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23話「心境」

「──そして、私はもうしばらく勉強や運動に時間を費やして、絶対にいじめられなくなると判断したタイミングで再び学校に通うようになりました」


 サヌちゃんの話を聞いて、私が返します。


「ど、どうだったの……? クラスの反応は……」

「とても気まずそうにされていましたね。何せ、全員が私のことを一度は罵倒して、最終的に不登校に追いやったのですから」

「……」

「でも、そこでいじめられることはありませんでした。なぜなら本来であれば私は被害者だから。被害者が正義であり、加害者が悪であるという考え方が根底にある以上は、彼等彼女等も危害を加えてくることはありません。何なら、自分自身が加害の一端を担っていたことを自覚しつつも、その事実から目を背けたいのか、誰も私に関わろうとはしませんでしたね」

「……」

「そこで私はどんな行動を取ったと思いますか? これまでの流れを踏まえた上で、答えてみてください」

「え、えっと……。積極的に関わった……とか……?」


 サヌちゃんが答え合わせをします。


「正解です。かつては困っていた私を見放したクラスの方々に対して、おせっかいとも言えるレベルで助力をしてみました。教え助けて恩を売り続けて、消化しきれない想いをこれでもかというほど増大させておきました。ちょっとした|意趣返しというやつですね」

「意趣返し……」


 最も無害で最も相手の心を抉る行動。サヌちゃんなりの復讐でした。

 私は何も言えませんでした。今日初めて教えられたサヌちゃんの過去。

 サヌちゃんがなぜ完全無欠の孤高な少女として君臨するに至ったのかを知って、私は複雑な気持ちになりました。


(つまり、今目の前にいるサヌちゃんも偽り……)


 突如知ることとなった真実。私が黙り続けていると、


「とまあ、こんな感じですね。小学校を卒業するまではそれを続けて、中学では少々離れた私学に通って……。最後にはこの高校に通うことを決めて、そこで偶然あなたに出会いました。ここまでが再会するまでの流れです」


 サヌちゃんが話し終えました。

 私は恐縮ながら質問をします。


「あ、あの……。質問、しても……いい……?」

「ええ、どうぞ。何でも聞いてください」

「お、負い目を感じているクラスの方々を助けるのが復讐ということは、私とお友達になったのは、私に復讐をするため……なの……?」


 私とサヌちゃんがお友達になる道理は、普通に考えて絶対にありません。

 利害が一致する程度で自分をいじめた相手と手を取り合うなんて、お友達になる理由としてはあまりに不十分でした。

 私はそこを指摘します。もし話がすべて本当ならば、私とお友達になることは復讐の理由として十分に成り立ちます。

 そこから私を絶望の底に突き落とすことだってできますし、表面上は仲良くしながら私を最大限こき使うことで、都合のいい道具として扱うことができます。

 しかし、私の質問にサヌちゃんは予想外の反応をします。


「そうですか。そう捉えましたか……」

「……?」


 怒りのような悲しみのような、どこか物寂し気な暗い表情で、そう溢しました。

 てっきり私は微笑みながら肯定するか、淡々と真意について述べ始めるかと思っていたので、私は少し困惑しました。

 サヌちゃんが続けます。


「それについてはこれからまとめて話します。なぜ自身をいじめた相手と仲良くなろうとしたのか。その魂胆をお聞きください」

「う、うん……お願いします……」


 サヌちゃんが一呼吸おいて再び話し始めました。


「すべての始まりとなったのは、一週間前の入学式です。自分のクラスを確認しているときに、私はユガミさんの名前を目にしました」

「……」

「その名前を一目見た瞬間、私は足がすくんでしまいました。あのときの恐怖を思い出して、何年も続けてきた表情のコントロールが一時的にまったく利かなくなってしまったのです」

「え……? そ、そうなの……?」

「本当ですよ。新入生代表として務めを果たさなければならないのに、今すぐにでも逃げ出したくなるくらいには怖かったのをよく覚えています」

「そう……だったんだ……」

「はい。怖くて怖くて仕方がなかった私は、ホームルーム開始時刻のギリギリを狙って教室に入ることにしました。でも、その恐怖はすぐに驚きへと変わります」

「驚き……? あっ……」

「そうです。一人の女の子が教室に入れずに震え上がっていました。紛れもなくユガミさんでした」

「……」

「当時の頃からは想像のつかない弱々しい絶望の表情。当時の頃と何ら変わっていない華奢で小さな体。私の中で膨れ上がっていたユガミさんの像が崩れ去っていきました。横を通っても気付かれることはなく、教室で待機していればあとから先生に誘導されながら入ってくる。すっかり変わり果てていました」

「…………」

「私はしばらく困惑していましたが、入学式後のあなたの様子を見て確信します。ユガミさんは心の内に抱えきれないほどの罪を飼っていると。逆に、私に対して尋常でない恐れを抱いているのだと。それが分かると、私はようやく落ち着いて物事を考えられるようになりました」

「………………」

「私は考えます。ユガミさんとどう関わっていくべきかと。同じクラスにいる以上は、関わりを避けることは到底できません。ならば何かしら手を打つ必要があります。そこで考えたのが……」

「わ、私とお友達になる……こと……?」

「です。考えられる中で最も最善な案でした。私は実行の機会を窺いながら、校内の構造把握すべく見回りをしていました。すると、偶然素行の悪い生徒方に囲まれていたので、話せる状況を作り出して提案したわけです」


 私は聞きます。


「な、何で……それが最善だと……サヌちゃんは判断したの……? 今の話だけだと……その……理由が……」


 サヌちゃんが答えました。


「たしかに、普通に考れば最善ではありませんね。自棄を起こしているようにしか見えないでしょう。私が最善だと判断した理由は中学校時代にあります」

「……!」

「先ほどはあえて説明を省きましたが、実は私、中学でも今のようにもてはやされていたんですよ。優等生として、毎日のようにクラスメイトから囲まれる日々。一日たりとも、私は愛想の良さを忘れたりはしませんでした」

「そ、それって……」

「ええ。私は真に誰かと仲良くしたことなんてただ一度もなかった。家族に負担をかけずに生活できるようになったのに、いじめとは無縁の環境を手にしたのに、私の心は満たされなかったのです。欲の深い私は、お互い気を遣わずに接せられる友達をずっと求めていました」

「……」

「だからあなたに提案を持ちかけた。今のユガミさんなら、逆に私の心を満たしてくれる唯一の人物になり得るのではないか。そう考えて……」

「…………」


 私はサヌちゃんから真意を聞いて、何も言わずに俯きます。

 まさか、本当にただ心の底から私とお友達になりたいと思っていただけだなんて……。

 利害の一致というのは名目で、実際には何か別の意図があるのではないかと私は勘繰り続けていました。でも、実際には裏など存在しなかったのです。

 お互いに絵を見せ合ったときの空気感こそがサヌちゃんの理想であり、あのときのサヌちゃんの表情こそがサヌちゃんの真の姿だったのです。

 私がそんな事実に驚愕していると、


「話は以上です。最後まで聞いてくださりありがとうございました」


 サヌちゃんは話を終えて、そう言いました。

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