二十八話 大精霊討伐1/6-③
デリックが攻撃を防がれ、エインセルがエーリューの魔法をそらした時、すでにセオドル立ち上がって攻撃の準備をしていた。
手を脚に当てて、詠唱を開始した。
「キチケ・イス・ダ・ファース。クアヌケ・イゲレ・イス・ダ・ファース」
無魔法の行使である。
他の六第属性以外に分類されるもの。
それは主に、事象の補強、変化、変質に使われるものだ。
それを今回セオドルは、自身の強化に使った。
脚の耐久力の強化。さらに、足の筋力の強化も行う。
やるのは足だけ。ただでさえ強化をしなければ、強化された力によって地面を全力で蹴った瞬間にぐちゃぐちゃになってしまうようなものを全身に掛ける気はない。
そうして、クラウチングスタートのような形をとり、地面を蹴った。
タンッ!
そう音がなったと思ったときには、セオドルはすでに剣を振りぬいていた。
逆手に持った短剣で、前に押し出すようにして右手を振った。
そうして、砂煙をまき散らしながら、着地する。
足をついた地点から、最終的に勢いを止めた地点まで線が引かれる。
そして、彼は声を漏らした。
「上手くいかないなぁ……」
まるで気の抜けたような声を出してそう言った。
確かに、セオドルにとっては、失敗だったのだろう。
大精霊エーリューを狙った攻撃は、わずかに狙いを外れ、彼女の頬に一本の切り傷を付けるにとどまった。
だが、それは、彼の思うことの話だ。
実際、この戦場での、今の一撃はとても大きな意味を持っていた。
その証拠に、エーリューは興味深そうな顔を、その月の様に静かに輝く金の髪の隙間から覗かせた。
「ああ、あの子がエインセル、貴方の契約者ね。そして、私を殺しに来た理由」
何か確信を得たのか、エーリューはセオドルを見てそう言った。
あの少年が、大精霊エインセルと契約した人物。
そして、「大精霊の業」を破り、此処まで来た理由。
「良い子を見つけたようね」
今の攻撃から、分かるのは圧倒的な魔法の適性。
それも、大精霊との契約に適した高い魔力量によるもの。
セオドルが使用したのは、エインセルを経由した精霊魔法である。
であれば、同じく精霊の頂点に位置するエーリューが分からないはずがないのだ。
無魔法での一時的な身体能力の強化。
言うのは容易いこの魔法ではあるが、その実、膨大な魔力量を求められる。
例えば、筋力値の上昇で考えれば、まずそれだけで魔力が要求される。
方法としては、本来無意識にセーブされているリミッターの解除、つまり、人為的な火事場の馬鹿力の再現。または、単純な基礎能力の底上げである。
方法はどちらでもいいのだが、それをした場合また新たに要求されるものがある。
それは、肉体の強度だ。
単純な話、本来出せない様な強力な力を使い運動した時、体が壊れるのは必然だろう。
そのため、体を強化し運動に耐えられるようにするのだが、その際に使われる魔力は相当なものとなる。
それは、世界有数の七賢者と言えども、常駐して使わないほどには。
それを、彼は、一瞬の間ではあるが成し遂げたのだ。
大精霊エーリューの目をもってしても驚くべきと言ったものだった。
そして、同時に、エインセルが、「大精霊の業」に従い、自身を狩りに来ている意味も分かった。
「しかも、随分と良い武器も持たせて」
エーリューは、セオドルの持つ短剣を見た。
一見、なんの変哲もない短剣ではあるが、あれは恐らく相当に魔力が込められた代物だろう。
そもそもの話、霊脈とつながった大精霊には、生半可な攻撃は通じない。
そう言えるほどに、耐久力が高かった。
それを、一流の剣士でもない少年が傷一つでもつけたのなら、それは恐らく武器に由来するものだろう。
そして、それがなせるのは、魔力に親和性の高い武器であろう。
「ええ、私の聖域で、神樹からのオドを受け続けた短剣です。これなら、固い大精霊の骨をも断つ」
それが答えだった。
オドを長時間当てたことによる短剣を魔力との親和性を高めた代物。
「確かに、あの少年と、あの武器があれば、もしかしたら私に刃が届くかもね」
「でも──」と彼女は言った。
「それは、そこにいる巫女がいてのことでしょう」
エーリューが見た先には、戦闘開始時から、何かに祈るようにして身をかがめる少女、フェイスがいた。
巫女の力の使用。
そのための、準備と言えるその行為は、ひとたびも外の様子を伺うことなく行われていた。
ゆえに、気付けない。
後方の茂みから、殺意が迫ってきていることに。
なにかが、茂みから飛び出した。
その正体は、この森に入り、最初に遭遇した魔物以外の何か。
使用人服にヘルムを被ったちぐはぐな印象を受ける人形。
大精霊エーリューの眷属である。
それが、鋭い剣の切っ先を突き出して、超速度でフェイスに迫っていた。
突き出された、剣がフェイスを貫こうとして──
「させないよッ!」
そんな声と共に、剣の先を槍がはじいた。
シエンナであった。
そして、追撃される二撃、三撃を受け流す。
