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四話 友人との別れ


 魔法を行使するまでに遅くとも自習五回程度もあれば成功すると言う。

 その言葉は嘘ではない。

 学園に入学する生徒は一定値以上の魔法への適性が保証されている。

 だから、大抵、五回目には、全員が成功している。


「で、できた!」


 そんな声が僕を追い詰める。

 四回目ともなれば、全員でなくとも、多くの生徒は成功してくるころあいだ。

 焦る。

 でも、ボクにはボクのペースがある。

 だから、まずは精霊に逃げられてしまわないように。




「───!」


 声にならない声を押し殺して、ボクは地面を叩きつける。

 拳に衝撃が走って、痛みを感じる。

 実習回数が五回を超えてしまった。

 いや、五回どころか、もう二桁を超えている。

 入学してから一か月はとうに過ぎ、二か月目も終わりと言うところでボクは未だ魔法の成功にも至ってなかった。


「おい、大丈夫か?セオドル」

「う、うん。心配ありがとう。サイラス」


 ボクは力なく立ち上がった。

 よろけてしまってサイラスに支えられる。


「ホントに大丈夫か?」

「平気」


 申し訳ないな、などと思いながら一人で立つ。

 これ以上迷惑を掛けたくない。


 ボクの日常は変わらない。

 今日も魔法は使えないし、きっと明日も使えない。

 だけど、変化もあった。


 外から校舎内に入って、着替えようと着替えを探すと、ごみ箱に入っていた。

 しかも丁寧に汚されて。


「またか」

「おい、大丈夫か?」


 サイラスは心配するように覗いてくる。


「こりゃ酷いな。ちょっと貸せ」


 彼はボクから制服を受け取ると杖を取り出す。


「キウトア・ガ・ブラト。更に、キアタエ・ザ・ローオ」

「ありがとう」


 サイラスはボクの制服を洗浄して乾かしてくれた。

 彼はすでにザ級までマスターしているため、凄い手際だ。


 とは言え、何故こんなことになっているかと言えばいじめられているからという事だろうか。


「それにしても誰だ?こんなことする奴?この学園での差別等は禁止されている。これを破るってのは精霊を裏切る行為だぞ」

「仕方ないよ。ボクは精霊に好かれていないようだし」

 

 この学園ではいじめは起こらない。

 それは精霊に差別はしないという誓いを立てているからだ。

 精霊信仰が盛んなこの国では精霊を裏切ることは禁忌とされる。

 更に、精霊との誓いを破るのはもっと重い罪と考えられている。


 ただ、精霊に立てた誓いはこの学園において差別をしないというもの。

 だから、本来ならいじめも十分抵触する恐れがあるためもちろんされることがない。

 だが、ボクがされているのは、ひとえに魔法が使えない以前に精霊たちがボクから逃げるからだろう。


 精霊が逃げる。

 つまり、精霊に嫌われている。

 だから、精霊から見れば悪いモノ。


 そもそも、彼らがこの学園の生徒とするのは、魔法に適性のあるものだ。

 だから、ボクのようなものはその枠に入らないと考えたのだろう。


「おい、次、座学だぞ」


 ボクが立ち止まっていたのに気づいたからか、サイラスも立ち止まり振り向いてくる。


「ねえ、サイラス」

「どうしたんだよ?話すなら歩きながらにしようぜ」

「ボクたち距離をとらない?」

「は?」


 急かすように話しかけてきた彼は何を言ったか分からなかったのか、頭にハテナを浮かべる。


「ボクが一緒にいたら君に迷惑を掛けちゃうと思うから」

「いや、そんなことねーし」

「ボクとつるんでいることで、君にまで嫌がらせをしてくるかもしれない」

「そんなの気にしねーって。それに俺に勝てる奴がそういると思うか?」


 彼は笑いかけてくる。

 優しい人だ。

 だけど。


「もうこれ以上迷惑を掛けたくないんだ!魔法のことだって、最近ボクにかかりっきりでサイラスはダ級もできるかもって期待されてるのに満足に魔法の練習もできていないじゃないか」

「だから、迷惑だなんて……いや、迷惑だとは思ってる。でも、それでも俺はお前を手伝いたいと思えるくらいに友人として、出来る事なら力を貸したいんだよ」

「サイラス……でも、ごめん」


 本当にうれしいんだ。

 村では聖域に入り浸って親しい友達は少なかったから。


「ごめん。嘘ついた。ボクはホントはサイラスに迷惑が掛かるからって言ったんじゃないんだ。ボクはボクのために君と距離を取りたいんだ。心配してくれるのも、力になってくれるのも、すごくうれしかった。でも、それ以上に辛いんだ。君がそれを気にしないと言っても、いつまでも成果の出ない中で、応援されて、それでも、どうしようもなくて、辛いんだ」


