四十三話 お披露目
七賢者、ルーシー・フォーブ。
彼女が自己紹介をして少し、話もそこそこに実習が始まった。
「では、これから、一人づつ魔法を使ってもらいます。魔法は、ガ級、それも拡張詞なしの赤魔法に限らせてもらいますので、他の魔法を使った場合は、評価されないので、そこ留意意してください」
そんな言葉を学園の生徒の一人である、 ローガン・エイダンはそんな声を聞いて拳を握った。
七賢人、ルーシー・フォーブ。
彼女の、前で魔法を使えるものなど、この国では一握り、そんな光栄を自分が手にしていると確信していたからだ。
別に、彼が野心を持っているとか、成績上位者で力を見せつけたい、と言った話ではない。
それどころか、彼は貴族ではなく平民。
街出身の彼は、才を見抜かれてここにいるものの、学園の成績は中の下程度だった。
それでも、ここで本気を出さない。
などと言った選択肢はない。
取り立ててもらおうなどどいう下心などないローガンですら、そう思うほどの人物であった。
「ローガン。頑張ろうな」
不意にそんな声が聞こえて、その方を向いた。
そこにいたのは、ローガンの友人であるアイザック・アーロだった。
彼は、ローガンと違って成績優秀者だった。
あの天才、サイラス・クライヴには劣るものの、他の一切には追い付かせないほどの。
そんな彼と、ローガンなんかが、話すようになったのは、何処か気が合ったからだろう。
性格も、趣味も点で違う彼らだが、何故だか、一番仲が良かった。
「そうだな。とは言っても、お前と比べりゃ、俺は大したことはないが」
「そう言うなって。魔力の効率運用はお前の方が上手い」
謙遜、というより、自虐。
そんな、ローガンに対して、アイザックは褒めるようにそう言った。
アイザックは、こういうことをはっきりと言う。
それに少し照れくさくなったローガンは、少し長くなった自分の黒髪をいじった。
「それよりも、お前の番だぞ」
ローガンは、否定せずにそう言った。
それを、ローガンが一番わかっていたからではない。
実際のところ、どれだけ魔力効率が良くても、ローガンの打てる魔法量は、アイザックには勝てない。
そんな、事実をどこか認めたくなくてそう言った。
何だか、自分は小さいな、などと感じながらも、ローガンは返事をして走っていったアイザックを見た。
彼は、指定の位置に着くと杖を出した。
そうすれば、空中に舞う微精霊が、キラキラと輝きだして、続いて彼の肩にはトカゲのような小精霊が現れる。
火の精霊だ。
そうして紡ぐ。
「ガ・ローオ」
指定されたように、赤魔法、それもガ級だ。
ただ、アイザックは、サイラスに続く成績優秀者、単純な魔法であっても、他とは一線を画す。
平均的な「ローオ」は、二学期の今の時期であれば、五セリオほど。
教諭は一学期の始め皆の前で見せたのは、目安としての三セリオのローオであったが、その段階はとっくに超えている。
すでに、平均的な生徒、いや、一学期時点でのセオドル・キオネを除くすべての生徒が、それ以上の結果を得ている。
故に、アイザックほどの力があれば、それを超えるのは当然であった。
精霊によってそれは、火球へとなる。
その大きさは、十セリオにも及んだ。
休暇前の彼の記録は、確か八セリオだと記憶していたローガンも驚いた。
たった、一セリオ伸ばすにしても、それに必要な努力は計り知れない。
そう言ったことを、考慮して今回の結果を見れば、驚くのも仕方のないことではあった。
普段、あまり人を褒めないローガンが思わず戻って来たアイザックに声をかけるくらいには。
「凄いな、アイザック!」
「ありがとう、ローガン。お前にそう言ってもらえると嬉しいよ」
そんな会話をして少し、ローガンはボーと魔法を発動する生徒たちを見ていた。
正直パッとしない。
そんな感想を抱くほどに、アイザックがすごかった。
だが、それでも、注目せざるを得ない生徒が出て来た。
