六話 穢れなき人間と大精霊と剣聖と
森の最奥に湖がある。
手入れなどされていないはずのそれは透き通り、見る者が見れば、絶景と言わしめただろう。
長らく聖域を言われたその場所に、三人の、いや、二人の人間と、一柱の大精霊がいた。
「どうぞ、お召し物です」
「ありがとうございます。フェイス」
大精霊エインセルは、人間である巫女から渡された布のような服を着る。
古くから大精霊の世話をする巫女と言う役割につくフェイスと言う女だ。
歳は十六。
茶髪の少女で、エインセルと背丈はあまり変わらない。
「大精霊ってのは意外と気にしないのか?」
そして、もう一人の人間であるディラン・ブラントは声を上げる。
彼は、剣を腰に携えた恰幅の良い男だ。
しかし、フェイスは彼を睨むようにして、口を開く。
「不敬ですよ。ディラン・ブラント。世界有数の剣聖の位を持つあなたでも──」
「フェイス。私は気にしてません。それと剣聖さん、私は誠意を見せているんです。あれです、うーんと、まあ、分かるでしょう?」
「気にしてねーってことは分かったけどよー」
「何ですか?」
「あのガキが可愛そうだとおもってな」
「勝手なこと言わないでください。私よりセオにお似合いな女は居ません」
ディランの言葉に、彼女はそう言って豪語する。
だが彼は、そう言うことではないと首を振る。
「違う。そうじゃなくて、自分の女が、何処の馬の骨とも知れねー男に恥ずかしげもなく裸見せてることを知ったら嫌な思いくらいするだろ」
「はっ!?」
「はっ!?」
エインセルは確かにと反応して、遅れてフェイスも反応をする。
エインセルはともかく、フェイスも気付いてないとは。
「何だその顔は?まさかホントに気付いてなかったとは言わないよな?」
「いえ、不覚でした。フェイス、メモをしなさい」
「はい!ですが、書くものがありません!」
「何で今まで、何とかなってたかわかんねーな」
彼は、そんな二人を見て、首を傾げる。
しかし、フェイスは簡単なことだと言いたげに、こちらを見る。
「それは、大精霊様が素晴らしいお方だからです」
「いや、そいつが心配だってんだよ。まあ、それより、あのガキはどうしたんだ?」
思い出したように、ディランは聞いた。
そう言えば、この場にいないと。
「それでしたら、家に帰しました。彼も疲れているでしょうし」
「ガキのことになると、ちゃんとした対応が出来るんだな」
少し感心するが、そうでもない様な気がして、評価を改める。
「きっとガキには、完璧な年上の女にでも見えてるんだろうな」
「そうですね。そうに違いありません」
「私も同意します」
ディランの言葉に二人は同意する。
「まあ、確かに俺も今日会うまで自分が守っている聖域にいるのがこんなだとは思ってなかったしな」
ディランは食客であり、この聖域を守る門番のような仕事をしていたものだ。
結解が解けたため、初めて、この大精霊を見たのだ。
「まあ、何年も伝言役としてのアンタと話していたはずなのに、今の惨状が見抜けない俺があったこともない大精霊様の性格なんか想像できるわけないか」
「惨状とは酷いですね」
フェイスを横目で見るエインセルだが、ディランはお前もだと心の中で叫んだ。
「まあ、でも初め、「セオドル」という少年を見のがしてくれとそこの巫女に言われたときは首を傾げたもんだが、確かに納得だ」
エインセルの顔を見てディランは言う。
ここまで彼を溺愛しているとなれば納得せざる負えない。
「本当は、フェイスを通してでも、接触はしたくなかったのですが、仕方なかったのです。あそこ周辺の門番は一人とは言え世界でも強者の上澄みの上澄みである剣聖を少年がごまかせるはずがありませんから」
「まあ、そうだが。てか、アイツ、始めこそ隠れてたのに、慣れてからは隠れようともしなかったぞ」
「そう言うとこも可愛いです」
そんなことを言う、大精霊に剣聖は舌打ちをする。
「わかんねーな」
「嫉妬ですか?」
「いや、ちげーよ」
「まあ仕方ないですね」
