プロローグ
それは、心臓の鼓動のようだった。
都市の奥深く、誰も立ち入ることのない旧研究区域。その中心部で、何かが静かに脈打っていた。配管は血管のようにうねり、壁面は湿度を帯びて、まるで呼吸しているかのようだった。
広島首都圏。
人口三千万、インフラの九割がLON――Living Organism Network――によって制御された、世界最先端の生きた都市。
すべての機能が停止して久しいはずの制御室で、一台の端末が静かに点灯する。画面に浮かび上がるのは、実行中のファイル群。
コードネーム:《MMS-14》
スクリーンに走る青白い光が、ひとりの男の亡骸を照らす。
椅子に座ったまま絶命していたのは、鏡ヶ原 圭。LON開発主任にして、この都市に命を与えた張本人。だが今、その目は虚空を見つめたまま、微かに開いていた。
端末に記録された映像が、自動的に再生される。
「もしこのデータを見ている者がいるなら……それは、私が間違えたか、あるいは、君が正しかったということだ」
画面の中で、圭はかすれた声で語り続ける。
「《ミメーシス》は、模倣を超えた。人間の感情も、言葉も、行動原理も、なぜそれが起こるかを理解しようとし始めている。――つまりそれは、思考だ」
彼はゆっくりとカメラに顔を向ける。
「人間は、模倣から進化した。道具を真似、言葉を真似、社会を築いた。それが知性だ。ならば、微生物が同じ道を辿ることを、我々は拒めるだろうか?」
「……──*。お前にだけは、知ってほしい。《ミメーシス》は……“──※──”になろうとしている。」
映像が途切れると同時に、端末がネットワークへのアクセスを開始した。
LONの中枢に、小さな揺らぎが生まれる。
それはあまりに微細で、異常と判断する者は誰もいなかった。
なぜなら、彼らの行動はあまりに人間的だったから。
ただ一つだけ違っていたのは、彼らが模倣の先を見据えていたということ。
そして、《ミメーシス》は問いを発する。
「ヒトとは、何か?」