12話「憂鬱と勇気」
次の日のことでした。
高校生活三日目にして、私はこの世の終わりみたいな顔をしながら、通学路を歩いていました。
(ああ、どうなるんだろう……)
思えば、一日目から毎日のように憂鬱な気分になりながら学校に登校している気がします。
一日目は学校に行かなければならないという絶望を感じていて、二日目はサヌちゃんに直接謝らなければならないという絶望を感じていて。
そして今日は、そのサヌちゃんとお友達としてやっていけるのかという絶望を感じています。
友達ができていることに絶望している時点でかなりおかしいですが、実際それに至るまでの過程がおかしいので仕方がありません。
私は三日連続で憂鬱な気持ちになりながら、重い荷物を持ってぜーはー息を切らしながら歩きました。
十数分後。学校にたどり着いた私は、靴を履き替えて教室の前までやって来ます。
私は扉に手をかけて開こうとしましたが、これまでにない違和感のようなものを覚えたので、一度躊躇して止まります。
その違和感とは、
「〜〜!」「〜〜〜〜」「〜〜っ!」
「……」
異様なざわつきでした。教室の中から、クラスメイトのかなり賑やかな話し声が漏れてきます。
これまでの二日間では、そんな騒がしい話し声は聞こえてきませんでした。
私は、直感的にサヌちゃんの存在を確信します。単にクラスメイト同士が仲良くなってきて、全体的に雰囲気が賑やかになったという可能性もありますが、まずサヌちゃんが原因と見て間違いはないでしょう。
私は、息を整えて精神を統一しながら、自分に言い聞かせます。
(遂行しないと……。昨日言われたことを……)
お友達になるという約束が交わされたあと、私はサヌちゃんにとあるルールを守るように言われました。
そのルールとは、周囲からちゃんと友達だと認識されるために忠実に守らなければならないものでした。
一つ目は、名前を呼ぶときは『サヌちゃん』と呼ぶこと。
二つ目は、敬語を絶対に使わないこと。
三つ目は、私はサヌちゃんと常に行動を共にすること。
主にこの三つを徹底することで、偶然再会した友達同士であることを演出することができます。
もし、苗字呼びでお互い敬語が抜けなくて、会話も必要最小限だと、当然ながら周囲からお友達と認識されることはありませんし、逆に疑われる可能性すらあります。
私は、サヌちゃんとお友達になったことを自覚して、覚悟を決めて扉を開きました。
「清水香さんの……」「そういえば清水香さん……」「清水香さんは何が……」
「……」
案の定、サヌちゃんはすでに教室にいました。
周囲には人集りができていて、もう三日目だというのに質問攻めにあっています。
サヌちゃんがあまりに人気すぎて、私は教室に入っても見向きもされていませんでした。
(ど、どうしよう……)
見向きもされない。
私としてはそちらのほうが嬉しいので良かったのですが、こと今日に至ってはそうもいきません。
なぜなら、私がサヌちゃんとお友達だという認識を、どうにかして周囲に浸透させる必要があるからです。
私は、どうやってサヌちゃんに話しかけようか。何を話そうかを必死になって考え始めます。
本当はサヌちゃんのほうから話しかけてくれるのが一番ではありますが、この状況だとそういうわけにもいきません。
他のクラスメイトを押し除けてまでして私に話しかけるとなると、どうしてもそれ相応の理由が必要になります。
でもって、その相応の理由はこの数日ではとてもではないが築き上げられない。
よって、何の注目もされていない私のほうからサヌちゃんに話しかけなければならないということになります。
私は、立ち止まるわけにもいかないので、ゆっくりと歩きながらサヌちゃんへと近付きます。
一歩、また一歩と距離を詰めながら、内容を考えます。
(ああぁぁああぁぁ……。思いつかないいぃぃ……!!!!)
しかし、そんな都合良く思いつくはずもありません。
こんなことなら、ちゃんと話しかける理由を考えてから教室に入るべきでした。
私は、ついに人集りの目の前まで来てしまいます。
(ええぃ……! もうどうにでもなれっ……!!!!)
私は、大きく息を吸って、自分にできるかぎりの声量を口から出しました。
「さ、ささサヌちゃんっ……!!!!」
「……!」「ん……?」「何……?」
賑やかな声の数々を掻き消します。
サヌちゃんどころか教室いっぱいくらいには声が届いて、クラスメイト一同が私のほうを見ました。
「ひっ……」
私は、思わず身震いしてしまいます。
絶対に避けたかった周囲からの注目。それだけで私は体が硬直して、少し泣きそうになりました。
それでも私は、
(い、言わなきゃっ……!)
力を振り絞るように答えます。
「お、おはようっ……!!!! そ、それと……あの……! 昨日はありがとうっ……! ま、また遊ぼう……ねっ……!」
咄嗟に出た嘘でした。
実際には遊んでなどいませんし、伝えたのはありがとうではなくごめんなさいです。
質問攻めによるざわつきが一気に収まって、空気が凍ります。
(うぅ……)
周囲からの視線が突き刺さるなか、人集りの中からサヌちゃんが答えました。
「あら、ユガミさん。おはようございます。私も楽しかったですよ。ぜひまた一緒に遊びましょう」
「……」
心の中で思います。あ、タメ口で話すのは私だけなんだ……と。
一方通行で何だか心苦しいですが、私がどう思おうが向こうには関係がないので気にしないことにします。
サヌちゃんの返答を聞いたクラスメイトは、一呼吸間を置いたあとに、
「え、遊ぶ……え? マジで?」
「あの臆病な子、清水香さんとつながりあったの!?」
「羨ましい……。羨ましいっ……!」
それぞれ驚きの反応を示していました。
私達の性格や存在感が真逆なのもあって、余計に驚かれていた気がします。
私は、
「そ、それじゃあ……これで……」
そう言って、勇気を振り絞って話しかけられたことに一安心して、私は自分の席に戻ろうとしました。
ですが……
「あ、そうだ。チャイムが鳴るまでまだ時間はありますし、せっかくですからここに乗りませんか?」
「……え」
あろうことか、何とサヌちゃんが私のことを引き止めてきました。
それも、両手で自身の太ももをトントンと叩いて。もしかしなくても、座りなさいという合図でした。
断りたいですが、周囲からの視線もあるのでそれはできません。
一応、せめてもの抵抗をしておくことにします。
「お、重いかもだし……やめた……ほうが……」
が、
「何を言っているんですか? いつもしていたではありませんか。恥ずかしがらなくてもいいんですよ」
うまい具合に言いくるめられてしまいました。
これでは何を言っても照れ隠しに捉えられてしまいます。
(あぁ……えぅ……)
私は観念して、萎縮しながらサヌちゃんの膝の上に乗りました。恥ずかしすぎて、顔を上げられませんでした。
その後、私はサヌちゃんと一緒にクラスメイトから質問攻めに遭うことになります。
「いつから知り合ったの?」や「昔から清水香さんってこんな感じなの?」など、主にサヌちゃん関連の質問が集中して飛び交いました。
しかし私は答えられません。どう答えればいいか分からない以前に、緊張しすぎて限界なのです。
でも、クラスメイトはそんなことはお構いなしです。知りたい欲が先行していて、私はサヌちゃんとの関係性を問われ続けました。
早く終わってほしいという気持ちを胸に、私はただひたすらと黙って耐え続けました。
大して長くない朝の時間が、今日は眠気に抗いながら受ける昼の授業のように、果てしなく長く感じました。