16話「お泊まり会……?」
来た道を戻って、私はずっしりとくる重たい鞄を肩にかけながら歩きます。
(それにしても……今日かぁ……。大丈夫かなぁ……?)
土曜日。つまり、今日はサヌちゃんは遊びに来る日です。
詳細を何も話されていないのでいつ来るか、何をするかも当然私は知らないわけですが、とにかくあのサヌちゃんが家に来ます。
人前ではないので恥をかくことはないでしょうが、何が起こるのかまったく分からないので不安です。
一体どうなってしまうのでしょうか……。
(そもそも、いつ来るかも分からないし……)
お邪魔するとしか伝えられていないので、心の準備をする余裕もありません。
いつ来るのかと身構え続けることになるので、今も私の心は焦っていました。
お友達というのは大体何時頃に来るものなのでしょう。どう対応するのが正解なのでしょう。考えれば考えるほどに、不安が増大していきます。
私は、行きよりも不安な気持ちになりながら帰路に着きました。
家に着くと、鍵を使って家の扉を開いて中に入ります。
「ただいまー……」
家の中に私の声が少しだけ響いて、すぐに静寂が声を包んでしまいました。
靴を脱ごうとすると、見知らぬスニーカーが一足だけ置いてあるのが分かります。
一目見た瞬間理解しました。『ああ、サヌちゃんもう来たんだ……』と。
どうやら私がおつかいに行っている間に、すでにインターホンを鳴らして家に上がっていたようです。
話し声がすぐには聞こえていないので、二階にの自室にいるのでしょう。
私は、突然緊張で震え出した手で靴をしまい、鞄をリビングに置きに行きました。
リビングにはお母さんがいて、どうやら私を待っている様子でした。
私を見かけるなり何なり、
「おかえり。ユガミが買い物に行っている間にサヌちゃんが来たから部屋に案内しておいたわ。待っているだろうからすぐに行ってあげてね」
そう言って部屋に行くよう促してきます。
私は返事をして、すぐに部屋へと向かいました。階段を登りながら私は思います。ちゃんと話せるのだろうかと。
学校とはまた違った環境なので、サヌちゃんと話せる自信が私にはありませんでした。
何をするのか。何を話すのか。そういった考えても仕方のない心配ばかりが脳をよぎります。
でも、私が何を考えようとこれから起こる出来事に変化が生じるわけではありません。
私は首をぶんぶん横に振って、大きく息を吸って吐いて気を引き締めました。
「よし、頑張ろう……」
階段を上り切って、私はすぐ目の前にある自室の扉を開きます。
「し、失礼します……!」
自室かつ招き入れる側のくせをして、ついつい客人らしい振る舞いで入ってしまいました。
部屋の中にはお姉ちゃんとサヌちゃんがいて、談笑を楽しんでいました。
「へえー、サヌちゃんエビ嫌いなんだー」
「はい、想像するだけでえずきますね」
「だいぶだね……。まあ気持ちは分かるかも。私も豚肉の食感と味が苦手でねー……。あ、おかえりユガミ。サヌちゃん来てるよ」
「おはようございます、ユガミさん」
突然集中する二人の視線。
私は、
「し、失礼しましたー……」
「待て待て待て待て」「わお……」
場違い感を感じて扉を閉め始めました。
すぐにでも逃げたかったですが、結局止められてしまったので、私は大人しく部屋に入ります。
部屋に着くと、
「それじゃあ私はこれで。ごゆっくりどうぞー」
お姉ちゃんはそう言って、私と入れ違いで部屋を出ていきました。私とサヌちゃんだけが部屋の中に残ります。
サヌちゃんが地べたで正座していたので、私はその正面に向かい合うように同じく正座をしました。
側から見れば説教を受けているようにも見える光景の中、サヌちゃんが話しかけてきます。
「改めておはようございます。ユガミさん」
「お、おはようございます……」
「敬語が抜けていませんね。もう一度」
「お、おは……よう……」
「はい、よくできました」
「うぅ……」
やっぱり慣れません。
サヌちゃんが普段からあまりにも重々しい雰囲気を纏っているので、意識していないとすぐに敬語が出てしまいます。
何なら崇め奉りたいのが本音ですが、お友達を強制されている以上はできません。すごくもどかしい気分です。
(畏れ多すぎるよ……。ってあれ……?)
