました。なぜなら、先ほど聞いたばかりだからです。

 妙に落ち着いた、何か裏がありそうな声。本来であればこんなところにいるはずのない人物。


(何……で……?)


 清水香サヌ、その人でした。

 先ほどと変わらぬ奇妙な雰囲気を纏って、微笑みながら呟きます。


「あんた、新入生代表の……。何でこんなところに……!」


 サヌちゃんは返します。


「見回りですよ。家にいてもやることがないので、校内の構造や各教室の位置でも覚えておこうと思いまして。それで、最後に校舎裏を見にきたらこの通りです。あなた達はなぜこんなことをしているのですか?」


 私の胸ぐらを掴んだまま、その人は答えます。


「いやー、こいつがどかないって言うからさー……。仕方ないよねー……!」


 サヌちゃんはそれを聞いて言いました。


「いや、その返答は不適切ですね。彼女がここからどかないことと、あなたが彼女に暴力を振るうことは直接結びつきません。理由になっていないので、正当な理由があればもう一度私に説明をしてください」

「な、何こいつ……」


 あまりに人間味のない言葉遣いに、その場にいる全員が困惑します。

 三人が説明できずに黙り込んでいると、サヌちゃんは続けます。


「ふむ、他に理由はないようですね。であれば、あなた達は無意味に他人に暴力を振おうとしたことになります。ひどいですね」


 相手は、


「だ、だから何っ……!? そもそもあんた何なのよ! 無駄にお堅くしゃべってさ! 頭良さそうにアピールするとか、馬っ鹿じゃないの!?」


 自棄を起こして脈絡のないことを言い始めます。

 サヌちゃんは、


「アピールと言われましても、私は新入生代表に選ばれるくらいには学に秀でていますので、事実として頭がいいですよ? それに、私はこの無駄にお堅い喋り口調が素なのです。そういうものだと思って流してください」

「あっ?」


 無自覚に相手を煽りながら返しました。

 これには思わず相手も怒ってしまいます。

 ですが構うことなく、相手の反応も気にせずにサヌちゃんはさらに続けます。


「あと、話が逸れてしまっているので戻しますね。以上のことから、あなた達は明確に加害者となり、彼女は被害者となります。私はこのことを今から先生方に報告しに行くので、この場で大人しく待機しておいてください」

「はあっ!? 意味分かんないって……! そもそも暴力は振るってないじゃん! 加害者じゃない!」

「胸ぐらをつかんでいる時点で暴力になりますし、彼女が怖がっている時点でそれは加害です。私の述べていることはすべて正しい。異論は認めません。ではまた後ほど」


 そう言って、サヌちゃんは先生へ報告するために歩き始めました。対応があまりに事務的で、少し気味が悪いです。

 私が唖然(あぜん)としていると、


「ちっ……。二人とも、回り込んで!」


 いよいよ痺れを切らした三人が強硬策に出ました。二人が通路を塞ぐことで、サヌちゃんは校舎裏から出られなくなってしまいます。

 しかも、一人がサヌちゃんを後ろから羽交い締めにすることで、身動きが取れない状態にしてしまいました。

 私の胸ぐらを掴んでいた人が笑いながら言います。


「これで報告しにいけないね? 悪いけどそこのチビとまとめてボコボコにするから。ちょっと痛いけど、我慢してね?」


 サヌちゃんは、


「おやおや……」


 予想していなかったという表情で少しだけ表情が動きます。

 このままでは、サヌちゃんまで巻き込まれてしまうことになります。


(私のせいだ……。またサヌちゃんが傷付いちゃう……。何で私は、誰かの邪魔しかできないんだろう……)


