四十二話 繋がる
講義が終わり、次は実習。
ウキウキと言った様子を抑えきれないサイラスと共にボクは廊下を歩いていた。
一学期であれば、酷く苦痛だったかもしれない。
ただ、今のボクも、少なからず楽しみにしている部分があった。
「次は、やっと実習だぜ。一学期も思ったけど、もっと早く始めさせてほしいよな」
「まあ、仕方ないよ。生徒の意識を変えるっていう側面もあるし」
長期休暇明け。
そうともなれば、皆が気を抜いてしまうこともあるだろう。
浮ついた気持ちでやっては、事故が起きかねない。
貴族でさえ、魔法は抜き身の刃物同然と考え、学園に通うまで教えないほどだ。
その学園であるのならば、生徒が気を抜かないように復讐をさせて、注意事項を今一度確認するのも当然だろう。
ただ、サイラスは、その意向に文句を付けたいわけではない。
「わかってるんだけどさ」と言う彼は、きっとただ単に魔法を早く使いたい一心なのだろう。
ただ、彼のそんな願いは儚く散った。
今回は、実習の前に、話があると教諭は皆を集めた。
皆が、話に耳を傾ける中、サイラスは落ち着かない様子だったが、教諭のある一言で聞く姿勢を改めた。
「二学期から、学園は本格的に魔法戦の教育を始めることになる。それで、今回から七賢者ルーシー・フォーブ様をお招きした」
七賢者、ボクが見たことがあるのは、ソフィ・ウィロウだけだけど、七剣聖のディランさんと同格の人物たち。
そんな人が来たとあっては、サイラスと言えども、無視はできなかった。
無論ボクも、背筋を伸ばした。
ディランさんには、お世話になったけれど、かといって他の剣聖、あるいは賢者である彼らを前にして身構えない、なんてことは出来ない。
「初めまして、七賢者、ルーシー・フォーブです」
綺麗な透き通るような声で、挨拶をして、前に出てきたのは、長い黒髪を伸ばした女性だった。
そして、彼女からは強者特有の圧を感じた。
少しの間であったけれど、ボクにもディランさんたちと旅をしたせいか、少しわかるようになってきた。
そして、そんな彼女の陰から、見慣れた顔を見た。
「それと、彼女らには、私の補佐をしてもらいますので」
そう言って、一歩前に出て、フードを被った少女と、茶髪の少女は一礼した。
名乗ったわけではない。
だが、ボクが二人の名前を分からないはずもなかった。
エインセルとフェイス。
ボクが出発前、聖域で別れた彼女たちが、そこにいた。
確かに、ボクは彼女がいなければ魔法が使えない。
だから、エインセルとフェイスは何とか学園に来れるようにと言っていたが、まさか、七賢者と一緒に来るとはボクには想像もつかなかった。
そんなボクの横で、やっと我を取り戻したのか、サイラスが口を開いた。
「なあ、セオドル。やばくないか、滅多に見ないレベルの美人がこんなに……」
ボクは、思わず苦笑するが、それでも否定しようとは思わなかった。
彼が言ったのは、事実だったし、フェイスは美人さんだ。
フードを被っているが、それは紛れもな事実だった。
あまり、他の人に見られたくはないけど、少し自慢したい気分にかられ、それを何とか押しとどめた。
ただ、やっぱり、みんな綺麗なのだろう。
サイラスだけではなく、他の生徒も呆けたり、友人と盛り上がったりしていた。
親霊王国ノーンドにおける学園は、国家プロジェクトと言うだけあって、世界有数の実力者である七賢者を授業に招く。
それは、毎年恒例であり、一年次で言えば、二学期の魔法戦の授業において講師として呼ぶことになる。
では、その選出はどうなるのか。
七剣聖、七賢者はその性質上、簡単な運用は出来ない。
そもそも、一人で何百人と言う戦力を賄うことが可能な、この十四名はそれ相応の任務に就いており、そう簡単に穴をあけることは出来ない。
過去、ルイス・エーベル、ソフィ・ウィロウは、ラートの街で短期とは言え滞在をしていたが、そもそも、それは月、年単位で組み込まれるようなものなのだ。
ディラン・ブラントは、聖域の守護をしていたが、大精霊を守護するための仕事であり、そもそも、簡単に動けるようなものではないのだ。