私はサヌちゃんの隣にある大きなリュックサックに目がいきました。
ただお友達の家にお邪魔するだけにしては、少し大きすぎるサイズでした。
中もそれなりに詰まっていて、入念に準備を済ませてきたのが一目で分かります。
なぜ、わざわざこんなに大きな持ち物でやって来たのでしょうか。他にも予定があるのでしょうか?
私が気にしていると、
「おや、どうかされましたか?」
私の様子の変化を察したサヌちゃんが聞いてきました。
私は答えます。
「やけに荷物が大きいなと……。それこそ、まるでお泊まり会みたいな……」
サヌちゃんが言いました。
「はい、そうですよ?」
「ん……? それはどういう……?」
「ですから、本当にお泊まり会をしに来たのですよ。この二日間。この家に。私が」
「えっ……ええぇぇ……?」
私は困惑しました。
遊びに来るだけでも心臓が持たないというのに、そんな想定をはるかに上回る出来事。お泊まり。
たしかにサヌちゃんは「お邪魔する」としか言っていないので、それがお泊まり会だったとしてもおかしくはありません。
でも、さすがにここまでお邪魔してくるとは予想できるはずがありません。
アイスクリームを一口だけ食べることを許した結果、クリームの大部分を食べられるようなものです。
私が言葉に言い表し難い衝撃を覚えていると、
「あ、ちなみに許可はしっかりと取っていますよ。あなたのお母様には事前に連絡しています。快く承諾していただけました」
サヌちゃんがそんなことを明かしました。
お母さんにはちゃんと言ってあるのに、私には詳細を明かさない。ということは……
「それってつまり……」
「はい、サプライズというやつです。驚きましたか?」
「それはもう……」
案の定、いつものやつでした。
私の反応を見たいがためのちょっとした好奇心。私は振り回されています。
それでサヌちゃんの心が満たされているのであればいいのですが、どうも本心が読めないので真意が分かりません。
こうして私を弄んでいて、サヌちゃんは楽しいと感じているのでしょうか。喜んでくれていると信じたいです。
私は話を続けます。
「ちなみに、中には何が……?」
「荷物自体は必要最低限ですよ。着替えだったり、日用品や衛生用品の諸々だったり。あとは、お泊まりの醍醐味とよく聞くので投げる用の枕やトランプを用意しました」
「ほう……。でも、投げる用の枕は必要ではないような……?」
「おや、そうですか。私もお泊まり会は初めてなので何が必要か分かっていなくて……。とりあえずこれはサンドバッグにでもしておきましょう」
「ほっ……」
もし仮に枕投げ大会なんてことになれば、一方的に私の体に枕が沈むことになります。
それだけは勘弁願いたいので、何とか食い止められて良かったです。これで夜は安心ですね。
(ってサンドバッグ?)
何か今、流れるようにサンドバッグにするという声が聞こえたような……。気のせいですよね……?
私が急な発言に戸惑っていると、サヌちゃんが話を変えてきました。
「では、お泊まり会を始めましょうか。……とは言っても、醍醐味は夜から始まるので朝のうちはとくにやることもないのですが」
「だ、だね……。何をしよう……」
「ユガミさんは普段家で何をされてますか? 趣味でも習慣でも」
「読書……だけど、誰かと同じ時間を共有するようなものではないかも……」
「ですね。あいにく私も時間を潰せるような趣味は持ち合わせておりません。……とりあえず、この家の案内をお願いしてもよろしいですか?」
「わ、分かった……」
私はこの家の案内をすることになりました。