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10話「ごめんなさい」




 そんなこんなで、一時はどうなるかと思ったものの、どうにかレクリエーションを乗り切ることができました。

 二時間目以降は、レクリエーションとまではいかないですが、軽い自己紹介やトークで時間が潰れていきました。

 自己紹介を毎回行うのは辛かったですが、それさえ乗り切れればあとは何もしなくていいので良かったです。

 すべての授業を終えると、ついに放課後の時間になりました。


「疲れ……たっ……」


 まだ本格的には授業が始まっていないにも関わらず、私は机に突っ伏してしまいます。

 机に突っ伏しながら、一斉に同じ方向を向いて授業を受けると言う久しぶりの感覚に、私は懐かしさを覚えていました。


(早く慣れないと……。でも精神がすり減る……)


 家でのマンツーマンの勉強との最大の違いは、周囲にたくさん人がいるかどうかにあります。

 やはり人に囲まれている中での勉強は、家と違って余計な精神的な疲れが生じてしまいます。

 これが他人と関わるのが好きな人なら、安心感を感じたりもするのでしょう。

 ですが、私のような孤独少女(ロンリーガール)には高難易度の任務を受けるかのように、覚悟を決めて臨まなければならないのです。

 とにかく慣れです。根がこれなので精神的な疲れはなくなることはないでしょうが、慣れれば少しは楽になるはずです。


(とりあえず、頑張ろう……)


 私はこれから始まる生活に向けて、心の中でこっそりと意気込みました。


「──清水香さん一緒に帰ろー!」「途中まででもいいからさー!」


(む……?)


 机に突っ伏したままでいると、そんな声が聞こえてきました。

 視線だけ声の方角へと向けると、サヌちゃんが他の女子生徒から帰りのお誘いを受けている姿が見えます。

 サヌちゃんが返します。


「今日は予定がありまして……。申し訳ないのですが、また今度でもよろしいでしょうか?」


 女子生徒達は、


「そっか、じゃあまた一緒に帰ろ!」「時間取らせてごめんね。ばいばい!」


 そう言って元気に帰っていきました。

 教室には他にも複数の生徒がいましたが、少なくともサヌちゃんに話しかける人はいなくなりました。

 サヌちゃんは一人になると、私を見てにっこりと笑います。私がサヌちゃんを見ていたことに向こうは気が付いていたようです。

 サヌちゃんは何も言いませんでしたが、何が言いたいかはすぐに分かりました。


(今日こそ……謝ろう……)


