ある喫茶店の風景
黒く重みのある扉を開くと、家主にその訪れを知らせるように、鐘の音が響いた。
景色を切り取るような窓が目に入ってくる。その広い窓から差し込む日の光に店内が照らされ、店内に点在する間接照明も木目調のテーブルと椅子を照らしていた。一組ごとの間が広く取られており、広さの割に収容できる人数が少ないのだなと容易に想像できた。
「お帰りなさいませ」
黒のシャツとパンツに茶色のエプロンをした黒髪の女性が一礼して私を出迎えてくれた。
「カウンターとテーブルどちらにしますか」
言われてから、改めて店内を見回すとこれもゆとりのあるカウンターが伸びていた。
「カウンターで」
と短く伝えると、笑顔で「こちらへどうぞ」と先導してくれるのであった。
「メニューはこちらになります」
と、飲みもしないであろう水と手拭き用のミニタオルと一緒に薄手のケースに入ったメニュー表を右手側に置かれる。
それに一瞥し、「珈琲」と呟くと、かしこまりましたと、女性はカウンターの中へと入り込む。
自分のために珈琲を用意してくれているという音がちょっとした優越感を生むと共に、店内の静かさを味わう。
これほど静かな空間に居るのが久しく感じる。
「失礼します、どうぞ」
珈琲を差し出され、女性に向けて軽く会釈をする。
早速、右手人差し指をカップにかけ、珈琲を口に運ぶ。慣れないブラックの味に、雰囲気で味まで変わらなかったと苦笑する。
珈琲の味を整えていると、不意に音楽が流れてくる。決して大音量ではなく耳を澄ませると聞こえてくる。
こんな店があったんだな
と、これが喫茶店を始めようと考えたきっかけ。あれから数十年、今日も沈黙と音楽、珈琲をお客様に提供している。




