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20話「因縁の地」

 部屋を出て家を出て。私達は住宅街を歩きます。

 私はサヌちゃんの横に並びながら、サヌちゃんの顔を見上げます。


(今サヌちゃんは何を考えているんだろう……)


 これから話す内容のことでしょうか。これまでの出来事のことでしょうか。それとも私のこと……?

 何にせよ分からないことだらけです。サヌちゃんの言う積もる話とやらを聞けば、何もかも分かるのでしょうか。

 それがお友達としての仲をより深められるようなきっかけになることを私は強く願います。


 道中、会話することはほとんどありませんでした。

 まったりしていた時間でずっと雑談していたのもあって、会話のネタがすでに尽きていたのです。

 積もる話は確実に空気の重くなる話だと思うので、緊張感を保つという意味ではそれでも良いのですが、やっぱり怖いです。

 ドキドキでたまに一歩を踏み出すのを躊躇するようになりましたが、怖気付きながらも前に進みました。

 歩き始めて十数分。家からそう遠くない場所にそれはありました。


「え……?」


 門。その中に見える校舎や運動場。

 見覚えがあるどころか、深く脳に刻まれてすらいるよく知っている場所。

 すべての事の発端である因縁の地。小学校でした。

 私は校舎を見上げて、それから微笑むサヌちゃんのほうへと問いかけるように首を向けました。

 サヌちゃんが答えます。


「ええ、ここであっていますよ。行き先はチーネ小学校。私達の母校です」

「な、ななっ……何で……?」

「積もる話は因縁の場所で、です。ここで話したほうがいいと私は判断しました」

「そ……んな……」


 その瞬間、私の脳裏に過ります。

 犯した罪の全貌と、それを吐露することで多方向から言葉の刃を向けられた記憶の数々が。


(ひっ……)


 今のこの私を形成するに至った始まりの場所。トラウマが蘇って、私は思わず爪を頬に突き立ててしまいます。

 そのまま掻きむしれば肌が傷付くのは間違いありません。それでもしてしまいたいくらいに私は気が動転していました。

 それでも踏みとどまったのは、後に続くサヌちゃんの一言があったからでした。

 サヌちゃんは、


「えっと……ユガミさんにとって辛い場所なのはよく分かります……。でも私にとっても辛い場所ではあるので、今回だけは我慢していただけませんか……?」


 申し訳なさそうな引きつった笑顔で私に言いました。


「あっ……」


 その一言で私は再度自覚します。本当に辛いのは私ではなくサヌちゃんなのだと。

 再会してからのサヌちゃんは、どこにも抜け目がなくて完璧な姿しか見せてくれませんでした。

 ですがそれは表向きの姿でしかありません。実際には人並み以上の葛藤を抱いて、様々な壁を乗り越えて今に至るのでしょう。

 裏の姿。言ってしまえば、本当のサヌちゃんが垣間見えて、私は突き立てた爪を肌から離します。

 私は俯きながら返しました。


「ごめん……なさい……。考えが……足りてなかった……」

「いえ、こちらこそ……。大丈夫そうですか……?」

「大丈夫……。私は大丈夫だよ……」


 私はぎこちない笑顔をつくりました。

 配慮に欠けた分不相応な対応を改めて、今目の前にあるものから目を背けずに向き合おうとします。

 そうでした。いじめた側である私の苦しみなんて自業自得でしかないんです。そんな簡単なことにすら気が付けない愚鈍な自分が許せません。

 やっぱり私は加害者のままでした。結局は自分がかわいくて、被害者のことを第一に考えられていませんでした。

 私は反省して、感じている恐怖を罰としてありのまま受け入れます。

 受け入れて、サヌちゃんを見ました。


「それでは中に入りましょうか」


 私が返します。


「な、中って入っても……?」

「はい、事前に電話で許可は取ってありますから。当時の先生方も何人かは残っていますし、問題なく入れます」

「お、おぉ……」

「では行きましょう」


 サヌちゃんはそう言ってインターホンを鳴らすと、応答してきた先生と軽く会話をして、あっさりと門をくぐることを許されました。


「ではアレをお願いしますね」

「うん、分かった。伝えておくからね」

「……?」


 最後に言っていたそのやり取りはよく分かりませんでしたが、何はともあれこれで通ることができます。

 私達は小学校の敷地内に足を踏み入れました。


「…………」


 しかし問題が一つ。冷や汗が止まりません。

 いくら理屈で感情を抑えようとしてもさすがに限界があるみたいで、人生最大の汚点を目の前に心が耐え切れませんでした。


(怖い……怖い……怖い怖い怖い怖いっ……!)


