三十五話 大精霊討伐1/6-⑩
シエンナ・シエラ。
その名前は、世界でも轟くほどの名前だ。
反精霊教組織「断罪の光」の構成員である。
そして、組織内で、最強の名を欲しいがままにする人物であった。
「断罪の光」のシエンナと言えば、国家間でも要注意人物としては有名である。
一般人が知ることはできないが、国が直々に動いて暗殺を計画するほどだ。
彼女を暗殺するために向かった強者たちが何人死んだか分からない。
それでも、国は、人を送り続けなければならなかった。
何故ならば、彼女の処女くする組織の目的が、当時の精霊教軍に所属、もしくは関係していた者の抹殺であるからだ。
その者たちの中には、未だ重鎮と呼ばれるポストに居座るものが多くいる。
それを殺されてしまえば、替えは効かず、国は亡ぶだろう。
だから、それを恐れた国は、組織の支柱であるシエンナを殺そうと考えた。
彼女は、組織内では、象徴的な存在だった。
まさしく、ノーンド王国に置き換えるのならば、「大精霊」の位置にいると言っても良かった。
彼女さえ、倒してしまえば、組織の解体は容易だろうと思われるほどに、彼女は大きな力を持っていた。
だからより、彼女を殺さなければならない理由が強まっていた。
それほどまでに、国に警戒されるほどの人物が、一時は圧倒されるほどの相手がいるとなれば、どうだろうか。
国が総力を挙げても倒せない存在を凌ぐ力を持ったもの。
それだけで強大な存在だとわかるだろう。
名はガングラティ。
大精霊エーリューの眷属である。
それが、今、剣を振るった。
「────!」
金属と金属が、ぶつかり火花を上げる。
ただ、弾かれたのは、ガングラティだった。
「まだまだ!」
そして、そこにシエンナが追撃を入れる。
槍での攻撃、それは、ひるんだガングラティには直撃する。
無理やり、剣を挟んで攻撃を中断させることに成功するが、すでに、多くの傷を負っていた。
「魔法が得意でも魔法がほぼ使えない。それでいて、私はパワーアップしてる。もう勝ち目はないよ!」
シエンナは前進し、更に追い込む。
相手が魔法を使おうとするのは何とか防いで、攻撃をとにかく当てる。
「セオドル君もいなくなっちゃったし、もう、終わらせてもらうよ」
「────!」
ガングラティの、剣凪をシエンナは躱して、槍を突き出した。
一点を貫かんと進む槍は、空を突く。
弾丸の様に進む切っ先は確実にガングラティを捉えていた。
それでも、攻撃を隠すように、手のひらがシエンナ、いや、槍の先端に向けられた。
「──ガ・グリュプ」
「意味ないってのっ!」
何度も、魔法は打ち消していた。
凡人には出来ない様な事を、狙ってやって防いでいた。
で、あれば、次も容易に防げるはずだった。
いや、防ぐことには成功した。
ただ、槍の切っ先が砕けた。
「なっ!?」
「────ッ!!」
「ッ!」
シエンナは驚くも次の瞬間唇を噛んだ。
気付いたのだ。
ガングラティが、狙って今の現象を起こしたことに。
本来だ。
魔法の発動時にかき消すなど、不可能だ。
それを無理やりしようとも、普通は腕が痺れて使えなくなる。
それだけの、威力があって、受け止めた身体はそうなってしまうのだ。
なら、直接魔法を受け止める武器はどうだろうか。
どんなに、良い素材で出来ていても、どんなに耐久力に自慢があっても。
それは、壊れる運命にある。
だが、そんなことで、シエンナ・シエラは、止まらない。
瞬時に地面を蹴って、ガングラティの首に組み付いた。
「何度も執拗に、魔法を発動していた理由がわかったよ。でも、私だって、武器の破損は初めてじゃない」
何度も、暗殺されかけたんだ。
武器のない状況など、いくらでもある。
そうして、彼女はどこかから出した、巻かれた金属のようなものを両手に持って魔力を込めた。
丸まった紙のような見た目をしていたそれは、一瞬でピンと張った一枚の金属となる。
ただ、それは、側面がギザギザとしていて……まるでノコギリのようだった。
そして、それをガングラティの首の押し当てて、一気に体重をかけて身体ごと地面に着地し、引き戻した。
尖った金属は一瞬のうちにガリガリと、ガングラティの首の肉を削り取った。
「むしろ、武器が無い時に襲われることの方が多かったんだよね。だから、いつも持ってるんだ」
携帯型のノコギリをペラペラと、空気を仰ぐかのようにして動かした。
当然ただのノコギリではなく、魔力を通すことで丸まった金属を元の一枚の板にすることが出来るものであり、更に攻撃力に特化したものだ。
いわゆるオーダーメイド品であり、見た目に似合わず価値がつけられないほどの代物だった。
「ただ、残念なことに、打ち合いは出来ないし、リーチもないし、で今みたいな時しか使えないんだけどね」
右袈裟と左袈裟の様に、肉をえぐられて動かないガングラティに向かってそう言った。
そして、時同じくして、セオドルが、神樹に短剣を突き立てた。
幹には傷が入り、そこに触れている刃に絡むようにして、木から這い出た繊維のような根のような何かがその上をはった。
木から這い出る根のようなそれはまるで、生物の血管が丸出しになってような、不気味な姿で短剣の刃を隠していた。
それは、他ならぬフェイスの最後の巫女の力の使用条件を満たしたことに他ならなかった。
フェイスが使える三つの力には、それぞれ条件がある。
そして、三つに共通するのが、詠唱であり、セオドルたちが準備と言っていた行為に他ならなかった。
ただ、共通しないもの、いや、二つの力に比べて三つ目の力は、条件として膨大な魔力が必要であった。
それは、セオドルですら賄えないほどの膨大な魔力。
そして、それを満たすための条件が、神樹からの一時的な魔力の供給であった。
「本当は、最初にするつもりだったんだ」
セオドルは、エーリューに言った。
それは、あらかじめ決めていた作戦の話だった。
結解に入り次第、すぐに神樹に短剣を刺す。
そして、それを利用することによって、魔力の供給を行うと同時に、神樹に接続しているエーリューの魔力供給を阻害して有利に進める。
だが、それは失敗し、やっと今達成されることとなった。
魔力は、短剣を通してフェイスの巫女の力の条件を果たす。
「──パテーマ」
エーリューを見据える。
まだ、彼女は、『理力』による攻撃を残している。
それが、当たれば、ボクは死ぬ。
良くて、肢体のどこかの損傷。
でも、大丈夫だ。
フェイスが間に合った。
ボクが、魔力を短剣によって補填した影響で準備は着々と進んでいる。
それに、ディランさんは戦闘を終えて、こちらに走ってきている。
シエンナも同様だ。
これで、準備は完全に整った。
「唯一、貴方が、私を傷つけることが出来る短剣をそこに刺して、どうするつもり?」
ボクは、あの剣がなければ、傷をつけられない。
そんなことは、とうの昔にバレている。
技術と威力のある、ディランさんやシエンナはエーリューの持つ防御力を打ち破ることが出来る。
それを持たないボクが、魔力を多く含んだ短剣を使い、さらに、魔法をかけることで何とか傷を作っていた。
それを、神樹に突き立てて何が出来るのだと、言いたいのだろう。
「まあ、良いけど」
つまらないそうにそう言うと、エーリューは手を突き出した。




