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2話「腐れ外道・その2」

 この件を境に、サヌちゃんはクラスメイトから避けられるようになりました。

 噂が広がってしまってからは、クラスメイトだけでなく学年中、果ては学校中の子達から避けられるようになりました。

 サヌちゃんは苦難の生活を余儀なくされることになりました。

 困っても誰にも助けてもらえない。自発的に行動を起こしても、誰も協力してくれない。

 グループワークで強制的にサヌちゃんと組むことになった子は、みんなサヌちゃんと目を合わせずに仕方なくそのときだけ行動を共にして、作業が終わったらすぐに解散。

 サヌちゃんは孤独でした。一方の私はというと……


「あははっ。それでねー、お姉ちゃんが私に美味しいお菓子を作ってくれてねー!」

「え、何のお菓子?」

「ミルフィーユ!」

「いいなー!」


 クラスメイトとの談笑を楽しんで、学生生活を謳歌していました。

 クラスメイトを追い詰めた自覚も持たずに、のうのうと笑って過ごしていました。

 それだけなら()()良かったのです。ですが、私は過去にクラスメイトをいじめるという罪を犯してしまったと言いました。

 つまり、私はその後もサヌちゃんに追い打ちをかけるような真似をしていたのです。

 私は会話が一段落すると、思いつきで椅子に座って俯くサヌちゃんへと近付きます。


「ねえ、サヌちゃん……」

「……っ!」

「また私のこと睨んでたよね? やめてくれないかな?」

「え……いやっ……その……」


 今度は意図的に嘘をつきました。

 明らかに悪意のこもった行動。いじめの第一歩でした。

 私は難癖をつけますが、今のサヌちゃんにはそれを否定することができません。

 周りからの信用がすでに地の底まで落ちているからです。このときの私は、それを自覚した上でサヌちゃんに難癖をつけに行きました。

 クラスメイトは、


「え、また? やっぱり清水香さんって性格終わってるよねー」

「いい加減にしなよ。間違ってるのはあんたで、本当に正しいのは焔さん。認められないとかダサいよ?」

「……っ」


 もはやサヌちゃんに聞く耳など持っていませんでした。

 クラスメイトから見たサヌちゃんは、絶対に間違ったことしか言わない子だからです。

 一方の私は、ことサヌちゃんに関してならば、決して間違ったことは言わないだろうという信用がありました。

 無条件で信用されるくらいには、あの出来事は大きいものだったのです。

 サヌちゃんにはもはや反論する気などなく、


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 俯いたまま、壊れた機械人形のように、何度も同じ言葉を繰り返していました。

 理不尽を突きつけられて、ただ蔑まれながら謝ることしかできない。屈辱以外の何物でもありません。

 私は、そんなサヌちゃんの気持ちを考えることもなく、


「謝れば何でも許されると思ってるのかな? 私、何度も何度も睨まれたりして怖い思いをしてるんだけどなー……」


 下卑た笑みを浮かべながら、サヌちゃんのもとへと近付きます。

 それからサヌちゃんの耳元で、彼女だけに聞こえるように呟きます。


「やめたら? この学校。私はあなたのことが嫌いだし、あなたもどうせ私のことが嫌いでしょ? 嫌な思いするくらいなら、はなから来なければいいだけの話じゃん。べつに誰も来てほしいなんて思ってないよ。そこらへん自覚しようね?」

