26話「報復 その1」
「──ほら、早く来てって……!」
「……?」「……」
住宅の路地の裏から、何人もの人がぞろぞろと出てきます。男女の入り混じった若年層のグループでした。
先頭の女の人が、男の人の手を引っ張りながら連れて出てきて、そこから続いて男女がガヤガヤとした話し声を響かせながら、複数人出てきます。
男子三名、女子三名。計六名が向こうのほうからやって来ます。
初めは遠い位置にいたので、少々柄が悪そうな人達としか思いませんでした。
ですが、その顔を認識した瞬間、私は表情がこわばらせて、サヌちゃんは警戒をむき出しにして目を細めることになります。
その人物とは……
「ほら、あいつだって……! 始業式のときうちらのこと殴ってきたの!」
あのとき路地裏にいた三人でした。
睨んできたと難癖をつけて私をボコボコにしようとして、最終的に通りすがりのサヌちゃんに返り討ちにあった女子グループ。
会話内容から、男子を三人連れて復讐に来たであろうことが察せられました。
しかも、その男子の中にも一人だけ見覚えのある顔がいて……
「え、清水香さん? あの子が? 嘘でしょ」
「ほんとだって! 傷見せたでしょ? 澄ました顔で平気で殴ってきたんだから!」
「えー、俺清水香さんのこと結構気に入ってるんだけどなー」
その男子とは、サヌちゃんに質問攻めをしていたうちの一人でした。
サヌちゃんに曲のリクエストを求めて、ギターでクラシック曲を弾いていたあの男の子です。
元々少しお調子者の印象がありましたが、今のヘラヘラとした喋り具合から、彼もまた女子グループの仲間なのだと理解できます。
私は、不安からサヌちゃんの服の裾を掴みます。
サヌちゃんはそれを拒まずに受け入れて、集団に向けて問いかけました。
「もしかして、何かご用ですか?」
先頭にいたリーダー格の女の子が返します。
「見て分からない? あんた達をボコボコにしにきたの。この人数。ましてや男が相手じゃ、さすがのあんたでも勝てないでしょ?」
「……わざわざ待ち伏せしておられたのですか?」
「そうよ。一週間かけて少しずつ下校時にあとをつけて二人の家を特定したの。本当はあんたさえボコボコにできたらそれで良かったんだけど、おまけにノロマまでついてきたし、一石二鳥ね」
「そうですか……」
サヌちゃんは少しムッとした顔を浮かべていました。
やはり六人が相手となると、サヌちゃんも一筋縄ではいかないようです。
私はより一層不安になります。戦ったとしても勝てるかどうか分かりませんし、家がバレている以上は、逃げるという選択肢が実質的に封じられていることになります。
私は絶望を案じます。無事では済まない未来が目の前に迫っていることを知って、体が自然と震え始めました。
お調子者の彼が、ヘラヘラとした態度を崩さずに話に割り込んできます。
「いやー、ごめんね? まさか、清水香さんみたいなかわいい子を殴らないといけないなんて。正直良心が痛むんだけどさー……」
彼は一歩ずつサヌちゃんへと近付いて、サヌちゃんの目の前まで来て言い放ちます。
「我慢してね? 大人しくしてたらすぐ済むしさ」
「……」
「まあ、途中でいけないとことか触っちゃうかもしれないけど、わざとじゃないからさー……!」
その人は、いやらしい目つきをしながら、下卑た笑みを浮かべてサヌちゃんに手を差し伸べてきます。
サヌちゃんはその人の思惑と置かれている状況を理解すると、
「はあ……」
大きなため息をついて、
「汚らわしい……」
躊躇なくその人の顎を、勢い良く下から拳でぶん殴りました。
「がっ゛……!」
アッパーを喰らったその人は、打撃の勢いで少しだけ宙を浮いて、背中から地面に着地します。
サヌちゃんの攻撃を認識する間もなく、意識がどこかへ飛んでいました。
「なっ……」「嘘だろ……?」「何だ今の……」
あっという間に一人がやられたことに、残りの五人が驚愕します。
女子はあのときの状況を思い出すように焦り始めて、男子はそれまでサヌちゃんに抱いていたイメージが壊されてただただ唖然としていました。
場が静まり返るなかで、サヌちゃんが呟きます。
「品のない人は嫌いです。うじゃうじゃと群れると途端に騒ぎ始めて、一人になると途端に何もできなくなる」
リーダー格の女の子が返しました。
「何してんの……? 人の心がないんじゃないの……?」
サヌちゃんが再び返します。