 私は鞄を持って立ち上がります。

 サヌちゃんはそれを確認して、鞄を持ちながら先に教室を出ました。少し離れて、私もサヌちゃんのあとを追いかけます。

 廊下を歩いて靴を履き替えて、それから校舎裏へと向かいます。


「……」「……」


 私とサヌちゃんの足音が、無機質にただただ響きます。

 後ろからでは様子が窺えないので、いまサヌちゃんが何を考えているかも分かりません。

 緊張で、私の心臓がはち切れそうなほどドクドク鳴っていました。

 手で胸の辺りを押さえましたが、鼓動の音が漏れていてもおかしくはありません。

 それと時々、足が震えて止まりそうにもなりました。本能が校舎裏へと向かうことを拒否しているのかもしれません。

 それでも私は行かねばなりません。行って向き合わなければならないほどの罪を、私は犯してしまったのですから。

 私とサヌちゃんはしばらく歩いて、やがて校舎裏へとたどり着きました。


「……」「……」


 サヌちゃんが歩くのをやめて、その場に立ち止まります。

 私も、すぐに歩くのをやめて、一定の距離を保ったまま立ち止まりました。

 少しの間無言が続きましたが、すぐにサヌちゃんが私に背中を向けたまま、ゆっくりと口を開きます。


「お話はできそうですか? 昨日は何やら辛そうなご様子でしたが」


 私は返します。


「は、はい……。もう大丈夫……です……。わざわざご心配ありがとうございます……」


 サヌちゃんはその返答を聞くと、私のほうを振り返ります。

 変わらず不気味な微笑み。私は雰囲気に呑まれそうになりながらも、何とか気を保ちます。

 サヌちゃんは話を始めました。


「では改めて……。お久しぶりです、焔ユガミさん。お元気でしたか?」


 私は返します。


「はい……。元気にはしていたと思います……」

「なら良かったです。私が復帰する頃には焔さんは学校に来なくなってしまっていたので、少し心配だったんですよ」

「えっ……? 戻ってたんですか……?」

「はい、私が不登校になってからちょうど一年後くらいでしょうか。精神的に安定するようになったので、登校を再開したんですよ」

「……!」


 私はてっきり、ずっと不登校なのだと思っていました。

 私のせいでかなりの期間トラウマを引きずって、最近になってようやく心を入れ替えて前に進めるようになったのだと考えていました。

 でも、私が思っているよりも早く、サヌちゃんは精神が安定して普通の生活を歩めるようになっていたみたいです。

 早い段階で復帰できたからと言って、心に残った傷が完全に癒えているとは限らないですし、私の罪は決して消えません。

 ですが、想定していたよりもサヌちゃんは前を向けているようで、私は安心感を覚えました。

 サヌちゃんが続けます。


「けれども、教室に焔さんの姿はなかった。待てど待てども、焔さんが学校には戻ってくることはなかった。まあ、理由は想像に難くないですが……」

「……」

「やはり、いじめが発覚してしまったのが原因だったのでしょうか? それとも、罪悪感で押し潰されてしまったとか?」

「えっ……と……」


 私は答えます。嘘偽りなく、正直に。


「両方……です……。愚かな私は……し、清水香さん……を不登校に追いやって初めて……犯した罪の重さを理解しました……。罪の意識に耐えられなくなった私は、先生や家族、そしてクラスメイトの方々に罪を告白しました……」

「ほう。それで反感を買って、焔さんも不登校になったのですね」

「で、です……。ずっと家に引きこもって、家で勉強などをしていました……」

「そうですか。大体分かりました」


 サヌちゃんはそう言うと、私のほうへと一歩ずつ確実に近付いてきました。


「……ぇ?」


 私は怖くなって、思わず後ろに後ずさります。

 それでもサヌちゃんは歩むのをやめません。進行方向を巧みに変えて、私を壁際まで追いやります。


「……」


 背中と壁がくっついて逃げられなくなってしまった私は、萎縮しながらサヌちゃんを見上げます。

 すると、サヌちゃんは勢いよく壁に手を突きました。壁ドンというやつでした。

 私はサヌちゃんの想定外の行動に震え上がります。逃げることもままならずに、目を泳がせることしかできません。

 私が戸惑っていると、サヌちゃんは言いました。


「だから、あなたはこんなにも無様な姿を曝け出して帰ってきたのですね」

「……!」


 先ほどまでと違って攻撃的な言葉遣いでした。

 私が思わず目を開くと、サヌちゃんは続けます。


「ちんちくりんな体に、鬱陶しさを感じるほどの内気な性格。あの頃とは打って変わって、ずいぶんとみすぼらしい姿に変わり果てています」

「……」


 変わらず微笑んだ口から発せられるは、私怨の込められた毒の数々。

 私はチクチクと刺さる言葉を、しっかりと受け止めます。

 ズキズキと痛む心が、さらにきゅっと締め付けられる感覚を味わいました。

 サヌちゃんは、


「こんなことをされても一切抵抗できずに、情けなく震えることしかできない」


 そう言いながら、もう片方の空いた手で私の胸の辺りに手を当てます。

 すさまじく早い心音が、サヌちゃんに伝わっていきます。

 サヌちゃんは私の鼓動をその手で感じながら、微笑んで言います。


「かわいいですね、本当に。あまりに虚弱で情けない」

「……っ」


 私は少し過呼吸気味になりながら、涙を目に浮かべます。

 怖くて悲しくて、何より申し訳なくて、涙があふれ出てきました。

 次第に涙がポロポロと落ち始めて、サヌちゃんの袖や地面に涙が滲みます。

 一度涙が出ると、歯止めが利かなくなってしまいます。どんどん溢れ出てきて、次から次に流れ落ちました。

 サヌちゃんは、袖に涙が落ちることを気にしませんでした。むしろ、涙を流している私の姿を見て、ほのかに悦びを感じているように見えます。

 サヌちゃんは、私の絶望する表情を見てもなお微笑みを保ち続けます。微笑みながら、


「あら、ごめんなさい。離れますね」


 そう囁いて、数歩後ろに下がります。

 私は身動きが取れるようになりました。


「あぁぁっ……」


 私はそのまま膝をついて、手と頭を地面に擦り付けます。

 抑えていた感情が自然と体に表れたのです。恐怖、悲しみ、申し訳なさ。すべての負の感情が一つの形を紡ぎます。それは土下座でした。

 私はサヌちゃんに、体で最大限の謝罪の意を示します。心がついに耐えきれなくなってしまったからです。

 無様と言われて、情けないと言われて、それでもみすぼらしい姿を曝け出しながら、私は心の底から思い続けてきたことを口に出します。

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