八話 シェア・キオネ
人が行きかうその姿は村では想像できないものだ。
実際ボクも初めて見た時は、酷く驚いた。
ムラマエの街。
大きな町と言うわけでもないけど、ボクたちの村と比べたら都会と言ってもいい。
学園へは汽車で行ったから、此処には初めて来た。
「これから、一柱目の大精霊が住まう聖域がある場所まで行く中でそれに必要なものを揃えて行きます」
「必要なもの?」
「例えば、武器なんかもそうですね。あと仲間とか。この街もその一環です」
「それでこの街ではどこに行くの?」
「セオ。聞いて驚いてください、冒険者組合です!」
「よっ!ドンドンパフパフ!」
「そうなんだ。初めて行くな」
セインセルがもったいぶるから何かと思ったが冒険者組合か。
と言うか、フェイスはよくわからないが、何気に愉快なところがある。
今の、ドンドンパフパフも真顔でやっていた。
「え、なんか反応薄くないですか?」
「大精霊様が自力で集めた数少ないセオドル様情報ですのに」
「いや、冒険者とか衛兵とか、ちょっと前までなりたい気持ちがいっぱいあったけど、学園に行って、なんていうか現実を見たというか」
いろいろ本で知って危ないだとか知ったつもりになっていたけど、学園で生活するうちに少し成長したのか、冷静に考えられるようになったかもしない。
「大変です。セオがもうこんなに大人に」
「大精霊様は結構楽しみにしていらっしゃったのに」
「そうなの?ごめん。そう言えば昔約束したもんね。行こっか冒険者組合」
そうだ、ボクはあまり褒められたような人間ではないけど、この約束ぐらいは守らないと。
そんなことを思い、歩き出すとエインセルは口を開いた。
「それとフェイス。私を大精霊と呼ぶのはやめなさい。街で身分を自ら明かしては世話はないですから。エインセル……も、やめた方が良いでしょうね。そうですね、エインと呼んでください」
エインセルから出たのは、そんな提案であった。
大精霊とさえ呼ばなければ、エインセルという名前でもバレないはずだが、念のためということだろう。
「良いのでしょうか?」
「私のために呼んでくれないと困ります」
「で、では、え、エイ……様 (ぼそっ)」
「聞こえませんもう一回」
「エ……イン様」
「もう一度」
「エイ……ぶほっ──えへへ。最高」
「ちょっと大丈夫ですか?フェイス」
「エイン様好きです……あれ、もう一度って言ってくれないんですか?」
不思議そうにフェイスは首を傾げた。
エインセルは黙ってしまったが、きっと、驚いているんだろう、いきなりフェイスが鼻血を出したことに。
でも、それに気づかないフェイスはしばらくキョトンとしていたが、暫くするとなんだかうれしそうな顔をしていた。
ボクたちは冒険者組合の建物を目指して進んだ。
こういった建物は、やっぱり見つけやすいのか、遠くからでもわかるほどだった。
なんだか少しワクワクする。
建物の中に入ると、結構人がいるようで賑わっていた。
この人たちが、全員冒険者だと考えると少し感動する。
「では、お名前を記入してください。代筆は利用されますか?」
ボクが組合のカウンターに行くと一枚の紙を渡されてそう聞かれた。
「大丈夫です」
ボクは自分で紙に名前を記入する。
こういう時に、きっと文字の読み書きは役に立つのだろう。
ボクの場合は、学園に入ってからだったけど。
とは言え、近年は紙の生産も楽になって識字率は上がっているのに比べて、学園に行くのだからと、事前に平民でも勉強してくる人が多くあまり優位に立てたわけでもなかったが。
「はい。ありがとうございます。セオドル・キオネ様ですね」
「はい」
セオドル・キオネ。
その名前はボクがエインセルからもらった名前だ。
彼女が昔使っていた名前で、ボクも名乗らせてもらうことになった。
だから、エインセル・キオネとセオドル・キオネでおそろいだ。
ついつい頬が緩んでしまいそうになるのを我慢しながら説明を聞く。
冒険者と言うのは、大抵が依頼を受けてそれをこなす仕事だ。
その始まりは、冒険をしていた人たちが、路銀を稼ぐために人々のお願いを聞いてお金をもらったことから始まるらしい。
傭兵と違う点は、仕事の幅が広いと言うのが一番大きい要素だろうか?
