24話「かつての」
私は最後に一つだけ問います。
「あ、あの……」
「おや、どうされましたか?」
「き、気を悪くしたら……申し訳ないんだけど……私に恨みはないの……? 私の内側から罪の意識を感じ取っても、それだけで仲良くなろうとは……その……思えないというか……」
それを聞いてサヌちゃんが答えました。
「ふむ、そうですね……。実のところ、私はユガミさんのことを恨んではいないのですよ」
「え……」
「ユガミさんもクラスの方々も先生も、本当は誰に対しても憎しみを抱いているわけではありません。ですから私は、それだけで仲良くなれてしまうのです」
「じゃ、じゃあ……何でクラスの人には復讐を……?」
「あの人達は自身の罪と向き合いませんでしたから。目を背けて私から離れようとして……。なので罪を自覚させるべくちょっかいをかけ続けました。それに比べてユガミさんはどうでしょう? あなたは、『私の奴隷になって私の命令を忠実に守って、暴力も暴言も何もかも受け入れる。』そう言いました。人生のすべてを捧げようとするだなんて、罪と向き合っている以外の何物でもありません。そんなユガミさんとなら、お互いに手を取り合って笑い合える。私はそう思いました。……ご理解いただけたでしょうか?」
「えっ、あ……うんっ……。とりあえずは……」
大体は理解できたので、私はそう返しました。
つまりサヌちゃんは、課題をすべて克服した今、ようやく普通の幸せを手に入れようとしている真っ最中なのです。
サヌちゃんの過去を知らない人には、サヌちゃんと真に仲良くなることは絶対にできない。
でも、サヌちゃんの過去を知っている人のほぼ全員は、サヌちゃんと関わることを拒んだ。
サヌちゃんにとって私は、唯一サヌちゃんの心を満たす鍵になる可能性を秘めている存在なのです。
私は、置かれている状況に不安になりながら、サヌちゃんの様子を窺いました。
(あれ……?)
話が終わったにも関わらず、数分が経過してもサヌちゃんは何も喋り始める様子はありません。
私はそれとなく聞きます。
「もしかして……まだ何か話が……?」
サヌちゃんが返しました。
「いえ、話自体は終わりました。ただ一つだけ用があって、ある人を待っているのですよ」
「ある人……?」
「はい、そろそろ来てもおかしくない頃なのですが……」
サヌちゃんがそう呟くのと同時くらいに、足音がコツコツと鳴り響くのが聞こえました。
「あ、来ましたね」
「……?」
足音は少しずつ大きくなっていき、私達のいる教室の付近で突然と止みます。
私がそのある人が誰かを気にしていると、扉が開きました。
「えっ……?」「……」
やって来たのは、私達のよく知っている人物でした。
「な、何で……?」
それは先生でした。
私やクラスメイトの愚かな発言を信じて、罪のないサヌちゃんに謝罪を強要させた当時の先生。
先生は私達がいることを知らされていなかったのか、青ざめた表情で私達を見ていました。
サヌちゃんが説明するように呟きます。
「今年からあなたがこの学校に戻ってきていることを私は最近知りました。そこで私は、他の先生方に『あなたの教え子が教室にいる』とだけ伝えるようにお願いをしたのです」
「……っ」
「なぜそうしたか。それはサプライズです。私が不登校になってからは一度もお会いしていませんでしたから」
サヌちゃんは立ち上がって、先生のもとへとゆっくり近付いていきます。
「ひっ……」
先生の目の前まで来て、言いました。
「さて、改めてお久しぶりです先生。お元気でしたか?」
「あ……ああ……」
先生はサヌちゃんの前で膝から崩れ落ちて、顔を上げられないまま弱々しく呟きます。
「ごめんなさいっ……あなたをこんな目に遭わせてしまってっ……。私がちゃんとしていれば、あなたを信じてあげていればこんなことにはっ……」
とても後悔している様子でした。
大の大人が情けなく頭を垂れて、想いをつらつらと述べます。
サヌちゃんが返しました。
「ええ、構いませんよ。私はあなたを許しましょう。ですが、一つだけ申しておくべきことがあるので、ここで言わせてください」
「……?」
「あなたは教え導く立場です。未来ある子供達に選択肢を与える責任のある人間です。そんななかであなたは、一人の子供の未来を奪ったのです」
「……!」
「それでもあなたは教師という職業を続けている。それがどういうことかは理解できますよね? 自覚を持ちましょう。あなたは教師としてふさわしくない行動を取った。あなたは深く物事を考えずに愚行に走った。よく心に刻んでください。」
「あ、ああぁぁっ……」
先生は頭を抱えながら、悶え続けます。
サヌちゃんはしばらく先生の様子を眺めたあと、
「では帰りましょうか、ユガミさん」
振り返りながら私に言いました。
私は、
「あ、うん……。でもいいの……? そのままで……」
「はい、目的は済ませたので。行きましょう」
「わ、分かった……」
私は崩れる先生の横を通り過ぎて、サヌちゃんと共に廊下へと出ようとします。
廊下へ出る直前、引き止めるように先生が口を開きました。
「ま、待ってっ……!」
サヌちゃんが足を止めて振り返ります。
「……どうされましたか?」
先生は余裕のない歪んだ顔で、震えながら必死になって、
「きょ、教師をやめます……。私は子供の未来を奪った裁かれていないだけの悪人……。責任を取って教師としての道を閉ざしますっ……! ちゃんと責任を取りますっ……!」
そう宣言しました。
すでに許されているにも関わらず、安定を捨ててでも責任を取りたいという先生なりの決意でした。
私が見守っていると、サヌちゃんはあからさまに目を細めて、不機嫌そうな顔で先生の目の前までもう一度行きました。
「……!」
先生を見下ろしながら、咎めるように、諭すように言います。
「見当違いです。職を辞することが、この場合最も無責任な行動にあたります。私からすれば、辛くなったから逃げたいと言っているようにしか聞こえません。本当に責任を取りたいなら、過ちを糧にして真正面から生徒と向き合ってください」
「あ……」
「あなたが子供ならそれで正解だったかもしれません。ですが、あなたは大人なのです。責任を持つ者として己と向き合わなければならない」
「あ……ああ……」
「もう一度言いましょう。自覚を持ってください。教え導く立場として、もう二度とあんな悲劇を起こさないようにしてください。いいですか?」
「は……い……」
先生は泣き崩れながら再び下を向きます。
サヌちゃんはため息をついて、それから振り返って教室を出ます。
教室を出ながら、
「行きましょう。もうここに用はありません」
「え、あ、うん……」
私もサヌちゃんを追いかけるように教室から出ました。
取り残された先生は、一人で何を思うのでしょうか。私は、かつて偉大に見えた大人の弱々しい姿を目の当たりにして、そう思いました。思うだけで、口にすることありませんでした。