「聞いてるか?」
「セオは、なんていうか、何であいつばっかり―と言われるタイプですからね。周りの友達とか、私みたいな可憐な女の子とはいないでしょうが、そんな子たちに優しくして、あまり関係がない子には無関心で、なんていうか無自覚に、イラつかせると言うか。それで、私みたいな美少女をある日引きつれていたら、何で俺だって頑張ってるのに、アイツなんかがって言われると言うか──」
熱弁しだす彼女を見て、なぜそこまで分かるのに、先ほどの裸を見せると言う失態を犯したのか疑問に持ったが、考えることをやめた。
「よくわからんが、セオドルって名前なだけあるな。俺の生まれと少し違ったせいで意味を知ったのは最近だが」
確か、神の贈り物とかいう意味だったような気がする。
大層な名前だと思ったが、これだけ大精霊と言う存在に愛されているのならばそれも納得だろう。
「確か、彼の両親が神官に聞いてつけたらしいですよ」
「そりゃまた、珍しいな」
「ええ。この国の神官は、あまり使いたがらないですからね。信仰の対象が神から精霊に変わったせいもあって一部の神に関連する単語は全部ではありませんが少し変えられています。変えてなお、出来るだけ使用を控えるほどです」
「ああ、だからこの国ではセオドルなのか」
ディランは自国とは少々単語が違う理由について得心がいったように頷いた。
「ええ、国民はそこまで深くそこに執着していないので今でもメジャーな名前ではあるようですが。でも、出来るだけそれを避ける神官からその名前が付けられるだけの存在であったのは確かです」
神官が付けようとはしない名前、そんな名前が付けられるほどの理由。
「ああ、魔力量か。確かに、実際大精霊と契約をして成功してるわけだしな」
わかりやすい証拠として、今の結果があるのだから、否定はできない。
「にしても、どうやってあそこまで追い詰めたんだ?アイツの聖域に入る前の形相凄かったぞ」
実際に成功した契約だが、彼女がどうやって彼にこんなことを指せたのか疑問が残った。
「簡単ですよ。ここで待ってただけです」
「待っていただけでああはならないだろう?」
「いえ、本当に彼が学園に行ってからは何もいしてませんよ」
「からは?」
「その前なら少しは。聞きたいなら教えてあげますが。……えーと、まず、この村で生まれた赤子は私に顔見せをするので、そこで一目ぼれしました。いや、直接見てないですけど。そして、少しだけ、聖域に興味が向くように術を掛けます。ちなみに自我を持つと介入できないので、物心がついて無くとも二歳くらいにはもう効かないですね。そして、彼がここに初めて来たときに私の我儘ボディーで篭絡します。いえ、するはずでしたが、彼はまだ子供で純粋すぎて、効果がなかったです。いや本当ですよ。凹凸は少ないですけど、自身があります。魅力がなかったわけではないです。年齢的な問題があっただけです。……あとは、彼に好かれるように努力しました。で、此処から何ですが、私がセオと長年過ごすと、なんていうか私の気配?匂い?的なものがつくんですよ。それで、魔力量が高いセオを国が確実に適正ありとして学園へ入学させるので、すると、彼に混ざった私の気配が、そこらの下級精霊を怯えさせて、魔法が使えなくなる。他の生徒はそれを見て不審に思うはずです。精霊の誓いがあるので、暴力はないでしょうが、精霊に嫌われていると判断されて、いじめぐらいは起きるでしょう。そして、学園でなら、大精霊との契約法くらい教えるので、あとは、結解を解いて待つだけです」
力説を聞いて、ディランはドン引く。
彼は知らないが、こんなことをしておいて、彼女が少年に向かって、悪人だのなんだの言っていたのを聞いたのならもっと目の前の大精霊を疑っただろう。
「アイツを同情するぜ。つまり、好きな成人前の男にマーキングして、病んでるところに付け行ったわけだ」
「言い方が悪いですよ」
言い方も何も、そのまんまだろうと彼は思う。