「説明は以上になります。分からない点などありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「でしたら、こちらが、最低等級のランクを現すものになりますのでお忘れなく受け取ってください。昇級に関しては、先の説明の通りですのでよろしくお願いします」
「ありがとうございました」
ボクはドックタグのような冒険者証を持ってカウンターを離れる。
「セオも終わりましたか?」
「うん。二人も終わったみたいだね」
ボクが、受付を済ませるとどうやら他の二人も手続きが終わったようだった。
二人とも、首い掛けた冒険者証がなんだか似合っている。
美人な二人がつければドックタグもオシャレに見える。
「では、取りあえず外に出ましょうか」
髪の色が目立つと言う理由で、フードを被っている彼女は、出口を見てそう言うと歩き出した。
「そう言えば、これからどうするの?」
聞いてなかったなと思って聞いてみる。
冒険者登録はしたけれど、これから、それで生きていくわけじゃないだろうし。
「まあ、取りあえずの指針ですが、まずは魔物を狩りましょうか」
エインセルはボクの顔を見るとそう言った。
街を出て森に入る。
入るのは、一番に近くにある森ではなく、少し離れた場所にあるトークラマの森だ。
なぜかと言えば、街の近くの森には魔物がいることは少ないが、ここトークラマの森の出没数が一気に上がるためだ。
その理由は瘴気と言うものが関係している。
魔物と言っても元は動物のようで、魔物と呼ばれるのは大昔悪魔と呼ばれるものが放った瘴気に充てられて、突然変異した個体が交配した結果のものらしい。
だから、今も瘴気が立ち込めているとかということはない。
でも、魔物になった生き物は凶暴性がましたり、不思議な力を持っていたりと危険なモノらしい。
それに狩っても狩っても、蛆のように湧いてくるのだとか。
なんだか、その話を聞いていると、学園で聞いた外来種の話を思い出す。
何でも、海の向こうから持ち込んだ生物が、原生する生物を脅かして、生態系を壊してしまったとか。
ボクも聞いただけだから、よくわからないけど、どんどん増えたりして大変らしい。
「ここらで良いでしょうか」
「随分奥まで来たね。もうちょっと手前でも魔物はいたんじゃない?」
「確かにそうですが、私の様相を隠すのはもちろんですけど、これから行う主目的のことを考えればここまで来た方が良いでしょう」
エインセルはボクの疑問に答えてそう言う。
主目的と言うと、魔物を倒す以外にあると言う事だろうか。
「フェイス」
そんな風に考えていると、不意にエインセルがフェイスに声を掛けた。
いや、不意と思っていたのはボクだけだったのか、驚いた様子を見せることなくフェイスは返答した。
「すでに警戒はしております」
「では、魔物など来たら、教えてください」
「わかりました」
二人は、そんなやり取りをた後、エインセルだけがボクに向き直る。
どうしたことかと、思っていると彼女は口を開いた。
「では、主目的を話しましょうか。なぜ私たちが森の奥まで危険を冒してまで来たかと言えば、まず第一に魔法の検証をするためです」
「魔法の検証?」
「そうです。私は今まで聖域にあった神樹からオドを吸い上げて魔法……は、久しく使っていませんが、結解の維持などしていました。しかし、先日、私はセオと契りを交わしました。そのため、使用できる魔力量や、その他もろもろが変わったいるはずです。ですので、簡単に確かめようとここまで来たのです」
「ああ、そう言うことか。ボクの魔力量だと色々なところに制限がかかるだろうろうし、これから他の大精霊を相手取るなら、少しのミスで命を落とすこともある。それに大精霊であるエインが魔法を使うなら、人目に付いたら良くない事が起こるかもしれない」
そんな簡単なことに思い至らなかったボクは恥ずかしく思いながら、気を引き締めた。
これから、ボクたちがすることは遊びじゃない。
少しのミスが命取りになる。
「エイン様!十時方向から一体、来ます!」
「わかりました。セオ、見ててください、私の凄いところを!」
エインセルが、意気込んで構えを取る。
すると一瞬の間をおいて、茂みが揺れる。
兎だ。
恐らく、ホーンラビット。
昔、よく読んでいた本で見たことがある。
「──ユウビ・ガ・グリュプ!」
彼女が詠唱をすると、ボクから何かが抜けるような感覚がある。
きっとこれが魔力だろう。