切り上げられる剣をギリギリのところで躱し、追撃をいれる。
しかし、それも躱される。
上段の構えから振り下ろされる攻撃。
頭を勝ち割らんとばかりに、それは振り落とされる。
「ッ!?」
それでも、何とか身体を捻って避ける。
だが、次の攻撃はよけきれない。
体勢を崩したところへの攻撃。
隙をついた攻撃に、シエンナは対応しきれず横凪の攻撃をその身に受けそうになるが。
「っ!」
ギリギリのところで、相手の身体を蹴るようにして距離を取り躱した。
「────」
「剣士って言ってもこれくらいなら、ギリギリディランさんと代わる代わるなら行けそうだね」
シエンナは半ば強がるようにしてそう言った。
高速戦闘。
はたから見ればそうとしか形容できない様な戦いが繰り広げられていた。
ただ──
「シエンナさん!そいつは──」
エインセルが何かを発する前に、使用人服のそれは手を突き出した。
「──ダ、ダダ、ダ・ローオ」
安定しない声。
上手く発音できないのか、不器用なその口で詠唱を唱えた。
その時には、巨大な火球がシエンナは包んでいた。
離れていても、分かる高熱。
焼けるようなにおいに、囂々と輝く灼熱の炎。
その威力は、まるで──
「大精霊級。私とエインセルに匹敵する魔法の使い手。その子はガングラティ、得意とするのは、魔法よ」
エーリューは嗤った。
その言葉は、手遅れになったエインセルの途切れた忠告を補うような説明だった。
「ん?」
ただ、それは、まだシエンナに届くものだった。
「やばいね。これで、本領は剣じゃないとは」
彼女は、炎の中から現れた。
そして、それをエーリューは睨んでいった。
「護符の類。相当無理をして力を強めたようだけど」
その言葉の通りだった。
シエンナが至近距離から、大精霊と同等とも言える魔法を受けても生存できた理由、それは、背中に刻まれた護符にあった。
ただ、エーリューはその損耗まで、見抜いていた。
「残念ね。これで終わり」
そして、エーリューの行動を見たセオドルは、気付いた。
なにをしようとしているかを。
恐らく先ほどと同じ。
『理力』の発動。
ただ、それを止めようとして、一瞬反応に遅れたことを後悔した。
そして、同時にディランも、それを阻むことが出来なかった。
足元を見れば、地面と接着するようにして、凍結した靴。
そして、それは彼だけにはとどまらない。デリック、そして、動くことのないフェイスまで。
恐らく、宙に魔法を放った時に、それに常時て何かをしたのだろう。
一秒もかからず、足に力を入れてそれを引きはがす。
されど一瞬、それがあれば、エーリューには十分だった。
そして、ついに、詠唱が完了した。
「──【理力】・シヤア・ガングレト」
そして、それは、もう一体の眷属を呼び出す呪文であった。
一瞬、
ほんの一瞬、空間が歪む。
そう見えた時には、それが姿を現していた。
先ほどの、ガングラティと呼ばれた、もう一体と同じように、それは、使用人服を着て、ヘルムを被っている。
ただ違うのは、その使用人服が女性物と言う事だろうか。
そして、もちろん体つきも女であったが、ただ、その肩には不釣り合いな、大剣と呼ぶに相応しい金属の塊があった。
「やば──ッ!?」
やばい。
そう呟こうとしたのだろう。
ただ、その瞬間には、一瞬で消えるようにして、体がぶれたガングレトと呼ばれる、女使用人が大剣を振り下ろしていた。
速い。
速すぎる。
そんなことも、思考するには短すぎる一瞬で、その剣は喉元まで迫っていた。
ただ、それは同じく一瞬のうちに防がれる。
ディランだ。
『理力』発動には遅れたが、それでも、そこで止まるような男ではない。
ガングレトが、召喚されたときには、すでに向かっていた。
だが、この場にいるのは、それだけではない、ガングラティもいる。
それすなわち、魔法か、刃が迫ってくることであり、挟み撃ちをされるような形になる。
前から、ガングレト、横からガングラティ、そんな状況で、デリックが、横から入った。
相手をするのは、無論、ガングラティである。
ガングレトには、かなうはずもない。
それは分かっているのだ。
今やるのは、自身が出来る事だけ。
そして、横やりと言うべき剣を、弾いた。
「ダ、ダ・ローオ」
ただ、剣の腕が、デリックより勝ろうとも、それは、魔法を得意としている。
であれば、魔法を使おうとしてくるのは、必然であった。
ダ・ローオ、その威力は先ほど見たばっかだ。
だから、デリックにも、これがまずいと言う事は分かっている。
しかし、彼は、そこから動かなかった。
動けば、ディラン達のもとへ、行ってしまうからだ。
そして、さらに言えば、それをする必要がなかった。
何故ならば。
「──ナゴ・ザ・ゲルン!」
セオドルが、いるからだ。
さながら、先ほどの再現とでも言うかのように、地面から突き出た土の棘は、ガングラティの腕を天に弾いた。
そして、発動した、「ダ・ローオ」は、のろしの様に上空に上がって、あたり一帯を照らした。




