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36話「お姉ちゃん」

 私が懸念していたあの人との話(もう一つのこと)。それはお姉ちゃんのことでした。

 つい一週間前に悩みは隠さずに相談すると約束したばかりなのにこの有様です。

 起こった問題を隠そうとして、結果的にすべてがバレてしまいました。

 話をすれば、まず穏便には済まないでしょう。


(…………)


 私は扉の前まできます。

 正直なところ開けたくはありませんが、どのみち開けるしか道はありません。

 そもそも事情があったとは言え、隠していたのは私達に非があります。

 ならば逃げる道理はありません。私は手に汗を握りながら、そっと扉を開けました。


「た、ただい……ま……」

「…………」


 部屋には、椅子に座って呆れたような目でこちらを見るお姉ちゃんの姿がありました。何も言わずに、ただただ視線をこちらに向けています。

 私はビクビクしながら部屋の中に入って、鞄を自身の勉強机の上に置きます。

 そこからどうすればいいのか分からずにもじもじとしていると、


「ねえ……」


 お姉ちゃんからいきなり話しかけられました。

 私は、


「は、はいっ……」


 すぐにそう返します。

 返すと、お姉ちゃんがいよいよ話を始めました。


「一週間前に言ったこと覚えてる……? 私、ユガミと約束したんだけどさ……」

「う、うん……。一人で抱え込まずに相談する……だよ……ね……?」

「そうだね……。覚えてないはずがないよね……。じゃあ聞きたいんだけどさ、土曜日に二人して汚れて帰ってきてたのって、今回の件が絡んでたってことであってる?」

「う……ん……」

「そっか……」


 お姉ちゃんはそう言うと、椅子から立ち上がって、ゆっくりと私の目の前までやってきて、私を見下ろします。

 見下ろしながら、


「言ったよね? 私……。隠さないで私に相談してってさ……。一人で抱え込まないでってさ……。何で守れないの……?」


 私は、


「ご、ごめん……なさい……」


 ただ謝ることしかできませんでした。

 後ろめたさもあって、目を背けながら萎縮して言います。

 お姉ちゃんは続けます。


「ごめんなさいじゃないよね……? 謝ればそれでいいと思ってるの……? そう思うなら、最初から隠し通そうとしなければいいだけだよね……? 家族は損得で動く薄情な関係性じゃない。それを理解してもなお、あなたは私を頼ってくれなかった……」

「……」

「知らないよね……。ユガミはさ、私達に迷惑をかけないようにって思ってたのかもしれないかもだけど、実は私達のことを一番蔑ろにしてるんだよ……?」

「……!」

「助けてあげたい一心なのにそっぽ向かれて……。守ってあげたいのに自ら破滅の道に進んじゃってさ……。嫌になっちゃうよ……。本当に……」


 私は咄嗟に返します。


「えっ……と……。つ、次から……は……その……ちゃんとっ……」


 が、その答えを返した瞬間、


「は……?」


 お姉ちゃんからドスの効いた声が聞こえてきました。私は思わずビクつきます。

 お姉ちゃんは怒号を飛ばしながら捲し立てるように、


「次からっていつ……!? 前回も今回も頼ってくれなかったのに、次があるって言うの……!? それを私が『分かった』って素直に聞くとでも思ったのかな……!?」

「あ……やっ……」


 ものすごい形相で言いました。

 私のことなどお構いなしに、次第にそれはヒートアップしていきます。


「あと次からって言ったけどさ……! それって今回は頼ってくれないってことだよね……!? 今からだってできることはたくさんあるのにさ……何でこの後に及んでまだ頼ってくれないの……!? どこまで自分で抱え込む気なのの……!? どれだけ自分勝手なの……!? ねえっ……!!!!」