「自分を守るためなら、人の心なんていくらでも捨てられますよ。とは言え良心は痛むのですが……」
「ば、化け物っ……。ね、ねえ男子! 早くいってよ! あんなやつ楽勝でしょ……!?」
「え……? あ、おう……!」「ど、どうなっても知らねえぞ……!」
女の子の指示により、残った男子二名が一斉に攻撃をしかけます。
目測二十センチメートル程度は体格に差のある男子が、サヌちゃんに向かって走ってきます。
サヌちゃんは私を突き飛ばしながら言いました。
「痛っ……!」
「危ないので離れていてください……! 突き飛ばしたことについてはあとで謝ります……!」
サヌちゃんはそれだけ言うと、すぐに振り返って構えを取り始めました。
「喰らえ……!」
残った男子の片割れが拳を振るってきます。
しかし、サヌちゃんはそれをギリギリで躱すと同時に、返しで一発の殴打を相手の腹に喰らわせました。
攻撃を受けた男子は一時的に怯みますが、休む間もなくもう一人の男子がサヌちゃんに向かって攻撃してきます。
「はっ……」
手の長さを活かしたリーチ差のある拳の振り。
サヌちゃんは攻撃は返さずに避けます。その男子はまだまだ攻撃をしかけてきます。
長い手や足で飛距離のある打撃を、一方的にサヌちゃんへと喰らわせようとします。
サヌちゃんは攻撃こそ容易く避けるものの、返すチャンスが見つけられずに苦労していました。
私はそんなサヌちゃんと男子の攻防を、離れた位置でただ見ていることしかできませんでした。
私は足手纏いを実感しながら、身がすくんでその場で情けなく震えていました。
サヌちゃんが私をわざわざ突き飛ばしたということは、それだけ余裕がなかったということになります。
そんな状況下で、私はサヌちゃんを助けることができない。邪魔をすることしかできない。
私は自らの無能さを呪います。困ったときは助け合うと約束したはずなのに、実際には何もできていません。
約束破りの不義理な状態。私は助けられないもどかしさと、何もできない申し訳なさが交錯して、感情がぐちゃぐちゃになります。
(ああっ……嫌だ……もう……何で……)
私は焦燥感に苛まれながらも、本能のままに怯えて座り込みます。
そんな私をよそに、サヌちゃんと男子は戦い続けるのです。
手足の長い男子の猛攻が続くうちに、やがて攻撃を喰らって怯んでいた男子が再び動き始めます。
痛む箇所を押さえながら立ち上がって、もう一人の男子に声をかけます。
「待ってろ……!」
「おう、後ろ回れ!」
先ほどと違ってサヌちゃんは牽制されている状況。
背後を取られるといよいよあとがなくなることでしょう。私はそれが分かっていてもなお、動くことができませんでした。
「やっちゃえ!」「いつも澄ました顔しやがって!」「ざまあみなさい!」
女子達は状況が有利なほうに傾いていることで完全に調子付いていました。
男子を囃し立てたり、サヌちゃんを罵ったりして野次を飛ばします。
男子はいよいよサヌちゃんを挟み撃ちにし始めて、各々攻撃を開始しました。
「……」
二方向からの絶え間ない打撃が繰り出され続けて……。
サヌちゃんはそれを捌こうと視線を器用に交互に移して……。
打撃を避けたり受け流したり弾いたりしながら、隙を見て反撃の一発を……。
(……あれ?)
何か、男子二人からの攻撃を普通に捌き切っているような……。気のせいでしょうか……。
私は目の前に広がる光景が信じられずに、目を擦ったり頬をつねったりします。
しかし景色には何ら変化が起きません。事実として、サヌちゃんは自身よりも体躯の勝る相手の猛攻を捌き切っていたのでした。
「な、何だこいつ……!」「どうなってる……!?」
男子達は息を切らしながら必死に打撃を試みます。
ですがその打撃は、どれもこれも思うような結果を生み出してくれません。
躊躇なく放つ拳は弾かれて。体を捻りながら勢い良く繰り出す蹴りは避けられてしまうのです。
しかも、サヌちゃんはまったくもって平気な様子。息を切らすどころか、顔色一つ変えることなく冷静に対処していました。
そのうち、男子側のほうが疲れを覚えてきて、攻撃の勢いがどんどん衰えていきます。
「はあ……はあ……」「くそっ……」
サヌちゃんは、そんな彼等の疲れる様を感じ取ると、
「終わりです……」
あっという間に懐に潜り込んで、それぞれ喉や鼻元など、弱点を数箇所にわたって数回ほどぶん殴りました。
「ぐっ゛……」「うぁ゛……」




