1話「腐れ外道・その1」
生きててごめんなさい。本当に本当にごめんなさい。
毎日意味のないことに無駄に時間をかけて、非生産的なことばかりして一日を過ごしてしまい、誠に申し訳ございません。
私のような罪人がのうのうと暮らせているなんて、到底許されるべきことではありませんよね。
私みたいな罪人は過去と向き合い続けて、苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで、一生苦しみ続けるべきですよね。
ですよね。そうですよね。私に幸せは不似合いですよね。ごめんなさい。だから私は苦しむことにしました。
(こっ……こわい…………よぉ……)
雲一つない空。ギラギラと輝く太陽の下を、重い足取りで私は歩いていました。
私の名前は焔ユガミ。今日から晴れて高校生となった、何もできない無能な女です。
ひどくボサついた黒髪ローツインテと、小学生と間違われるレベルの小さな身長と、もう矯正のしようがないくらいひどい猫背が特徴的な根暗女です。
自虐の多い自己紹介ですが、そうでもしないと私の反省は伝わらないので仕方がありません。
というのも、私は過去にある一つの罪を犯したことがありました。
誰かの人生を大きく歪ませてしまうほどの、大きな大きな罪。いじめです。
若気の至りというやつでしょうか。べつに、若くなくてもいじめを起こす人はいるのですが……。
とにかく私は、同級生をいじめてしまったことがありました。
具体的には小学三年生の頃でしょうか。
数年が経ち、学校にもすでに慣れきっているこの時期。
私はクラスメイトである清水香サヌという女の子に、休み時間中にこんな話を持ちかけました。
「ねえ、サヌちゃん! その消しゴムのキャラクターって誰なの? 教えて!」
消しゴムには、萌えが強調されたアニメのキャラクターの絵が印刷されていました。
以前に、キャラクターの部分をわざわざ手で覆いながら隠すように使っている姿を見かけたことがあったので、つい気になって声をかけてしまったのです。
普段から物静かなサヌちゃんに対して、私はズケズケと空気も読まずに話しかけました。
すると、
「あ、いや……。何でもないっ……から……!」
サヌちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら、急いで消しゴムを隠してしまいました。
きっと、萌えキャラをクラスメイトからジロジロ見られたりするのが嫌だったのでしょう。
このくらいの年代だと、こういうのは大抵いじられるのがセオリーですから。
ですが、私は純粋な興味から聞いていました。ただキャラクターの名前が知りたいだけで、サヌちゃんを傷付けようとする意図はありませんでした。
だからこそ、私はサヌちゃんから返答を拒否されたことに、ついつい不満を覚えてしまいます。
「え、何で? 教えてくれてもいいじゃん! 何で隠すの? 意味分かんない!」
「え……あ……えっと……」
今考えても空気の読めない発言でした。
当時の私は、相手の気持ちを考えながら発言するという、コミュニケーションにおいて最も必要な能力が欠けていました。
会話は自分が中心であり、会話とは自己と自己のぶつかり合いなのだと、このときは本気で考えていました。
ですので、私は『拒否をする』という自己をぶつけてきたサヌちゃんに対して、『それでも教えてほしい』という自己をぶつけました。
私は、その後もしばらく問い詰めるように何度も何度も質問を繰り返します。
「ねえ、何で? 教えてよ。何で教えてくれないの?」
「……っ」
そして最終的に、サヌちゃんは黙り込んだままむせび泣きを始めてしまいました。
俯きながら必死に声を殺して、周りに泣き声が漏れないように努力します。
私は、突然泣き始めたサヌちゃんを見て思います。
(何で泣いてるの? 教えてくれない理由を言えばいいだけなのに……。自分勝手だな……)
救いようのないクズでした。
相手の気持ちを考えられないが故に、なぜ教えてくれなかったのかを推測することもせず、自分の基準だけで相手を決めつける。本当に最低です。
サヌちゃんの様子の変化を見て、事情を知らないクラスメイトがやって来ます。
「ど、どうしたの? サヌちゃん泣いてるけど……」
サヌちゃんは泣いているせいでまともに声を出せません。
となると、必然的に状況は私が説明することになるわけで……
「何かねー、サヌちゃんにこの消しゴムのキャラクターの名前を聞いたんだけど、返答を拒否してきた挙句に、なぜか不機嫌になって睨んできたんだよね……。最後にはこんな風になっちゃってさ……私を貶めようとしてるのかも……」
主観まみれの状況説明が行われることになります。
「え、何それひどくない……? ねえ、本当なのサヌちゃん?」
「……っ!」
