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5話「再会・その2」

(え……?)


 私は目を見開きます。

 心臓がいつも以上に素早く脈打つのが分かりました。

 いや、聞き間違いかもしれない。そんな偶然あるはずがない。

 そう思いながら私は、壇の上まで登ってくるその生徒を泳ぐ目で何とか捉えます。

 しかし、聞き間違いではありませんでした。その生徒の特徴は『清水香サヌ』に酷似しています。

 薄い黄色の髪。黒いスペード柄の入った黄緑色の目。間違えるはずもありません。あれはサヌちゃんそのものです。

 私はただ一人震えながら息を呑みます。どこか重々しい雰囲気を漂わせながら、サヌちゃんは演台の前に立ちました。


「春の息吹が感じられる今日、私達はカサアダ高校に入学いたします。本日は、私達のためにこのような場を設けてくださり……」


 落ち着いた表情で、一定のトーンで詰まることなく読み上げ始めます。


(お、同じ……クラス……?)


 私は顔が真っ青になります。

 これから高校生活が新しく始まるはずなのに、人生の終わりのような表情で私は絶望していました。


(どうしようっ……? どうすれば……? このままじゃ……いやでも……!)


 あらゆる憂いが同時に頭を巡って、全然思考がまとまりません。

 私が憂いていること。それはサヌちゃんの心の問題や、これからのことについてでした。

 私とサヌちゃんが再開したとき、サヌちゃんのトラウマを掘り起こしてしまうことになるかもしれません。

 加害者の私ですらこれほどまでに苦しんでいるのです。被害を受けた側であるサヌちゃんともなれば、タダでは済まないでしょう。

 なので、本来であれば会わないように徹底したいのですが、残念ながら同じクラスなのでそうもいきません。


 そして何よりもこれからのことです。

 彼女がこれから送るであろう順風満帆な生活において、私は障害にしかなり得ません。

 迷惑をかけないようにしたくても、そもそも私という存在自体が彼女にとって邪魔になってしまうのです。

 過去に自分をいじめた生徒と同じ空間で過ごす。ストレス以外の何物でもないでしょう。

 かと言って、他の生徒を合法的に退学させる手段などありません。事実として過去は過去でしかないのですから。

 私が自主退学でもしない限り、私という邪魔な存在は教室からはいなくならないのです。


(逃げたい……。でも逃げられない……。だって……)


 自主退学がしたい。それが私の本心でした。

 ですが、私はこれまで家族に散々迷惑をかけてきました。

 身の回りの世話のことはもちろん、今日に至るまで些細なことから大きなことまで、私は支えられ続けてきました。

 そんな私が、一時の衝動的に抱いた感情ですべてを投げ出す。絶対に許されません。

 サヌちゃんを想えば家族を。家族を想えばサヌちゃんを蔑ろにしてしまうことになります。とてもではありませんが選べません。


(頭が……くらくらする……)


 心配事が多すぎて、立ちっぱなしなのもあって私は頭がパンクして倒れそうになります。

 何とか踏みとどまりましたが危なかったです。ここで倒れれば注目を集めるだけでなく、先生方に迷惑をかけてしまうことになります。

 気持ちの整理がつかないままでしたが、私はスカートの裾をシワができるほど強く握って、必死に耐え続けました。


「──以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」


 少ししてサヌちゃんの挨拶が終わります。

 ワンテンポ遅れて拍手が鳴り響き、サヌちゃんは壇を降りて生徒の列の中に戻っていきます。

 私は心苦しさを感じながら、俯き続けました。


 その後も様々な先生が話をしたりして、ようやくすべての行事が終わります。

 一クラスごとに体育館から出て行って、順番に教室に戻っていきます。

 教室に戻っている最中、組に関係なく多数の生徒がサヌちゃんについて語っていました。

 サヌちゃんからどことなく感じられるカリスマ性に惹きつけられたのでしょう。

 サヌちゃんの名前が出る度に、私の心はきゅっと縛られた感覚に陥りました。

 教室に戻ると、来栖先生が再び話を始めました。


「では自己紹介でも始めようか。出席番号順に名前と出身中学、趣味などを答えてくれ」


 そうして指名された出席番号一番の生徒から、順番に自己紹介が始まります。

 クラスメイトの特徴は様々で、元気良くハキハキと喋る生徒や、いかにも熱血系な生徒もいれば、逆に大人しいことが一目で分かるような生徒もいました。

 趣味もばらばらで、サッカーやバドミントンの生徒もいれば、料理や睡眠の生徒もいました。

 何人も自己紹介をしていくうちに、やがてサヌちゃんの番がやってきます。

 新入生代表ということもあって、周りから好奇の目を向けられていました。

 サヌちゃんは自己紹介を行います。


「私の名前は清水香サヌ。テットレイ中学校出身です。趣味は強いて言えば絵を描くことです。よろしくお願いいたします」

「おおっ……」「美しい……」「何か強そう……」


 やはり独特な雰囲気がありました。

 周りの生徒とは一際違う大人びた佇まいで、妖艶(ようえん)な微笑みがクラスのみんなを虜にします。

 一方の私は、サヌちゃんの変わりようを見て恐ろしさを感じていました。


(何だろう……この感じ……。すごく怖い……)