 目がぐるぐる回ります。呼吸に乱れが生じます。罪悪に身を包まれて、心の内を業火で隅々まで焼かれるような地獄が私の中で起きていました。

 今すぐその場でうずくまりたいほどの最悪な気分を味わっていると、


「……!」


 サヌちゃんが私の手を強く握って言いました。


「前に進めそうですか……?」


 心配の表情で私を見つめます。

 私はサヌちゃんの手の温もりを直に感じます。

 自身の手が覆われて、乱れた心が急激に鎮まっていくのが分かりました。

 ただ手をつないだだけなのに、湯船に浸かるような、まるで全身が温もりに包まれる感覚に陥りました。

 心拍が正常に戻っていきます。リラックスして、少しずつ落ち着いてきた私は返しました。


「ありがとう……。今なら……いけるかも……」

「そうですか。ではこのまま行きましょう」


 私達は手をつないだまま、歩み始めました。


 まず私達は、運動場に向かいました。

 鉄棒や滑り台の付いたジャングルジム。うんていに登り棒など、種類に富んだ遊具の数々が昔と変わらず設置されていました。

 当然運動場には誰もおらず、寂しい景色がただ広がっています。

 サヌちゃんが呟きます。


「少し狭く感じますね。あの頃は果てしなく広く感じられたはずなのですが……。成長というやつでしょうか」

「……」


 私には何も分かりませんでした。

 昔と変わらない運動場がそこにあるだけです。

 おそらく、私が小学生と間違われるほどの貧相な体をしているからでしょう。

 成長を遂げたサヌちゃんと違って、私はあの頃と大して変わっていません。

 まさか、こんな形で低身長が災いするとは思いませんでした。

 私も成長を感じて何か耽りたいです。できませんが。


 次に校舎の外観や中庭を見て回りながら、職員室を目指して中に入ります。


(……)


 校舎の中もあの頃のままでした。

 学校の設備がそうそう変わることはないので、小学生の頃に戻ったような感覚になります。辛いです。

 靴から来客用のスリッパに履き替えて、すぐ近くにある職員室まで行きました。

 職員室の目の前まで来てサヌちゃんは、


「では入りますね」

「え……?」


 そう言って私の手を離して、扉を三度ノックし始めました。

 それから引き戸に手をかけて、扉を開けようとします。

 手が離れた瞬間、私はどす黒いモヤに体全体を包まれるような尋常でない恐怖を感じました。

 反射的に私はサヌちゃんに抱き付きます。お腹周りをがばっと両手で囲んで、サヌちゃんの背中に隠れながら顔を埋めました。


「えっ……ちょっ……!」


 サヌちゃんは突然飛びついてきた私に驚きます。

 ですが、驚く頃には扉にかけた手が動いていて、そのまま扉は開いてしまいました。


「仲良いね、卒業生かい?」

「あ、はい……。遊びに来ました……」

「あ……あぁ……」


 結果、当時いなかった先生を含めて、大勢の先生方に痴態を晒す羽目になってしまいます。

 私はやらかしたことを悟って、サヌちゃんの背中にぴったりと張り付きながら、隠れ続けました。

 サヌちゃんが鍵を借りに先生と話をしている間、ずっとそうしていました。

 無事に鍵が手に入ったので、私達は事件当時の教室のある本校舎へと向かいました。


当時の教室は二階にありました。

 扉を開けて下駄箱や廊下を通って階段を上がれば、三年生の教室があります。

 私達は手をつなぎながら、何も喋らずに歩きます。スリッパが少々地面に擦れる音が、規則性もなくひたすらに響き続けました。

 階段を上って。角を曲がって。少し歩くと教室が見えてきました。


「……っ」


 私は自然と顔がこわばって、手を握る力を強めてしまいます。

 ですが、本当に辛いのは横にいるサヌちゃんです。私は必死に堪えて歩き続けます。

 ようやく教室の目の前まで来て、サヌちゃんが教室の鍵を開けました。

 小さく鳴る解錠音。私がごくりと唾を飲むと、サヌちゃんは古い扉をガラガラと開けます。


「失礼します……」


 サヌちゃんが先に足を踏み入れました。

 私も後を追うように教室へと足を踏み入れます。

 教室の中には、少し小さな椅子と机が一方向に向かってずらりと並んでいました。

 前には教卓が置かれていて、黒板には月曜日の日付と日直の当番の子の名前が書かれています。

 サヌちゃんは適当に真ん中の辺りにある椅子に座って、私にも座るように手振りで示唆してきます。

 私はサヌちゃんの隣の席に座って、椅子をお互いの方向に向けました。

 サヌちゃんが口を開きました。


「ではいくつか話を始めましょうか。積もる話ですので、少し空気が重たくなってしまいますが……」


 私は返事の上、問いかけます。


「う、うん……。その話っていうのは……?」


 わざわざこの場所を選んだ時点で、いじめに関する話であるというのは明白です。

 それを知りつつも私は問います。サヌちゃんが答えました。


「私が不登校になってからユガミさんと再会するに至るまで。それと、なぜ私が自身をいじめた相手と仲良くなろうとしたのかについてです」

「……!」


 それは真意(すべて)でした。

 私の知りたかった謎であり、おそらくこのお泊まり会を始めるに至った目的。この関係の核となる最重要な話でした。

 私が驚きの表情を隠せずにいると、


「早速始めましょうか。少し長くなりますが、お聞きください」


 サヌちゃんが話を始めました。

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