「それと、話聞いてて気になったんだが、大精霊の契約法なんて教えて良いのか?」
素朴な疑問。
「この国にそんな方法を知っても、実行する人などいるわけないでしょう。この非国民が」
「確かに、俺はこの国出身じゃないが、あたり強くないか?」
フェイスの毒舌に彼はうろたえる。
声こそ荒げてないが、今までの、様子とは少し違う。
純粋な疑問と彼方もわかってか、軽口を言うような言い方だが、剣士である彼には、その背後の感情がわかってしまう。
「フェイス、ダメですよ。あと、その言い方だとセオがおかしいみたいじゃないですか」
彼女は巫女をなだめてそういう。
「ですが、その疑問に答えるならば、まず、この国の国民にとって、大精霊と言うのは神にも等しいと言う事。だから、そんなことするはずもない。次に、結解に大人は入れない。そして、三つ目の理由は、単純に、剣聖の貴方であっても、大精霊には手も足も出ないから」
「確かに、オドを吸い上げられない状態でそれなら、絶対に届かないな。と言うか、国民にとって神に等しいってことは大精霊としては違うのか?」
「たくさん聞いてきますね。私惚れられても、セオがいるので無理ですよ。ただ、私は神と言われるような存在について詳しいわけでもないですが、少なくとも神と言う存在と大精霊は同一のモノではありません。神は信仰の対象で精霊は自然、法則とでもいいましょうか。とは言え、同一視してくれているおかげで、この国の神官などは私たちに便宜を図ってくれるのですが」
本当に助かっていますと彼女は言った。
「それでは今後のことですが、私たちはセオと一緒に行くので、此処を離れますが」
「わかってるよ。聖域の結解がなくなったのを隠すんだろ?もう、手配は済ませてある。代わりのやつを見つけてある」
大精霊がいなくなった。
と言うのも、バレたらまずいが、そんなことより、セオドルが国に追われることになる方が良くない。
「あら。貴方は、引き続き仕事をしてくれないのですか?」
「するわけないだろ。ホントは隠居するまでは給料高いから稼ごうかとも思っていたが、もしバレてその時俺が任についてみろ。確実にこうだ」
彼は、首を切るジェスチャーをする。
職をなくすのではない。文字通り首を切られ殺されるのだ。
と言うか、それで済めば、御の字だろう。
多分、拷問の類や、死んだ方がマシと思えるくらいのことはされるだろう。あるいは死んだ後も。
「まあ、とは言え。アレのこともあるだろうし。お前ら三人の中で一番生活能力があるのは、あのガキだから。まあ、暫くはロプトの辺りにいるから、困ったら頼ってくれや。俺はこの国の者じゃないが、大精霊様の頼みとあらば聞いてやる」
「それは、ありがとうございます」
彼女はお礼を言った。
「では早速──」
そして、図々しくも、とある提案を始めた。
久しぶりに、家に帰った。
そうは言っても、数か月。
だけど、家族は数年ぶりの再会みたいに、僕を歓迎してくれた。
「お帰りなさい。セオ」
「ただいま」
母さんが出迎えてくれる。
後ろから、兄さん二人も出てきて声をかけてくれる。
「お帰り。セオ。学園はどうだ?」
「うん。友人が出来たよ。貴族なんだけど、ボクと仲良くしてくれるんだ」
奥で座っていた父さんに、サイラスのことを話す。
「そうか。よかった」
「お父さんずっと心配していたのよ」
そんな父さんに母さんがばらすようにして言う。
「おい。言わなくても良いだろう。それに母さんだっていつも心配だと言っていたじゃないか」
父さんも言い返すように言う。
「セオ。二人は気にせずに、食事の準備しようぜ。今日は人手があるから、ありがてー」
「お前も食器は運ぶんだよ。セオ、このスープテーブルに持ってってくれ」
「うん」
ボクは器を受け取って、テーブルに並べた。
暫くすると、皆が食卓に着いて、話をしながら食べた。
久しぶりの、家での食事はとても美味しかった。
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