三十八話 完了
大精霊エーリューの討伐は完了した。
ただ、ボクは喜ぶ間もなく、デリックに駆け寄った。
「デリック!」
「……そんな叫ばなくても、聞こえるっての」
ボクの声にデリックは、うるさそうに答えた。
彼の腹からは、血が出ている。
ナイフで刺された傷だ。
そして、そのナイフを持ってデリックを刺したアリアはすでに拘束されて、距離を離されていた。
意識もすでにない。
これで、攻撃はされないだろう。
「あ、ああ、そうだ……セオドル。お前に、言わなきゃ、ねんねぇことがあったんだった」
「なに?何でも聞くよ」
「いや、お前が意気込む、ほどの、ことじゃねぇんだ……。ただ、謝り、たかったんだよ。ずっと……」
デリックは、言葉を途切れさせながらも、言葉を紡いだ。
「ロプトに来て、ずぐに、さ。お前と俺で、プレゼント買いに行った…だろ?」
「うん」
「結局、シエンナも含めて、い、しょに見て。その時さ、おれ、自分が、フェイスに良いものを渡したいからって、あえて、変なものを、おまえにすすめたん、だ」
ロプトに来て、すぐの話だ。
デリックと街を歩いて、シエンナと会って、それからエインセルとフェイスのプレゼントを選んだ。
その時に、デリックは、少しずれたものを提案していたのだ。
「だ、からさ……ごめん、な」
「別にそんなことじゃ、怒らないよ」
「そう、いうとは思ってた…けどな」
デリックは、一つ荷が下りたような顔をした。
そして、何かを思い出したように、また口を開いた。
「そう、だ。ひとついってなかった」
「なに」
「ただの、お礼だよ。おまえと、プレゼント選んだもの、ふくめてな……たのしかったぜ」
デリックは笑った。
「自分が、死んだときに、悲しんで、泣いてくれる友達が出来る、なんてな……」と言って。
そして、続けてこう言った。
「わるいが、でぃらんさんを、よんで、きてくれない、か?」
「わかったよ!あと、フェイスも!」
ボクは、そう返事をした。
でも、彼は言った。
「いい。でぃらんさん、だけを、連れてきてくれ……」
「……わかったよ」
彼の短い言葉に頷いて、ボクはディランさんを呼んだ。
そして、エインセルとフェイス、シエンナのもとへ向かった。
「セオ。大丈夫ですか?」
エインセルがそう言葉をかけてくる。
ボクは答えた。
いや、確認を取った。
「……本当に死んじゃうの?」
デリックについてだった。
それに、もう一度説明しようとエインセルが言った。
「そもそも、血はもう足りない状態です。それでも、血は無理やりにでも止めました。ですが、あのナイフには毒が塗ってあった。どうあがいても、助かる方法は現状ではないでしょう」
エインセルは、ディランさんの近くに横たわるデリックをちらりと見た。
そうして、暫く、ディランさんとデリックはなにかを話しているように見えた。
ディランさんとデリック、二人には血のつながりはないけど、まるで親子の会話にも見えた。
暫くて、ふと、ディランさんが立ち上がり、ボクたちに声をかけた。
「ついに、俺たちは、大精霊討伐と言う偉業を成し遂げた。帰って祝杯でも挙げるぞ」
そう言った。
ボクたちは村に向かった。
当然アリアも連れて。
彼女は、最後まで起きなかったが、別に彼女の所業は村の者には伝えなかった。
伝える必要もないし、話すには、大精霊を倒したこと、いや、それ以前に聖域のことを話さなければいけなくなる。
それに、彼女の行動はエーリューの助けになるための行動で、しかも、ボクたちは彼女に借りがある。
この村で一晩明かせたのも、彼女の案内あってのことだ。
そして、ボクたちはしばらく、村に滞在した。
ロプトに帰るにしても、馬車がなければ帰れない。
馬車が来るまで待ったのだ。
その間、アリアは姿を見せなかった。
それから、しばらく、ボクたちはロプトで解散した。
特に話すようなこともなく、あっさりと。
そして、移動移動は体力がいるので、ひとまずロプトにもう一泊することになった。
ボクは、ベッドの上で寝転がっていた。
昼間とはいえ、デリックのことが頭から離れなくて、なにも手につかなかった。
デリックを運ぶのを手伝ったときに感じた感覚がいつまでたっても離れない。
死んでしまったのだと、明確に認識してしまった。
「セオ。食事に行きませんか?」
そう言うのは、エインセルだった。
扉の隙間から身体を入れて、こちらを見ていた。
そんな彼女をぼうっと見ていると、何やら近づいてきた。
エインセルは、ボクの隣に座った。
「セオ。気にしてるんですか?」
「だって、デリックが死んだんだよ」
「それを承知で、彼は行ったのでしょう。それを否定することになっては、彼のためにもならないでしょう」
「でも、だからこそ、ボクが悲しまないといけないんだ。デリックは、覚悟を決めたから、死んだことに関して、何も言えない。でも、友人であるボクは、悲しまないといけないんだ」
デリックは、死んでもいいと言った。
だから、彼は、死んでも文句はいえない。
でも、ボクはそれに対して、真っ当に向き合える人間のはずなんだ。
「でも、ボクは……友達が死んでしまっても、泣くことすらできないんだ」
ボクは、あの日泣かなかった。
デリックが死んで悲しいはずなのに、泣かなかったのだ。
デリックは言ったのだ、ボクは友達で、デリックの死を泣いて悲しんでくれるのだと。
だから、ボクは……
「セオ。悲しみ方なんて、人それぞれですよ」
ただ、ボクの思考に割って入るかのようにして、エインセルは、口を開いた。
そして、そう言った。
「セオが、彼のことを思って、悲しんでいないのなら、何でそんな辛い顔をしてるんです?」
エインセルは、ボクの顔を見ていた。
「セオは、仲がいい人が死んだのは初めてですか?」
よくわからない質問だった。
「うん」
「では、なおさらにですよ。大切なものを失って泣く人ばかりじゃない。それに、セオドルが、身近な人の死を経験した事がなく、泣いた泣かないで、それを決めるのなら、それは死者への冒涜ですよ」
彼女はそう言った。
「それに、彼もいつまでも、セオが落ち込んでいるのは望んでませんよ」
エインセルはボクの腕を引っ張り上げた。
魔法の反動か、少々痛む体を押さえつけてボクは何とか立った。
そして、
「なにこれ?」
ボクは、鏡の前で、女の子の服を着せられていた。
「フェイス。なかなかいいのを選びましたね」
「ありがとうございます。エイン様。セオドル様にはぜひ似合うと思いまして」
鏡の向こうでは、ボクの後ろから顔を出すエインセルとフェイスがそんな話をしていた。