着々と進み、この学年一の天才、サイラス・クライヴが前に出て来たからだ。
皆が彼に注目しているのが分かった。
七賢者、ルーシー・フォーブまでもが姿勢を正したように見えた。
「ガ・ローオ」
単純な赤魔法。
先ほどから飽きるほど見たそれ。
だが、明らかに違う。
魔法として成立する前に。
精霊に干渉する前に。
前提として、何かが違った。
そして、顕現した火球は、十八センチ。
これは、七賢者には届かなくても、その他の一流と呼ばれる域に達していると言っていいほど。
学生のレベルを大きく逸脱した力だ。
唾をのむ声が聞こえる。
そして、一瞬静かになった静粛を、本人は何でもなさそうな顔をして破った。
「まあまあ、かな」
まあまあ。
彼にとっては、この程度のことは大したことにはならない。
それは、彼がどれほどの力を持っているのか。
そして、何よりも、何処まで見据えているのか。
そんなことを、一堂に考えさせた。
ローガンは、そんな光景に動けなくなっていた。
そんな時、横から、聞きなれた声が聞こえた。
「ローガン。やっぱ凄いな、アイツ」
憧れの感情を含んでいるように見えた。
だが、次に続けた言葉には、それがなかった。
「俺。絶対に追いつく。そして、追い越す」
目標ではあるのだろう。
だが、そこで終わりではない。
その先までも、アイザックは見ていた。
ローガンは、こいつも大概天才だと思った。
程なくして、ローガンの番になる。
サイラスが出て来た時の様に誰かが注目するわけでもない。
彼は、他の有象無象と変わらないのだ。
ただ、ローガンだって出来ることはする。
今回は、魔法戦闘などと言ったものではない。
で、あれば、どんなに丁寧に魔法を発動しようととがめられることはない。
アイザックの言ったように彼は魔力の効率的な運用に才がある。
それを、自身で最大限に生かすのだ。
ありったけの魔力を余すことなく火球へと変える。
「ガ・ローオ」
そして、完成するのは平均よりも大きい七セリオの火球。
それだけしても、天才たちには追い付かないが、それでも、中の上くらいにはなっただろう。
自分でも、上手くいったと自負してアイザックの横に戻った。
ただ、少しして、ひそひそと話す声や笑い声が聞こえてきて首を傾げる。
自分が何かしたのだろうか。
一瞬、そう思ったが、要因は他にあると気付づいた。
ローガンは、その要因である、学園に入学しながら、魔法が使えないと言うセオドルと言う生徒を見た。
ローガンも面識はないが、彼のことは知っている。
平民でありながら、ローガンと同じく学園へ通うことが許された人間。
その筈なのに、精霊に嫌われ、魔法の行使すら行えないもの。
そして、それ故か、男であるはずなのに、女のような顔の造形の弱そうな印象からか、嫌がらせを受けていたことを知っている。
とは言え、ローガンにとっては、本当に知っているだけだった。
別に加担したわけでもないし、傍観したわけでもなかった。
精霊の誓いがある限り、表立ってのそう言った行動は許されない。
それ故に、当事者でなければ、その現場に居合わせることなど出来ないために、ローガンは特に関係することもなかった。
ただ、皆と同様に、セオドルに対して何も出来ないだろうと考えていた。
一学期を丸々使っても、魔法が使えないのだ。
それなら、長期休暇明けで使えるようになっているとは思えない。
万が一使えるようになっていたとしても、到底他の生徒に追いつけるとは思っていなかった。
だから。
「ガ・ローオ」
淡々と唱えた彼が、十五セリオもある火球を生み出すとは到底思えなかった。
その瞬間、ローガンは、目を見開き、ケラケラと影で笑っていたものは口をポカンと開けた。
ただ、そんな中、サイラス・クライヴだけは、満面の笑みでセオドルに近づいていた。
「やったな!セオドル!」
「うん!」
ただ、それでも、未だ皆が復帰するまでには時間が必要だった。