「……ぅ」


 サヌちゃんはそれを聞いて、おもむろに席から立ち上がって、教室から走り去っていきました。

 私には見えました。サヌちゃんの頬を涙が伝っていることを。きっと、誰もいない場所まで行って、一人泣くことになるのでしょう。

 クラスメイトが、突然のサヌちゃんの行動に驚きながら、私に聞いてきます。


「何あれ、ユガミちゃん何か言ったの?」


 私は答えました。


「うん、『これ以上続けるなら先生に言うから』って言ったよ。そしたら顔を真っ赤にして逃げちゃった。よほど不都合だったのかな?」


 息を吐くように私は嘘をつきました。

 当然ながら、嘘をついて他人を追い詰めることに罪の自覚はありませんでした。

 何なら、このときの私には、自分自身が悪意を持っているという自覚すらありませんでした。

 自分が正しいと勘違いしているからこその愚行でした。

 クラスメイトは、


「うわ、ださ……。相変わらずだね、清水香さん」

「関わりたくないわー……」

「何であんな風になれちゃうんだろうね。まるで人間の形をした化け物みたいだ」


 口々にそう言います。

 私はこの光景に少しばかりの喜びを感じていました。

 自分を中心に物事が動いていることへの快感。自分が正しいのだと周りから認められる優越感。それらが私の慢心を増大させるに至ります。

 さて、今行った行為はあくまでいじめの第一歩。序章に過ぎません。

 その後も、いじめはどんどんエスカレートしていきました。

 たとえば、サヌちゃんとすれ違うときに、私のほうからわざとぶつかって自分から倒れたり。

 グループワークで一緒になったときには、あからさまに嫌そうな顔をしながら本人にだけ聞こえるように愚痴を溢したり。

 被害者という立場を利用した上での姑息ないじめをしました。

 誰も見ていない二人だけの状況のときでは、いるのが分かっている個室トイレのドアを不必要にドンドン叩いたり。

 もはや悪意を隠すこともなく、あからさまに手で体を突き飛ばして危害を加えたり。

 日を重ねるごとに、その内容は色濃く深刻なものに成り変わっていきました。


 さて、そんなことをすればどうなってしまうでしょうか。

 考える必要すらありません。サヌちゃんは、ある日を境に学校に来なくなりました。

 学校に行くのが嫌だと言い出して、部屋に引きこもるようになったのです。

 教室には不自然に一つだけ席が空くようになって、時々重たかったあの空気は、まるで最初からなかったかのように明るくなりました。

 クラスメイトは、


「清水香さんには悪いけど、いなくてせいせいするよね〜」

「うん、何か清々しいよ。息がしやすくなった気がする。良かったーいなくなって」


 いつも通りの反応を示しました。

 クラスメイトが不登校に陥ったにも関わらず、長期間取り組んだ課題が達成されたかのような、晴れやかな気持ちを言葉で表しました。

 クラスメイトからすれば、打倒すべき悪が教室からいなくなって、ようやく平和が訪れたからです。

 しかし、私は違いました。


「本当に消えてくれて助かったー。ね? ユガミちゃん!」

「え……。あ、うんっ……!」


 私は、ぎこちのない返事をします。


「ん、反応悪いね。どうしたの?」

「い、いやー……。まさか本当にいなくなるとは思わなくて……! ほ、ほら……サヌちゃんかなり図太かったしさ……!」

「あ、たしかに。急に消えたって感じだよねー。でもまあ、いつ襲ってくるかも分からないような奴だったし、とりあえず消えてくれて良かったね!」

「そ、そうだね……!」


 私は、サヌちゃんが不登校になったことを喜んではいませんでした。

 おかしいと思うでしょう? 私もそう思います。ですが、本当に喜べなかったのです。

 なんと私は、サヌちゃんが不登校になって初めて、罪の自覚を持ち始めました。

 なぜ私はあんなことをしてしまったのだろう。無実の罪を着せて、サヌちゃんを傷付けて笑っているなんて、あまりに愚劣が過ぎるではないか。

 そんな、非を嘆き自身を責め立てる考えばかりが、無数に頭の中に蔓延って私を苦しめます。


 罪を自覚してからは、物事に身が入らなくなりました。

 授業中も内容が頭に入ってきませんでした。食事中もお箸を持つ手が震えてとにかく食事が進みませんでした。過ちに囚われて、寝ることもままならなくなる日が増えました。

 平常心を保てる時間が、日に日に短くなっていきました。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 気が付けば、あのときのサヌちゃんと同じ言葉を繰り返すようになりました。

 周囲に誰もいないときにだけ、弱々しい声でサヌちゃんへの謝罪の言葉を述べ続けます。届くはずもないのに。いや、届くはずがないからなのでしょうか。

 薄氷のように心が脆い私は、傷付けた本人に言葉を届ける勇気もありませんでした。

 他人を傷つけて勝手に自分で反省して、謝罪もなしにのうのうと生きる。それが私という人間だったのです。

 ですが、そんな弱さを隠し通していけるほど、私はできた人間でもありませんでした。

 私の様子の変化に気が付いた先生が、ある日の放課後に私を呼び出して、私に訊ねます。


「焔さん。最近様子変だけど、何かあった?」

「……!」


 単刀直入でした。

 いきなり本題に入ってこられたので、心の準備ができていなかった私は、黙り込んでしまいます。

 先生は続けます。


「いや、気のせいだったらいいんだけど、最近焔さんが暗そうな表情ばかりしているように見えたから、先生少し心配になっちゃったの。何かある前に、ちゃんと聞かないとって思って……」

