31話「作り話」
十数分もした頃。ホームルーム開始のチャイムが流れます。
全員が席に座りますが、先生は何分経っても一向に教室に現れませんでした。
原因は分かりきっていました。当事者である私達がそれを最も自覚しています。アレです。
当然、周りのクラスメイトも原因を察していたので、例の件でざわつき始めます。
先生のいない教室は無法地帯も同然でした。制止する人がいないので、初めはひそひそとした話し声も、次第にあからさまなざわつきに変貌を遂げていきました。
私が注目されるのを厭わずに逃げ出したくなるほどの居心地の悪さを感じていると、やがて先生がやって来ます。
先生がやって来た途端にざわつきは取り払われて、今さっきの光景が嘘だったかのように静かになりました。
教卓の前に立って、先生は言います。
「ホームルームを始めようか。今日は手短に済ませたいので号令はなしとする。早速だが連絡に移ろう。一時間目は自習だ。本来であれば数学の予定だったが、色々あってそれもできない状況になった」
「……」
先生のその発言を聞いて、クラス中の視線が先生ではなくサヌちゃんに集まりました。
先生が続けます。
「だから、静かに大人しく各自勉強をしていてくれ。私の代わりに別の先生が監督に来る予定なので、くれぐれも迷惑をかけないように。以上だ」
目の前に広がった異様な光景を追求することはなく、必要なことだけを述べて連絡を終わらせました。
先生は最後に、
「焔、清水香の二人は私についてきてくれ。少し用がある」
名指しで私達の名を読み上げました。
私達はクラスメイトの視線に晒されながら、席を立って教室を出ます。
廊下まで出ると先生は、
「二人も分かっているとは思うが、少し問題が起こってな。生徒指導室で話があるから、色々聞かせてもらうぞ」
歩き始めながら言いました。
先生の様子だけはいつもと変わりありませんでした。噂を鵜呑みにして決め付けることはなく、話があるとだけ言って私達を連れていきました。
来栖先生は大人だけあって常識人でした。となると、まだ疑いを払拭できる可能性だって残されているはずです。
先生という立場から真実が伝えられれば、さすがのクラスメイトもそれを呑むしかありません。
私は唯一の可能性に希望を見出して、緊張感に包まれながら生徒指導室へと向かいます。
少し歩いて、そこに辿り着きました。
来栖先生が扉を開くと、中には六人の生徒がすでに長椅子に詰め詰めになって座っていました。言わずもがな、あの集団です。
ホームルームが始まるよりも前にはここに連れてこられたのでしょうか。あるいは、自らここに赴いたのか。
周囲には生徒指導担当の先生や別のクラスの先生が計三人ほどいて、椅子の後ろに立っていました。
私達は来栖先生に座るよう指示を受けたので、机を挟んで集団と対面になって座ります。
当事者全員がこの部屋に来たことを確認すると、来栖先生が話を始めました。
「では話を始める。内容は土曜日に起こった暴力行為についてだ。聞いた話によると、清水香側と集団で喧嘩が巻き起こったそうだな。それは間違いないな?」
先生の問いに、全員が口々に肯定の返事をします。それを聞いて続けます。
「まあそうだろうな……。この件に関してだが、近所の方々からの通報や、本校生徒からも複数の目撃情報が出ている。いらぬ心配や迷惑をかけているので、どのみち全員停学は免れないものと思ってくれ。これも問題ないな?」
再び、先生の問いに全員が肯定の返事をしました。
「よし、ここまではいい……。だが、詳細のほどはやはり当事者にしか分からない。こちらとしても起こった問題は必ず解決させなければならない。なので、起こったことをこれからそれぞれ説明してもらう。まずは集団側からよろしく頼む」
先生の指示を受けて、集団の中からリーダーの女の子が返事をしました。
「はい……。それじゃあ、説明します……」
女の子はそれから説明を始めました。
「私達はあの日、親睦会をカラオケやボウリングをして遊んでいました。めいっぱい遊んで仲良くなって、楽しく過ごしていました……。そしてその帰り道で事件は起きたんです……」
来栖先生が返します。
「……例の喧嘩だな?」
「はい……。住宅街の角を右に曲がると、待ち構えてるみたいにその二人がいました。軽く挨拶を交わして通り過ぎようと思ったんですけど、なぜか清水香さん達が私達の進行方向をわざと塞いできました……」
「ほう……それで?」
「清水香さんが私達に言ってきたんです……! 『すみませんが少し黙っていただけませんか? あなた方の耳障りな会話のせいで、私達まで知性が衰えてしまいそうです』って……!」
「……」
「私はいきなりそう言われて腹が立ちましたが、我慢して聞き返しました。『何でそんなことを言うの』って……。そしたら……」
『私が暴言を吐いたところで、誰も優等生である私を疑わないからですよ』
「そこから言い合いが始まりました……。私達は必死に抗議して、その度に清水香さんは私達をひたすら罵倒して……! いよいよ堪忍袋の緒が切れた男子の一人が、私達の名誉を守るために清水香さんに近付きました。『いい加減にしろ。さすがに限度があるだろ……!』といった感じで……」
「……」
「その瞬間でした。清水香さんが近付いてきたその男子の顎を何の躊躇いも殴ったんです……! ゴミを払うみたいに、容赦なく拳を振り上げていました……。その衝撃で、殴られた男子は衝撃で意識が飛んでしまいました……。突然の驚きに私達は動けなくなってしまいます。でも、清水香さんはそんな私達に一切の情けもなく次々に暴力を仕掛けてくるんです……」
「…………」
「私達は途中から抵抗しようとしました……。自分の身を守るために精一杯……。だけど、清水香さんがあまりに強いせいで、それもできませんでした……。一方的に襲われ続けて、全員があの人の前に打ちのめされました……。これが事件の全貌です……!」
リーダーの女の子は、途中から涙を流してそれを手で拭いながらそう言い切ります。
当然ながら、まるっきり嘘でした。本当なのはおそらく冒頭の親睦会のみ。
ほぼすべてが嘘で塗り固められた、悲劇のプリンセス気取りのストーリーでしかありませんでした。
反省の色がまったく見られない作り話に、私は思わず顔をしかめます。
あれだけ痛い目を見ても、まだこの人達は諦めていなかったのです。むしろチャンスと言わんばかりに、私達を加害者に仕立て上げようとしてきました。
許せません。ですが彼女の話はまだ終わっていないので、言動は慎みました。
先生は女の子の話を聞いて、しばらく考え込みます。少しして、先生は女の子に質問を始めました。
「ふむ……。少し質問するぞ。清水香が暴言を吐いたというのは本当なんだな?」
女の子が返します。
「はい……。どうせ疑われないからと、立場を利用して色々言われました……」
「そうか。ではお前達が清水香に抵抗しようとしたのも本当だな?」
「は、はい……。自分の身を守るためとはいえ、暴力を振るおうとしてしまいました……。ごめんなさい……」
「……まあ、それについてはひとまず置いておこう。とりあえず話は分かった」
次に先生は、
「それじゃあ今度は清水香、何があったかをありのままに説明してくれ」
サヌちゃんに名指しで説明を求めました。
サヌちゃんは、
「はい、分かりました」
そう言って説明を始めました。




