11話「お友達」
「ごめん……なさい……。ごめんなさいっ……」
繰り返すように、何度も何度も謝ります。
髪や服が汚れることなどまったく気にせずに、地面に伏せて謝りました。
サヌちゃんは、
「おや、どうして謝られるのですか? 私があなたを蔑んだのに」
私を見下ろして言います。
「私があなたを……傷付けたから……ですっ……」
サヌちゃんが再び問いかけてきます。
「では、どうして私に謝ろうと思ったのですか? 罪の意識というやつに耐えられなかったからでしょうか?」
「それも……あります……。でも何より……清水香さん……に……申し訳が立たなかったから……です……。過去に行った所業の数々を謝りたかった……あなたの人生を狂わせてしまったことを、直接詫びたかった……。本当に……ごめんなさぃ……!!!!」
「……」
サヌちゃんが少し黙ります。
私は、その間も心の中で何度謝り続けました。
すみません。ごめんなさい。誠に申し訳ございません。同じ意味を持つ言葉をいくつも羅列させて、脳内を謝罪の言葉で埋め尽くします。
ようやく述べられた謝罪文。サヌちゃんを目の前にして謝れるかどうか不安でしたが、ブレーキが利かなくなったおかげで何とか謝れました。
ここまでくるともはや止まれません。涙で顔を濡らして、声にならない声で同じ言葉を繰り返すのみ。
サヌちゃんが黙ったあとも、私は小さな声で謝罪をし続けました。
しばらくして、サヌちゃんが口を開きました。
「気持ちは何となく伝わりました」
「…………っ」
「でも、謝罪だけではいまいち誠意が伝わらないですかね。反省の言葉をどれだけ綴られようが、私は行動で示されないと納得ができません」
「……!」
私はその返答を聞いて、ドキッとしました。
「傲慢であることは重々承知していますが、もし本当に反省しておられるのであれば、それをいつでもいいので行動で示していただけませんか?」
「えっ……と……」
なぜなら、私には何もなかったからです。
誠意を示すにも、サヌちゃんに利益をもたらせるだけの何かがありませんでした。
そもそも、言葉に込める以外に誠意を示す術を用意していませんでした。
私は、謝ること以外に何も考えていなかったのです。
(どう……しよう……)
私は土下座の体勢のまま考えます。
私がサヌちゃんにできること。サヌちゃんに喜んでもらえること。おでこが熱くなるくらいに脳をフル回転させて思考します。
(あ……)
すると、一つの考えがよぎります。今の自分にできるたった一つの償い。
咄嗟に思いついたことを、私は声に出して提案します。
「そ、それじゃあっ……」
私は顔を上げて、胸に手を当てて、サヌちゃんを見上げながら言いました。
「私を……奴隷にするのはいかがでしょうかっ……?」
「……!」
相手が意外そうな反応を向けましたが、気にせず続けます。
「私は何もできません……。きっと清水香さんに迷惑をかけることしかできない……。そんな私ができることなど限られています……。ですので、私を奴隷にしてください……!」
サヌちゃんが返します。
「えっと……具体的には?」
私はすべて答えます。
「私があなたにしたように、お好きにいじめてくださいっ……! 殴っても、蹴っても、首を絞めても……どんな暴力でも喜んで受けますっ……! 不満があったときは、愚痴でも悪口でも、何でも私に吐いてくださいっ……! 存在価値のない私は掃き溜めにもってこいです……! そ、それと役立たずですが言われたことは全部します……。どんな優先事項もすっ飛ばして、清水香さんの命令だけを忠実に守ります……! できないかもしれませんが、必ずやります……!」
「…………」
「わ、私の全部をあなたにあげますから……どうかお好きにこき使ってくださいっ……! 私ごときの身一つではまったく足りないことは理解しています……。それでもどうか……お願いしますっ……!」
半ば自棄を起こしていました。
勢いに任せて、自分の人生をすべて捧げるという突拍子のないことを口に出しました。
でも、それが本心でありすべてでした。事実、私はサヌちゃんを深く傷付けてしまっています。
未来あるサヌちゃんの人生を、無能であり何の価値もない私が一度は狂わせてしまいました。
それをたかだか謝罪程度で済ませられるはずがありません。誰でもできるような償いでは到底釣り合うはずがありません。
ならば、自身の今後の運命すらも相手に委ねるのが筋というものです。
それでもまだまだ足りませんが、私に見せられる誠意はせいぜいここまで。
少なくとも、人生を捧げるという意志は誠意として十分伝わるはずです。
私は、サヌちゃんに自分の腹を見せて、服従することを提案しました。
サヌちゃんは、
「ふむ、そうですか……」
そう呟いたあと、続けて言いました。
「とりあえず誠意は伝わりました。己を蔑んだ相手に向かって奴隷になりたいだなんて、冗談でも言えることではない。つまり、それほど焔さんは私に尽くしたい気持ちでいっぱいということです」
「……」
「ではこうしましょう。奴隷にはならなくてもいいので、私と友達になっていただけませんか?」
「ふぇ……?」
予想だにしない返答に私は間抜けな声を漏らしました。サヌちゃんは続けます。
「この数日の私を見ていればご存知だとは思うのですが、私は周りからかなりの注目を集めています。それ自体は構わないのですが、常にもてはやされているのでどこか距離を感じます」
「はぃ……」
「それに比べて焔さんはどうでしょう。同じ小学校に通っていた仲で、昔の私を知っている唯一の人物でもあります。ということは、私達は遠慮なく話し合える関係性ということになりますよね?」
「え……? いや、私は……」
「なりますよねっ?」
「は、はぃ……!」
「ですからお友達です。何か困ったときに助け合うという選択肢が生まれますし、お互い損はしません。もちろん、今のあなたに私をいじめる度胸がないことは分かっていますし、してもシメればいいだけ。意図はご理解いただけましたか?」
「分……かりました……」
奴隷になると私が提案したのに対して、友達になるという折衷案で返されたことが不思議でしたが、そこはあまり考えないようにしました。
ですが、一つだけ伝えたいことがあったので、それを口に出します。
「ひ、一つだけよろしいでしょうか……?」
「何でしょう?」
「し、清水香さんとお友達になるのが畏れ多くて、親しいふりをちゃんとできるのか不安です……。どうすればいいですか……?」
サヌちゃんは返しました。
「ふむ、一つ焔さんは勘違いをしていますね。親しいふりをするのではなく、本当に親しくなるんですよ?」
「えっ……?」
「言いましたよね? 私達は友達になると。友達のふりをして、なんて一言も言っていませんよ」
「でも、畏れ多くて遂行できるかどうか…….」
「そうですか。ですがあなたは『できないかもしれないが必ずやる』とたった今おっしゃっていました。つまりどういうことか分かりますか?」
「あ……その……えっと……」
「一度吐いた言葉には責任を持ちましょうね。焔さんはこの時をもって私と友達になりました。ね、私達友達ですよね?」
「ああぁぁ…………」
絶対にサヌちゃんのことを優先するという誠意が裏目に出てしまい、私とサヌちゃんは強制的にお友達になることになりました。
当然ながら、優先すると言った以上は遂行しなければなりません。本来であれば、話すのもおこがましいあのサヌちゃんとお友達……。
「仲良くしましょうね!」
(む、無理だぁ……)
私は、新たな絶望を突きつけられることとなりました。
何を考えているか、どんな意図をもって行動しているか分からない相手と共に過ごす学園生活。
いっそのこと、主導権を一方的に握られて心と体をボロボロにされるほうが分かりやすくてまだマシでした。
これから迎えるであろう奇妙な学園生活を、私は諦め気味になりながら案じました。