「……」


 自身の受け持つクラスの生徒が、不登校になってしまったからこその反省でした。

 これで、知らないうちに私まで不登校になってしまったら、先生は監督不足で責任を追及される事態にも発展しかねません。

 それに何よりも、子供が心を閉ざすことが、先生にとっては何よりも辛いのでしょう。

 先生は優しく私に話しかけます。


(……っ)


 私は内心苦しんでいました。

 すべて自分のせいだとは言え、クラスメイトが不登校になるほど追い詰めてしまい、罪悪感に苛まれていました。

 もしかしたら、サヌちゃんが不登校になった理由を言うかもしれません。

 そうでなくても、罪を自分の中だけに留めるのは辛くて仕方がありませんでした。

 ここで罪を全部告白してしまえば、抱えているものを吐き出せて少しは楽になれるはず。

 たくさん怒られるでしょうが、それでもこのまま一人で抱えるよりはずっといい。

 私はそう考えて、ゆっくりと重い口を開きました。


「先……生……。ごめん……なさい……」

「え……。どうしたの……?」


 私は、先生に事の流れをすべて打ち明けます。

 無実の罪をサヌちゃんに着せたこと。その後もサヌちゃんを被害者面して追い詰め続けたこと。

 ありとあらゆる罪の数々を、洗いざらい吐きました。


「なっ……」


 そこに主観は一切混じっていませんでした。客観的に事実のみを話しました。

 先生は思わず目を見開いて、一瞬間を置いたかと思うと、すぐに私を怒鳴りつけました。

 至極当然の反応でした。大切な生徒が傷付けられたのです。ましてや、傷付けたのも同じ大切な生徒。

 先生は私の犯した過ちを咎めました。濡れ衣を着せるなんて、あってはならないと。私のしたことは、非常に道徳心に欠けたものであると。私は謝罪だけでは済まされないような、誰かの人生を狂わせることをしたのだと。

 その言葉に間違いはありません。すべて本当のことなのですから。だからこそ、その言葉は私の心に深く突き刺さりました。

 一言一言が鋭利な刃となって、私の心をグサグサと刺します。あふれるのは血ではなく涙です。

 てっきり私は、こうして咎められることで抱えている罪を吐き出して軽くなれるのだろうと思っていました。しかし、そんなことはありませんでした。

 実際には、私が抱える罪がどういった内容なのかを再確認させられただけでした。

 むしろ、私がどんな過ちを犯してしまったのか。それを常識と社会を知る先生から改めて教えられることで、より一層の罪悪感が私を襲うこととなりました。


(ああ……私って、存在してはいけない人間なんだ……)


 そしてこうも思いました。私はなぜ楽になろうとしていたのだろうかと。

 誰かを傷付けた私には、苦しみこそがお似合いです。むしろ、こうして苦しむことこそが、何よりの罪滅ぼしなのです。

 そんな私が、一度でも楽になりたいだなんて、身勝手が過ぎます。私は苦しむべきであって、受け入れられるべきではありません。

 私は、先生の言葉一つ一つを頭に入れて、自分という人間がいかに非道であるかを噛み締めながら聞いていました。

 私はクズです。私はゴミです。私は救いようのない罪業女なのです。

 そうして、説教が終わって、先生は言いました。


「それじゃあ、明日の朝、みんなにも謝ろうね。嘘をついてごめんなさいって」

「はい……分かりました……。すみませんでしたっ……」

「それと、今から親御さんにも連絡するからね? 詳しい話はまた後日に三者面談という形で行わせてもらうけど……」

「はい……ごめんなさい……」


 その後、私はぐちゃぐちゃな心を持って、鉛のように重い足を、ゆっくりと動かして家へと帰りました。

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