 ボクは屑だろう。

 人に頼って、何かしてもらって、それで辛いって突き放して。

 最低だ。


「わかった」


 彼は悲しそうな顔で言った。

 でも二言目はいつもの調子で。


「でも、また服汚されたら俺に言えよ!それと、魔法が使えるようになったら今までみたいにつるむからな」

「うん。もちろんだよ」

「それと手ェ出されたら、言えよ。それはお前の意思は関係なく俺がそいつを一発殴んなきゃならねー」

「多分、分かりやすく手を出すのは、誓いに反する可能性があるだろうから、やってこないだろうけど。そうだね、もし、そうなったら助けてもらうよ」

「おう!」


 彼は元気よく返事をした。






 その日から、ボクは一人で行動した。

 サイラスといたからあまり気が付かなかったけど、なんだか避けられているような気がする。


 でも、そんなことを気にしてる場合じゃない。

 一刻も早く魔法を使えるように努力しないと。


「よし」


 やってきたのは、資料館だった。

 今までは、サイラスと一緒に魔法についていろいろと考えていたけど、今は一人だからと、他の方法を模索しているうちに、教諭が言っていたことを思い出したのだ。


 資料室という施設もこの学園にはあって、そこも充分広かったけど、館と付くだけあって比べ物にならないくらいにでかい。

 ボクは行ったことないけど、サイラスから聞いた博物館と言う場所に似ている気がする。

 書籍が多くおいてある資料室とは違って、実物が置いてあるというイメージだ。


 本当にいろいろなものが置いてあると感心する。

 魔法学を学んでいるせいか、教科書で見たものが置いてあると、なんだかうれしくなる。


 そうして、流れるように展示物を見ていると、あるものが目に留まる。


「これは、あの時の」


 ガラス張りの展示台に置かれていたのは絶霊の短剣と言われていたものだった。

 とは言え、レプリカ。

 本物ですらただの短剣だったという。


 特別な力のある剣でもでもなく、恐らく冒険者や傭兵が使うようなもので、それも戦闘や殺傷用ではない。

 どう考えても、料理や、木の加工程度にしか使われないだろう。


 伝説にまでなった、テオドール・アレクシスが力をつけた方法。


 大精霊の魔力供給を行う臓器を刺し、契約した。

 それまで、魔法が使えなかったという説がある彼が、世界有数の魔法使いになるほどの力。


 一瞬、ボクの脳内にエインセルが映る。

 もしかしたら、彼女と契約すれば、ボクは魔法が使えるのではないのかと言う邪悪な考え。


「──いや、ダメだ!」


 ボクは首を振る。

 そんなことをしてはいけない。

 それは許されざることだ。


 そう、許されない。

 その行動を許してはいけない。

 彼女にたくさんのものを与えられた僕が彼女から何かを奪うことなど決してあってはいけない。







 ボクは、魔法が使えない。

 否、精霊に嫌われている。


 精霊を信仰する国で、それが意味することは非国民と呼ばれても生ぬるいほどのことだ。

 それでもボクが直接的ないじめや暴力を受けないのは、皮肉にもその精霊との誓いがあってこそだ。


 それでも、いじめは苛烈になった。

 人間とは案外考えるもので、直接手を出さなくても人を苦しめることは出来るらしい。

 エスカレートはする、それでも誓いに触れることはない。

 ある一定以上の被害は受けないのだ。

 ボクはそれに感謝すればいいのか分からなかった。


 魔法が使えない。

 追い詰められる。

 悪質な嫌がらせをされる。

 追い詰められる。


 そんな、繰り返しの日々はまさにこの世の地獄であった。


 一つ救いがあるとするならば、この学園の方針だろうか。

 できない者は置いていく。


 それは、魔法であっても、算術であっても変わらないが。

 できないからと言って、学園からの干渉は、いい意味でも悪い意味でもなかった。


「では、サイラス・クライヴ。大精霊の業とはなんだ?」

「はい!大精霊様が受けた呪いのようなものです。大精霊様は自身に課されたそれを遵守しなければなりません」

「そうだ。だが、一つだけ、それに対抗する術がある。それはなんだ?」

「はい!現在、七柱すべての大精霊様が行っているように聖域に閉じこもり、結解を張る方法です」


 ただ一方サイラスは、期待を掛けられて教諭から、相も変わらず質問されている。

 そして、彼の才能はすさまじく、ボクの魔法への協力をしなくなってから、ついにダ級の魔法まで使うことが可能になった。

 これは相当凄いことで、この学園でも卒業時に習得している生徒は、将来安泰と言われるほどである。

 ボクに付き合ってなければもっと成長していただろう。

 

 入学から三か月がたち、もうすぐ四か月と言うところで、一学期の終わりが近づいていた。

 ボクは案の定試験では測定すらできず結果なし。

 学費は全額免除で交通費まで出してくれているこの学園では、退学にならないのが奇跡なほどだと思った。

 国からの命令で、学園に通うのは義務ではあるが、それでも運営資金がゼロと言うわけでもないのだ、もしこれが続けば除籍なんてこともあるかもしれない。

 

 そんなボクの考えをよそに、皆が談笑に励んでいた。

 この学園は全寮制であるため、長期休暇がなければ、家に帰ることもできない。

 だから、久しぶりの帰省について、生徒たちは各々が休暇中の過ごし方を話し合っていた。


 早く家族に会いたいだの、家に帰れば農作業があって嫌だの、皆が笑顔で語る姿が、妙に忌々しく映る。


 それが嫌で、ボクは講義が終わるとすぐに飛び出した。

 人気のない場所まで来て一息つく。


「おい、セオドル!」


 その時、聞きなれた、でもとても久しいような、そんな声が聞こえた。


「……サイラス」

「どうしたんだよ?すぐ飛び出しちまって」

「少し用事があってね」

「……そうか」


 ボクがそう言うとなんだか悲しそうな声で彼は返した。


「あ!そうだ。お前休暇中はどうするんだ?」


 気を取り直すようにして彼は聞く。

 

「一度、村に帰ろうと思うよ。支給されたお金で村までの汽車には乗れるしね」

「そうか。俺は実家に帰るから暫くは会えないな」

「そうだね。……ああ、そうだ」


 彼には言っておくかと思ってボクは話を切り出す。


「どうした?」

「いや、次あった時には魔法の一つや二つは使えるようになってるからさ。期待しててよ」

「……おう!そうだな。でも無理はするなよ」

「うん」


 彼は一瞬変な顔をするが、ボクを応援してくれる。

 本当にいい奴だ。

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