だから、そんなスケジュールの中で、学園の講師をしたいだのと言う人物は少ない。
基本的に、挙手性であり、そこに上がる手は少ない。
一人、仕方なく、なのだろうか。
毎回のように手を上げる者はいたが、それ以上は、少ない休暇を態々返上してまで、そんなことをしたがるものは居なかった。
だが、今回、ルーシー・フォーブは、自分から志願して、講師をすることになった。
では、なぜ、そんなことになったかと言うと。
少し前、とある男が彼女のもとを訪れていた。
名は、ディラン・ブラント。
剣聖である。
ただ、その時の姿はいつもにまして、だらしのないものだった。
身だしなみはともかくとして、体にしみこむほどの酒の匂いを漂わせていた。
「よお、ルーシー」
「あら、お久しぶりです。ディラン」
何かあった。
そう感づくには、ヒントがあり過ぎる男であったが、彼女は敢えてそこには触れなかった。
ただ、きっと普段なら、こう聞くだろう。
そう考えて、言葉を紡いだ。
「用は済みましたか?」
用。
それは、少し前に、急に聖域の警備をやめた彼が彼女に言った言葉だった。
巻き込みたくはないのだろう。
ディランは、決して具体的なことは言わなかった。
でも、ルーシーは何も言わずに手伝った。
オドの動きを見てほしいと言われれば、その通りにしたし、彼が疲れた様子であれば労った。
だから、何があったか、聞かないまでも、彼女には終わったかどうか聞くくらいの権利はあった。
そして、ディランもそれに答えた。
「ああ、済んださ!大成功だ!」
明るい声でそう言った。
普段の彼がからは考えられない様な、不気味なテンションで。
それでも、ルーシーは聞かなかった。
彼が、答えたくもないことを無理やり聞こうとは思わなかった。
ただ、ディランの方が限界だった。
「……デリックが死んだ」
「そうですか」
「……アイツな。俺のこと父親みたいだって言うんだよ。俺はそんな柄じゃねぇてな。それに、アイツの方がしっかりしてるくらいだ。凄いだろ。アイツ、好きな奴守って死んだんだぜ」
誇らしくて、それでも悲しくて。
きっと、彼はここに来るまで、何とか耐えてきたのだろう。
弱みも吐けず、酒を飲んで気を紛らわして。
「なあ、やっぱり俺って、間違ってたのかな……。覚悟していたつもりだったんだ。俺が、あいつを今回のことに誘ったから、あいつは死んだ。そうは思わねぇって、きめたのに」
それじゃあ、デリックも報われない。
彼は、自分が死しても、ディランに夢をかなえてほしかった。
だから、ディランは、悲しんでも、公開だけはしてはならない。
ただ、ルーシーは何も言わずに、彼を抱きしめた。
体格は並みの男なんかよりもでかくて、顔なんて老け顔で年相応よりも老けて見える。
だが、それでも、いつの間にか膝を落とした、彼はとても小さな存在に見えた。
「やめ──」
力ない声で、「やめろ」と言おうと思った。
だが、デリックのその声は、簡単に遮られる。
「私にくらい、弱さを見せてください。貴方が、十代で剣聖になった時から、私は知っています。あの時から、十年以上、貴方はずっと弱さを隠している。辛く、苦しかったはずなのに。ずっとずっと」
ずっとだ。
十代ですでに、剣聖であった彼は、弱さを隠して生きていた。
故郷を捨てて、知らない土地で、悪意に満ちたものと多くかかわって。
それでも、自分の弱さは見せなかった。
あの日から、弱さは自分には必要がなかった。
もうとっくに、そんなものはなくなっていたはずなのに。
翌朝、ルーシーは、朝日と共に、目を覚ました。
ベッドから身体を起こして、横を見てみるが誰もいない。
一糸まとわぬ体を、羽織った布で隠して立ち上がって気付いた。
テーブルに一枚の紙が置いてある。
『学園で、講師をしてほしい』
そんな一文から始まるそっけない文章。
内容は、とある少女二人を連れて、学園に行くこと。
そんなことが、簡潔に書かれていた。
ただ、最後には。
『ありがとう』
何故か、文字なのに、照れているようなそんな言葉を見て、ルーシーは笑った。
「仕方のない人」
それだけ言うと、服を着始め、朝食の準備に取り掛かった。