そして、彼女の伸ばした手の平に魔力が集まっていく。
それは、一瞬のうちに風となり、刃物のような形状に代わる。
そんな、早業に驚く暇もなく、それは吸い込まれるようにして、ホーンラビットに当たった。
「ッ───!?」
ホーンラビットは意図も容易く両断されて、地面に落ちる。
両断された一瞬何をされたか分からない様な顔をしていたのが見えた。
「ふふん!どうですか?セオ。私だってやるときはやるでしょう!」
そんなホーンラビットとは裏腹に、エインセルは自分の手柄を誇るようにしてボクに言った。
「うん!凄いよエイン!ボクの友達が、学園では天才なんて言われてたけど、それを軽く超えてるよ!」
「そうでしょうそうでしょう!私は天下の大精霊様ですからね!」
「流石です、エイン様!」
本当にすごい。サイラスがガ級を使った時だって、普通より大きさとか威力とか高かったけど、エインセルは精霊の頂点に立つだけあって比べ物にならない。
「さて、討伐した魔物は部位を提出するんでしたか?」
ひと段落して、エインセルは倒した魔物を見てそう言った。
冒険者組合では、倒した魔物の証明のために、各魔物に割り振られた指定部位を持っていき提出することになっているのだ。
「受注した依頼の紙に書いてありました。確か──」
今回はホーンラビット討伐の依頼を受けてきている。
だから、依頼書にどの部位を持っていけばいいか書かれていたのをフェイスは思い出したのだろう。
でも。
「ホーンラビットは角だね。場合によっては肉や皮が対象になる場合もあるだろうけど、今回は討伐依頼だし、買い取ってはもらいるだろうけど大した額にはならないだろうね。かさばるから基本は放置、それ以外の方法と言えば、その場で焼いて食べるくらいかな」
ホーンラビットの提出部位は角と言うのは冒険者の中では常識だ。
ボクはこれでも冒険者志望だから、少しくらいならこういったことは分かる。
ボクはナイフを取り出して、角を取る。
ちなみに、エインセルを刺したナイフじゃない。
あれは結構高い奴だし。と言うか、エインセルのためだけに買ったやつだからもう使うつもりはない。
「か、カッコいいです。と言うか、うれしそうです」
「エイン様、男の子はいつまでたっても少年だといいます。きっとセオドル様もエイン様と冒険者が出来てうれしいはずです」
うーん。エインセルが魔法も使えるし、せっかくだから、焼いて食べようかな。
さばき方もそれなりに知ってるし、魔物ではないけど、実際にやってみたことはある。
あまり手間取ることもなく、下準備を終わらせる。
「魔物は、凶暴なだけで、味は普通の兎と変わらないらしいし。エイン、これ焼きたいから、火を出してもらえないかな」
「もちろんいいですよ。ガ・ローオ」
簡単に着火剤代わりのものを集めて、エインに火を出してもらう。
レベルの高い魔法師になると、ガ級での威力も高くなるけど、精密な操作も可能になると聞く。
大精霊である彼女も例にもれず、ちょうどいい大きさの火を出してくれる。
「うーん。調味料がないから、そこまでじゃないな」
「おいじいでずぅ。セオの手料理、セオの味……」
「まさに愛の結晶、素敵です」
それでも、自分たちで始めて倒したからか、おいしく感じた。
エインセルは涙を流していて、大げさだと思ってけど、喜んでくれるのはうれしかった。
フェイスは警戒を続けながらも、食べていて凄いなと思った。
巫女であると言う事以外は只の村娘なはずなのに、やはり才能と言う奴だろうか。
エインセルはしばらく魔法を使っていたのだが、流石に疲れたのかボクの隣に座った。
「終わったの?」
「ええ、大体の感覚は分かりました。それとセオが本当に凄い子なのもわかりました」
「ボクが?」
「そうです、あなたがです。神樹と比べれば、流石に比較になりませんけど、一つ言うなら、私が想定していた以上です」
「そっか、よかった。ボク、少し不安だったんだ。ただでさえボクは自分で何もできないのに、そのせいで思うようにエインが魔法を使えないのは嫌だったから」
「そんなこと私は気にしませんよ。セオと居れるだけでもうれしいのに。感謝こそしても文句なんか言いませんよ」
やっぱり、エインセルは優しいな。
そう思っていると彼女はおもむろに立ち上がった。
「では、次はお待ちかねの魔法です」
「魔法ならさっきから……」
「いえ、セオが使うんですよ。私と契約したのはそのためでしょう?」
彼女はそう言った。