「ああぁぅっ………」


 私はそこまで言われて、ようやく自身の罪を自覚しました。

 私はお姉ちゃんを知らず知らずのうちに傷付けていたのだと。

 こんな無能に寄り添ってくれる数少ない人物を、私は裏切ってしまっていたのだと。

 一度犯した過ちを、もう一度繰り返してしまったのだと。

 心配をかけたくないという自己中心的な考えで、余計に心配をかけてしまったのだと。

 本当の意味で救いようのない人間になってしまったのだという事実に気が付いて、私は心が苦しくなりました。


「……っ」

「……!」


 罪を自覚した途端、涙が目に浮かんできてしまいました。

 今日一日で受けた屈辱。サヌちゃんに対する申し訳なさ。そしてお姉ちゃんに対する罪悪感がすべてのしかかってきて、私は心が耐え切れなくなってしまったのです。

 涙は数秒にも満たないうちに流れ出て、頬を伝って床へとぽたぽた落ちていきます。

 それを見てお姉ちゃんは、


「ご、ごめん……強く言いすぎた……。泣かせる気はなくて……」


 申し訳なさそうな顔をしながら言いました。

 私への対応に困った様子で、あわあわとしながら私を宥めます。

 私は返す言葉がありませんでした。言い訳も謝罪も何もかもが、この場に相応しくないことを理解したのです。

 口を慎んで声を殺しながら、私は涙を流します。体を震わせながら、肩を上下に揺らしてすすり泣き続けました。


 そのうちお姉ちゃんは、


「ごめんねっ……!」


 同じように涙ぐみながら、私をその手に抱き締めました。

 この期に及んでまだ私を想ってくれるお姉ちゃん。それどころか、責めすぎたと反省すら始める始末。

 どこまでも妹思いなお姉ちゃんの姿に、私はいよいよ我慢ができなくなってしまいました。

 すなわち心のダムの決壊。頑張らなければと必死に抑えていた気負いが、すべて放出されることとなります。

 私は情けないくらいに声を出してわんわんと泣きました。

 高校生とは思えないくらいに幼稚な泣き様を曝け出して、お姉ちゃんの温もりを感じながら甘えるように泣きました。


 十秒。一分。果ては十数分。

 枯れるくらいに涙を流し続けて、私は少しずつ落ち着きを取り戻しました。

 お姉ちゃんの胸に顔を埋めたまま、黙って家族の愛を堪能します。

 私の様子を見て、お姉ちゃんは言いました。


「私はさ……。ユガミがまたあんなふうになっちゃうのが嫌なんだ……。あのときは何もしてあげられなくて……それがずっと心残りでね……?」

「……」

「だから、頼ってほしかったの……。そうでもないと、私は……」

「……」


 私は返します。


「ごめんなさい……。今まで……気付けなくて……。お姉ちゃんの苦しみ……何も分からなかった……。私を想ってくれるその気持ちを、私は踏み躙ってしまった……」

「……」

「これからは……本当に本当に……絶対頼るって約束する……。もう隠し通そうとしないって約束する……」

「ユガミ……」


 嘘偽りのない心からの言葉でした。

 負担を強いることにはなりますが、それ以上に迷惑をかけないようにしなければなりません。

 もうお姉ちゃんに不必要に不安な想いをさせないようにしようと、私は決意しました。

 お姉ちゃんは、


「ありがとうっ……」


 そう言って私をさらに力強く抱き締めました。

 焔ネノ(お姉ちゃん)という存在をより確かに感じられるようになって、私はさらなる安心感を覚えました。

 私を抱き締めながら、


「それじゃあ話してほしいな……。ユガミの今の状況と、隠してたこと全部……」


 私は、


「うん……実は……」


 お姉ちゃんにも、事の顛末をすべて話しました。

 無実の罪を着せられたこと。そしてその無実を証明するために色々考えていること。

 お姉ちゃんは話に割り込むようなことはせず、相槌を打ちながら最後まで私の話を聞いてくれました。

 全部聞き終えて、お姉ちゃんは、


「そっか……大変だね……」


 私の話に共感してくれます。

 その上で、


「それで、何か思いついたの……? 時間はあんまりないんだよね……?」


 そう聞いてきました。


「うん……。今はまさに考えてる真っ最中で……。あ……」

「……?」


 私は答えている最中にはっとします。

 そうだ。今がお姉ちゃんを頼る最大のチャンスなんだ……と。

 申し訳ない気持ちはやはり拭えませんが、お姉ちゃんにとっては迷惑をかけられることが最大の喜び。

 私は早速相談をすることにします。


「どうかしたの……?」


 お姉ちゃんの問いかけに対して、


「少し協力してほしいことがあるんだけど、いいかな……?」


 私はそう答えました。

 お姉ちゃんはキラキラとした希望に満ちあふれた顔で、


「うん! もちろんっ!」


 私への協力を誓ってくれました。

 

「あ、ありがとう……。じゃあ、申し訳ないんだけど……私の無実を証明する方法を一緒に考えてほしい……」

「分かった。お姉ちゃんが一緒に考えてあげる……!」


 その後、私とお姉ちゃんは共に案を出しながら、今からでも形成を逆転できないかどうか必死に考え始めることとなります。

 私とお姉ちゃんは性格が異なっているために、新たな視点から切り口を開くように斬新なアイデアを出してくれたりしました。

 アイデアがまとまったら対策。対策も徹底的に詰めたら気持ちの整理。順序立てて順調に作戦は決まりました。


(これならいけるかも……)


 私は確かな自信をもってお姉ちゃんに言います。


「ありがとう、お姉ちゃん……!」


 お姉ちゃんは、


「どういたしまして!」


 私は今日、初めてお姉ちゃんにお願いをしました。

 迷惑をかけたはずなのに、家族との仲がより深まったように感じます。

 私は、作戦をしっかりと頭に入れて、来たる日に備えて入念に準備を整えました。

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