三十三話 大精霊討伐1/6-⑧
「【理力】・落華死」
それは、大精霊エーリューの使う魔法を含めた術の中でも、一番効果の高いもの。
その効果は、対象者に仮想の落下エネルギーを与えるというもの。
その威力は、眷属であるガングレトとガングラティの受けた落下エネルギ―の総量からなる。
期間は、一度『理力』を発動し、眷属を召喚してからであり、一度召喚をやめると、それはリセットされる。
一見、期間が限定されているように見えるそれではあるが、超人的な運動を可能とするガングレトとガングラティのことを考慮すれば、相当な威力が見込まれるだろう。
そんな攻撃が、エインセルに向けられた。
一度に開放してしまえば、また溜める必要があるため、使用するのは半分。
だが、それでも、十分すぎるほどであった。
「────がっ!?」
上から降り注ぐエネルギー、そして何よりも地面に身体を打ち付けたように力がかかった。
対衝撃の護符は、一つ、また、一つと消費される。
服を着ているためうかがい知れないが、それでも、彼女の背中から墨で出来た羽根は、霞むように消えて言っている事だろう。
「随分優秀な護符のようだけど。それでも、『理力』には敵わない。貴方が万全なら違ったかもしれないけどね。たった半分しか使わなくても、ほら」
そう言って少し、最後の一つが消費されようとしていた。
だが、一つの魔法が詠唱される。
「ガ・グリュプ!」
その声は、エインセルではない。
この場に現れた第三者によるものだった。
そして、それが消費されると同時に、エインセルの身体は、横からの衝撃によって『理力』の効果範囲から無理やり逃れた。
ボクはエインセルに駆け寄って、彼女の身体を起こした。
無理やり、魔法で飛ばしてしまったためか、地面に叩きつけるような形になってしまったけど、それでも彼女を失うよりましだ。
「セ、セオ。助かりました……」
「うん。ギリギリだったけどね」
ボクは、シエンナにガングラティを任せて、エインセルのもととへ来ていた。
ただでさえ、魔法が使えなければ、役立たずなボクだけど、フェイスの力のおかげで何とか身体能力の底上げが出来ていた。
魔法を使ったときに比べれば、そこまでだけど、一過性のそれと比べれば破格な効果を得るものだ。
今のボクは、素の状態のデリックに迫るほど運動能力が上がっている。
「エインセルは、ここで休んでて。それと魔法はボクが使わせてもらうけど良い?」
「魔法については構いませんが、戦うんですか?まだ、準備が整ってない状態で」
「うん。まあ、引いてくれるわけもないしね。それに、まだ、万全ではないけど、フェイスの力によって運動能力も上がってるんだ。そう簡単にはやられないよ」
ボクはそう宣言する。
余裕、とは言わない。
むしろ、今の『理力』の力を見れば、一発で死んでしまうのは想像に難くない。
でも、エインセルを守るためなら、これくらいして見せる。
ボクは、すでに短剣を構えて、相手を見据えている。
落ち着いた金髪を揺らすエーリューは、同時にこちらを見ていた。
「契約しただけのことはあるようね。まあ、私には関係ないけど」
「さっきは、当てられなかったけど、次は当てるよ」
ボクらはそう言って、
「キチケ・イス・ダ・ファース。クアヌケ・イゲレ・イス・ダ・ファース」
「──サカル・キボ・ザ・ブラト」
ボクが、魔法をかけて踏み出した瞬間に、彼方も魔法を発動した。
一瞬、それで、肉薄するボクに対して、エーリューは、青魔法で氷の壁を自身の前へとせり上げた。
ボクが、一直線にしか動けないと考えたからだろう。
それは、あっている。
だけど、先ほどまでならだ。
今のボクは、巫女の力によって運動能力が上がっている。
そして、同時に動体視力などの、上昇した力を扱うに必要な能力の付与もされていた。
ボクが、使うような極地的で、一過性の魔法とは違い、巫女の使うそれは、破格の能力をしていた。
だから、ボクは氷の壁がせりあがれば、分かる。
そして、反応もできる。
恐らく、剣で突破すれば、隙をつかれるだろう。
対象属度を落とすことにはなるけど。
ボクは、生成された壁、その左横にもぐりこんだ。
そして、更に地面を蹴ってエーリューに攻撃を行った。
壁であれば、側面はがら空きだ。
だが、それは当然対策済みだったらしい。
壁を横から突破し、顔を覗かせたのは彼女の右手だった。
「ダ・ローオ」
「──ぐっ!」
目の前で、発生する火球に、ボクは更に足を蹴って移動し対応する。
その一瞬のうちに、彼女の利き手であろう右手のある左側に行ってしまったことを反省する。
戦闘経験の浅さからか、些細な判断ミスが自分の首を絞める。
だが、それも一瞬。
すでに次の手を打つ。
ボクが、彼女から見て右側を狙いさらに、魔法を躱すために更に奥へ進んだために、彼女は後ろ向きに回転することとなる。
右手でボクを追いかけるようにしているが、それも右回りになっているためか、背を向けないようにするのがやっとだ。
だから、ボクは更に加速し、裏手を取った。
そして、そこで剣をエーリューに向けようとして、
「ナカヌ・ナゴ・ザ・ゲルン」
瞬間、地面からせりあがったのは、十二本の棘。
黄魔法で作られた土の棘だった。
それのザ級、しかも大精霊級であれば、それは最早針地獄と言った方が良いほどだ。
「っ!?」
ボクは、何とか身体を捻るも少し掠る。
だが、それでも、止まらない。
その土の棘を足場にして、さらに蹴る。
そして、改めてザ級で会った意味が分かった。
ダ級でないのは、こうやって容易に足場にされない為、そして、貫通力を増させるため。
ただ、大きい魔法が強いわけじゃない。
そして、サイズ設定が絶妙なのか、少し踏み外す。
いや、違う。
これは、
「あら。魔法の制限時間が来たんじゃない?」
「っ!?──ザ・グリュプっ!」
ボクは、自身に対して緑魔法を使い、破裂させることで後退した。
「キチケ・イス・ダ・ファース。クアヌケ・イゲレ・イス・ダ・ファース」
そして、間髪入れずに、魔法で強化して地面を蹴った。
ボクが少しでも、時間を与えてしまえば、エインセルに攻撃が向きかねない。
今、彼女が、エインセルを狙わないのは、ひとえに、魔法で対処しなければ、ボクによって傷つけられてしまう可能性があるからだ。
だから、休憩などしている暇はない。
相手をかく乱するように、出来るだけジグザグに走ったり、進行方向を折り曲げる。
さらに、相手の魔法によって、作られたものを足場に、狙いを集中させない。
そして、再びエーリューの背後を取る。
「サカル・キ──」
「遅いッ!」
彼女が、魔法を発動させる前に、ボクは短剣を振った。
首を習った攻撃、金色の髪を掠めようとして、それは躱される。
相手もギリギリだったのだろう。
身体を捻ったタイミングで、剣が空を切った。
だが、ここで、終われない。
ボクは手を突き出し──彼女も同時に魔法の行使を行おうとしていた。
先手必勝、使用するのは発動の速さに優れたガ級である。
「「ガ・グリュプッ!」」
ボクとエーリューの魔法によって発現した風は、お互いを相殺しようとして、あたりに風をまき散らした。
ただの、ガ級。
それでも、大精霊のそれは、ボクを後退させるには十分だった。
そして、またボクは剣を構えた。




