35話「お母さん」
自分の家の前までやって来て、私はあることに気が付きます。
(そういえば連絡がいってるんだっけ……)
先生はお母さんに起こった事情の諸々を説明しているはずです。
ほぼすべてが作り話で構成されたあんまりな嘘を。私には七年前の前科があることですし、お母さんはそれを鵜呑みにしていることでしょう。
どうすれば証拠もないのに無実を証明できるのでしょうか。
(最悪受け入れられなくても仕方はない……かな……)
私が第一に考えるべきはサヌちゃんです。
今は自分のことを優先している場合ではありません。家族仲がどれだけこじれようとも、私は前を向かなければなりません。
(結局、あの人と話をすることになりそうだし……)
私は、最悪のことも考えつつ、扉を開けました。
「ただいま……」
静かな家の中に響き渡る私の声。扉の先には誰もいませんでした。
外におでかけてもしているのでしょうか。そう思いながら私は靴を脱いで目前にある階段を登ろうとします。
登ろうとしたところで、
「おかえりなさい、ユガミ」
真後ろから声が聞こえてきます。
振り返ると、そこには私を見下ろすお母さんの姿がありました。
お母さんは私に圧をかけるかのように、
「先生から連絡がきたわ。サヌちゃんと一緒に相手に暴言を吐いて、挙げ句の果てには一方的に暴力まで振るったって。それは本当なのかしら?」
淡々と私に言いました。
こういうときのお母さんは誰よりも怖いです。思わず身がすくんでしまいそうになります。
ですが、怯んでいる場合ではありません。私達に非がない以上は堂々としなければなりません。
私は返します。
「やっ……てないっ……!」
「じゃあ何で謝罪までしたの? やっていないのならわざわざ謝る必要はないと思うのだけれど」
「そ、それはっ……。圧力に……負けて……」
「……その圧力というのは具体的にどういうこと?」
「わ、私と相手の話を聞いた先生達が……全会一致で私達に非があると判断して……。それで……耐えられなくなって……つい謝ってしまったの……」
「……そう。じゃあ、まずはその話を詳しく聞かせてくれるかしら。それから判断するわ」
「う、うん……。あのね……」
私はお母さんに話しました。
学校の帰りに集団が押し寄せてきて、襲われそうになったところをサヌちゃんが返り討ちにしたこと。
そしてその話を先生にしても、残っていた断片的な映像から一切信じてくれなかったことを。
お母さんはすべてを聞いて、
「……過剰防衛は問題だけど、その話が本当なら二人に非はないわね。それが本当か嘘かを判定する材料はないわけだけど……」
そう呟きます。
私はそれに対して言いました。
「うん……。べつに信じてくれなくてもいいんだ……。私は実際に過去に過ちを犯したし、むしろ疑うのが当然だよ……」
「…………」
「でも、それでも私はやってない……。私はこれからそれを証明できるように手を尽くすつもり……。わがままだけど……私が事を終えるまで見守ってほしいの……。ダメ……かな……?」
「…………」
お母さんは熟考した末に、
「……分かったわ。ここでユガミを咎めても早計だもの。この件は一旦保留としておくわ」
そう言ってくれました。
「い、いいの……?」
「ええ、まだ何もかもを決め付ける段階ではないもの。先生達は判断材料が足りていない時点で、結果を急いで主観で善悪を分けた。学校側にも不手際がある以上、私くらいは公正に対応しないとね」
「……」
「それに……」
「……?」
「今のあなたなら非行には走らない。そんな気がするの。せめて、事が終わるまでは無条件にあなたを信じてあげる。それが家族の役割だと思うわ。だから待つ。ユガミが全部やり終えるまでは応援してあげる……」
「お母さん……。ありがとう……」
私は感謝を伝えます。
中立の立場とはいえ、私を信じてくれたことがたまらなく嬉しかったのです。
お母さんは最後に、
「もしうまくいかなくても、学校側に雑な判断を下したことについては指摘しておくわね」
そう付け加えました。
何もかもが頼もしくて、私は安心感を覚えました。決め付けるどころか、応援までしてくれると言ってくれました。
ならばなおさら、その応援に応えられるように頑張らなければなりません。
一方的に着せられた濡れ衣を脱げるように、私は作戦を企てられるよう意気込みます。
「それじゃあ部屋に行ってあげて。ネノが心配してたから……」
「……うん」
私は頷いて、階段を登り始めました。