サヌちゃんは、泣きながら必死に首を横に振って否定します。
しかし、私は追い打ちをかけるようにさらに反論してしまいます。
「じゃあ教えてくれれば良くない? 嫌なら嫌って言えばいいのに、それも言わなかったじゃん! サヌちゃんが睨んでこなかったら、私だってこんなに反論してないもん。被害者を装って私を加害者に仕立て上げようとするなんて、本っ当に最低だよ!」
言いがかりも甚だしいです。
一応、サヌちゃんの泣く寸前の綻んだ顔を見て、当時の私は睨まれたと勘違いをしてしまったという理由があるのですが、完全に言い訳にしかなりません。
冷静に考えればただの子供の言いがかりに過ぎないのですが、年齢が年齢だったので、それが分かるほど客観的に物事が見られる人はいませんでした。
私の感情のこもった発言のほうを、クラスメイトは完全に信じ込んでしまい、
「うわ、まじかー……」
「清水香さんってそんな人だったんだ……。正直幻滅……」
「やってることやばっ……。性根が腐ってるんだろうな……」
口々にそう言い始めてしまいました。こうなると、もう取り返しはつきません。
サヌちゃんに対する非難の声が上がり始めて、クラスは騒然とし始めます。
サヌちゃんは何も言えなくなり、そのまま黙り込んでしまいました。
周囲から陰口を叩かれることによほどのストレスを感じたのか、次第に過呼吸になりながら頭を掻きむしっていました。
ですが、そんな彼女の様子を気にすることなく、サヌちゃんをクラスメイトは蔑みます。
「はい、授業始めますよ。席に着いてくださいねー」
しばらくして、チャイムが鳴って教室に担任の先生がやって来ました。
授業の時間になってもなおざわついている教室を見て不穏さを感じ取ったのか、先生は教室を見渡して様子を確認します。
そして目に入ったのは、目を泳がせながら声を殺して泣いているサヌちゃんと、クラスメイトの冷ややかな視線です。
先生はすぐにサヌちゃんのもとへと駆けつけます。サヌちゃんの背中に手を当てながら、
「どうしたの清水香さん!? な、何があったの?」
声をかけます。
しかし、サヌちゃんは俯くばかりで何も答えません。もう答えるほどの余力がサヌちゃんの中には残されていないのでしょう。
押し寄せてくるストレスに必死に耐えて、気を保つのが精一杯のようでした。
サヌちゃんから返答がないことに先生が戸惑っていると、これまた最悪なことに私の側についてしまったクラスメイトが、私とサヌちゃんの代わりに説明を始めます。
「ああ、その子自身に非があることなんですよ。焔さんが清水香さんと仲良くなるために話しかけたら、何もしてないのに拒絶したんです。しかも鋭い目で睨みつけて……」
「そ、そうなの……? 清水香さん……」
サヌちゃんは首を軽く横に振ります。
そこで私は、声を荒げてサヌちゃんを指差しながら、先生に直接言いました。
「先生! サヌちゃんは嘘をついています! 本当に私は睨まれましたし、一時は嘘泣きまでして私を悪者に仕立て上げようとまでしました。証拠こそありませんが、クラスのみんながそれを証明できます!」
クラスメイトも、
「そうだそうだ! 俺も見たぞ!」
「清水香さんが泣いているのは、私達から咎められたことに憤りを感じているだけなんです! 決して被害を受けたから悲しくなってるわけじゃない!」
続々と私の発言に乗っかって擁護をし始めます。
この時点で、私は被害意識を内に秘めていました。クラスメイトが自身の味方になったことで調子づいて、次第に自分が正義であると信じてやまなくなってしまったのです。
私の勝手な勘違いからサヌちゃんを悪と決めつけて、被害者として正義を語る。
腐れ外道の成れの果てのような行動を、私は取ってしまいました。
私を擁護する声が四方八方から飛び交って、クラスは無法地帯と化します。
「……っ」
先生は最終的に、
「分かった、分かったから! みんな一旦静かにしてください! この話は私が取り持ちます。関係のない生徒はこれ以上口を突っ込まないように!」
生徒を静かにさせて、
「それじゃあ清水香さん。とても話しづらいと思うけど、先生と一緒に焔さんに謝ろっか……」
「……!」
サヌちゃんにそう言い聞かせました。
先生も私達の発言のほうを信用したようです。サヌちゃんはしばらく頷いたままでしたが、その言葉を聞いて絶望の表情で顔を上げます。
先生は、
「大丈夫、先生は清水香さんの味方だから……! 焔さんもきっと許してくれる……! だから謝ろ? ねっ……?」
サヌちゃんに優しく言葉をかけます。
サヌちゃんは誰一人として味方がいないことを理解して、再び涙を流しながら俯きます。
俯きながら、小さく頷きました。すべてを諦めた上での行動でした。
この件については、サヌちゃんにすべての非があるということで、話がまとまることになりました。それだけで終われば良かったのですが……。