 私は無力な自分を呪いました。

 誰かに恩を与えたこともなければ、与えられた恩を返したこともない。

 いつも他人の足を引っ張ってばかりで、いつまで経っても何もできない。

 あまりに無力すぎて、涙が止まりませんでした。すでに涙は流れていたのに、さらにあふれ出てきました。

 そして私の胸ぐらをつかんでいた人が、いよいよサヌちゃんに言います。


「じゃあ、まずは一発……」

「……」


 その人は拳を持ち上げて、ゆっくりと後ろに引くと、


「ほっ……!」


 体重を乗せながら、サヌちゃんの顔目掛けて勢い良く拳を振るいました。

 しかし、その拳が顔まで到達することはありませんでした。


「なっ……!」


 その拳はサヌちゃんの手のひらの中にありました。

 グローブの中にボールが入るかのように、自然と手のひらの中に収まっていました。

 三人が驚くなかでサヌちゃんは、


「穏便に済ませたかったのですが、こうなればやむなしですね」


 そう言いながら、三人が状況を理解するよりも早く、動き始めました。

 サヌちゃんは、自身を羽交い締めにしている人の前頭部を数度殴って、前髪を強く引っ張ります。


「痛たたたっ……!!!!」


 痛みで締め付けが緩んだ一瞬の隙をついて、腕を剥がして脱出しました。

 脱出すると、すぐに振り返って躊躇うことなくその人の鼻目掛けて拳をお見舞いします。

 その人は尻もちをつきながら後ろに倒れて、痛みに悶えながら動けなくなっていました。

 一人を倒すと、サヌちゃんは一旦距離を取って様子を見ます。


 正面には狼狽える女子生徒が残り二人。いずれもサヌちゃんに対して恐れを抱いていました。

 二人が話し合います。


「あ、あいつ……やばいっ……。どうすれば……!」

「ふ、二人でいけば大丈夫っ……! 同時にいくよ!」


 話し合いの末に二人は同時に攻めることを選びました。

 お互いに顔を見合わせて頷いて、タイミングを見計らいながら同時に走ってサヌちゃんのほうへと向かってきます。


「単純ですね……」


 サヌちゃんはそれに臆することはありません。冷静に片方に狙いを定めて、逆にこちら側からも向かうことで相手を翻弄します。

 想定していない反応に片方は驚いて動けなくなります。サヌちゃんは、そんな動けなくなった敵のお腹に容赦なく蹴りを入れました。


「がはっ……」


 相手が痛みでお腹を押さえながら前屈みになったところを狙って、頭をガシッとつかんで膝を入れます。

 あっという間に二人目を倒してしまいました。残った一人は、自棄になって叫びながらまっすぐ向かってきます。


「うわああああっ!!!!」


 単純な動きでした。何の捻りもないただのパンチ。

 サヌちゃんは軽く体を捻って容易く避けると、相手の溝落ちを殴ります。


「う゛っ……」


 それから相手の首根っこをつかんで、サヌちゃんはその場に叩き伏せて馬乗りになりました。

 三人目も一瞬にして倒してしまいます。サヌちゃんは最後の一人に言います。


「申し訳ないですが、この状況はすでに対策済みです。事前に想定していれば対処するのは容易い。このまま意識を落とさせていただきますね。うっかり殺しちゃったらごめんなさい」

「……っ!」


 そう言うと、サヌちゃんはゆっくりと少しずつ首をつかむ力を強くし始めました。

 だんだんと締める力が強くなっていき、相手の表情もどんどん歪んでいきます。

 相手はサヌちゃんの無機質な顔を見て、涙を浮かべながら抵抗を試みますが、何の位置も成し得ませんでした。


「ああ゛ああ゛っ……やあぁ゛っぅぁ……!」


 相手はそのうち、恐怖のあまりに自ら意識を落としていきました。


「さて……」


 サヌちゃんは立ち上がると、

 悶えながらもその戦いっぷりを側から見ていた残りの二人へと近付きました。


「次はあなた達の番ですね。過剰防衛なのは自覚していますが、あなた達が訴えたところで信用されないことは分かりきっているので、このまま続行させていただきますね」


 二人は、自分達がこれからどうなってしまうのかを目の前で散々見せられていたので、


「「ごめんなさああああい……!!!!」」


 痛む箇所を押さえながら走り去っていきました。

 その場には、私とサヌちゃんと意識のない女子高生だけが取り残されました。

 サヌちゃんは私に背後を向けながら独り言を呟きます。


「終わりですね。まさか初日からこんなことになるとは思いもしませんでしたが、無事に解決して何よりです」

「…………」


 そして、サヌちゃんは振り返りながら言いました。


「改めて、お久しぶりです。焔ユガミさん。お元気でしたか?」

「……っ」


 私は終わりを確信しました。

 私とサヌちゃんは、この時をもって初めて再会するのです。

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