 私は最初、サヌちゃんを一目見たとき、抱えきれないほどの罪悪感と申し訳なさに苛まれていました。

 それは、サヌちゃんが私に気が付いたとき、正気を保てなくなるほどのトラウマが引き起こされると考えていたからです。

 私という加害者を思い出すことで、被害者であるサヌちゃんは悲しくて苦しい気持ちになる。きっとそうなるのだと思っていました。

 しかし今のサヌちゃんを見て、それは勘違いなのかもしれないと私は気が付かされました。

 微笑んでこそいますが、その内側には怒りのようなものがあるように私は見えました。

 少なくとも、サヌちゃんの中には底知れない何かがありました。

 でなければ、たった六年で人はここまで変貌を遂げることはありません。

 もし私が焔ユガミであることを知ったとしても、驚く素振りも見せないかもしれません。

 何なら、表情ひとつ変えることなく私をボコボコにして奴隷としてこき使い始めるかも……。


(いや、それで罪を償えるなら本望か……。むしろそっちのほうが……)


 何にせよ、小学生の頃とは打って変わって不思議ちゃんな性格に成り変わっていました。

 どこにも隙がなくて本当に怖いです。今のサヌちゃんが相手なら、私が名前を明かして謝罪をしに行っても怖がられる心配はないでしょう。

 でも、私が怖いです。本能で恐怖を感じてしまっています。近付いたらどうなるか分かりません。

 楽な方向に逃げないと決めた以上はきっちりと謝罪はしますが、理屈で感情をねじ曲げられないくらいにはサヌちゃんに恐れを抱いていました。


(嫌だ……逃げたいな……)


 そんなことを考えていると、


「それじゃあ次。聞こえているか? 順番が回ってきたぞ」


 気が付けば自己紹介は私の番になっていました。


「え? あ……はぃっ……!」


 私は急いで椅子から立ちます。クラス中の視線が私のほうに集まっていました。

 私は萎縮しながら、


「〜〜〜っ……!」


 自己紹介をしました。

 名前と出身中学、趣味など最低限の情報を口早に述べます。

 ですが、


「あー……。申し訳ないが聞こえてないぞ。もう一度聞こえるくらいの声量で頼めるか?」

「ぅえ……。は、はいっ……」


 まったく聞こえていなかったようです。

 先生からそのことを指摘されて、私は申し訳ない気持ちと早く終わってほしい気持ちが自身の中で爆増します。

 目立ちたくないのに、これではかえって悪目立ちしてしまっています。

 でも仕方がありません。なぜならクラスの中にはサヌちゃんがいるのですから。

 私が焔ユガミであると知られたくないので、どうしても声を落とすしかないのです。まあ、元々声は小さいのですが……。

 私は、所々が聞き取られないくらいの声量を何とか絞り出しながら、再び自己紹介を行いました。


「わ、私の名前は……。……むら……ガミっ……です……。チーネ中学校出身です……。趣味は読書です……。よろしくお願い……しますっ……」


 私はそう言って深く礼をしながら、ちらっと目だけをサヌちゃんのほうへと向けます。

 サヌちゃんは、


「……」


 何一つ変わらない無機質な表情で、私のことを見ていました。

 様子に変化がなさすぎて、私をどう認識しているのかをまったく窺えませんでした。


(気付いてる……? 気付いていない……? 分からない……どうしようっ……!)


 注目を受けることによる緊張と、サヌちゃんへの気にかけによる恐怖が重なって、お辞儀をしたまま体が硬直してしまいます。

 しばらく固まっていると、


「よし、よく頑張ったな。もう座って構わないぞ」

「は……い……」


 先生が、どうすればいいのか分からなくなっていた私に指示を出してくれました。

 私は震えながら椅子に座ります。座ったあとも、自然と足がガクガクと震えていました。


(と、とりあえず……名前を(ほの)めかすことには成功した……よね……?)


 私は俯きながら思います。

 少しでも楽観的に考えないとやっていけないのです。

 ただ……


「彼女の名前は焔ユガミだ。見ての通り、少し内気で怖がりなところがあるが、彼女なりに頑張っているのでどうか応援してあげてほしい。それじゃあ次は……」


 結局全部バラされてしまいました。私はクラス内でただ一人絶望します。

 青ざめながらサヌちゃんのほうを見ると、


(ひっ……)


 ひっそりと下卑た笑みを浮かべながら、私のほうを見ていました。

 恐怖なんてものは微塵も感じていなさそうです。むしろ、使い潰せるおもちゃでも見るかのような顔をしていました。

 思わず目が合ってしまったので、私はすぐに目を逸らして俯きます。私はそのまま、怖くて顔を上げられなくなります。

 その後も自己紹介が続いて、終わったあとも長らく先生の話が続きましたが、内容が耳に入ってくることはありませんでした。

 一時間もした頃、ようやくすべての話が終わります。


「話すこともなくなったし、今日はそろそろ解散しようか。明日からは普通に授業が始まるので、忘れ物をしないように」

「えー早くない?」「まじかー」「早井マジカ……」

「仕方ないさ、学業は学生の本分なのだからな。では終わろう。起立!」


 私は、


「気を付け」


 号令が終わると同時に、


「礼」


 具合の悪そうな顔を浮かべながら、


「「「「さようなら」」」」

「……っ!」


 逃げるように教室から走り去りました。


「何あれ……」

「変わった子だね。何かあったのかな?」

「いじめられたりとかしたのかも……?」

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