二十七話 大精霊討伐1/6-②
魔法には、四つの階級がある。
ガ級、ザ級、ダ級、バ級。
そうランク付けされるこれらではあるが、実際に人間が使用できるのは、ダ級までと言ってもいいだろう。
では、バ級を使えるのは?
大精霊である。
七賢者であれば、人生の中で数発撃てるかもしれない。
そんな代物を、大精霊は魔力ある限り、基本的に何度でも打てる。
そう、魔力ある限りだ。
ただ、何故、龍脈に根をおろし、無尽蔵の魔力のしようが可能な大精霊にそんな表現が使われるのかと言えば、それはやはり、バ級の魔法と言うのは一発撃つだけで、その間に供給していた魔力の大半を使い果たしてしまうほどのものだからだ。
魔力を供給して溜めている、いわばバッテリーのような機関を一瞬で空にする。
それだけの威力が、この魔法にはあった。
そんな魔法が正面からぶつかる。
と、なればどうだろうか。
答えは簡単だった。
「「──キユケ・バ・ローオッ!」」
向かい合う大精霊、そんな彼女らの突き出す手のひらには、火球が現れる。
一メールを優に超えるそれを、両者は圧縮し、十セリオ代まで抑える。
そして、それは瞬く間に、手から離れ空中でぶつかった。
「──伏せろォオ!!」
ディランの口から、そんな声が放たれたとき、二つの球体はぶつかり──
──眩い光と共に、爆発した。
瞬間、全身を包む熱と衝撃。
気付いた時には、背中に衝撃を感じ、血を吐いていた。
「──かはっ!?」
セオドルは、わけもわからず、空気を吐き出してしまった肺に酸素を送る。
そして同時に理解した。その魔法の威力を。
(二つ消費した……!?)
それは、体に書かれた衝撃耐性を付けるための護符に関係したことだった。
皆の背中に、書かれたそれは皆一様に翼を模したものだった。
左右に伸びる鳥の前足の骨のような形の墨に、さらにそこから風切のように上から下に降りる線が、右三、そして左も同様に三書かれていた。
初列も次列もないそれだが、その見た目は、まるで広げた鳥の羽のようであった。
もし、鳥の羽根にも骨があったのなら、こんな形をしていただろう。
ただ、その見た目は、意味のあるものだ。
左右に連なる計六本の縦線は、衝撃を緩和できる回数を意味していた。
一回に付き、恐らくこの前遭遇した紫電猪の強力な一撃を難なく防げるくらいだろう。
もし、それを消費させるのならば、あの時のディランの攻撃でも足りないだろう。
そんな代物だった。
そして、改めて言おう。
そんなものが、直撃すらしていなく、余波で吹き飛ばされただけで二つ消費した。
そのうえで、殺しきれない衝撃は、セオドルに血を吐かせる結果となった。
はっきり言って、異常と言うべきしかない威力であった。
「けほっ、けほっ」
六つの内の二つそれが消えた意味を一瞬で理解したセオドルであったが、それでも、何があった、そう思ったときには、あたりの木々が燃えていた。
いや、黒く焦げて、衝撃を強く受けたのか、半ばで折れていた。
幸い、水分を含まれているだろうから、燃え移る可能性は低いだろうが。
ただ、セオドルがそんな思考に耽っている間に、ディランはすでに動いていた。
一瞬。
一瞬だ。
瞬きをする間に、彼は金髪を揺らすエーリューへ接近して、剣を抜いていた。
「ちっ、今首いったろ?」
剣を振りぬいたディランは、未だ繋がっている大精霊の首を見て悪態をつく。
確かに、セオドルの目にも、ディランがエーリューの首をはねたかに見えた。
だが、相手は大精霊だ、そう簡単に首はくれない。
「なに?おまえ──?」
ディランを始めて認識したかのような顔を見せた彼女は、問おうとして口を閉じた。
くぐもった表情を見せて、ディランを睨んだ。
そして、その表情の意味が遅れて分かる。
彼女の髪がはらりと落ちたのの。
ほんの二、三本、そんなわずかなものではあったが、曲がりなりにも大精霊エーリューに太刀が届いたと言えなくもなかった。
ものの数秒、その短い間で、表情を二度変えたエーリューだったが、初めてエインセル以外を敵として排除しようとして──
「よそ見はダメだよ!大精霊さんッ!」
背後からのシエンナの攻撃にわずかに反応が遅れた。
奇襲、そんな言葉が似あうような、世界有数のおとりである剣聖を使った死角からの攻撃。
だが、それでも、すべての魔法が使えると言わしめるほどの存在だ、対処できなわけがない。
「ダ・グリュプ」
攻撃を躱しつつ、彼女はシエンナの懐に手を充てるようにして魔法を発動した。
シエンナは躱しきれずに、魔法をその身に受ける。
簡単な風魔法、だが、大精霊の撃つそれは彼女にダメージを与えるのは造作もない事であった。
短く悲鳴を上げた彼女は、若干の血を散らしながら吹き飛んだ。
だが、それと同時に、デリックはエーリューに接近し、剣を振り上げていた。
他二人の超人的なスピードがないまでも、彼は仲間との連携を上手くすることで、それを埋めていた。
ただ、それも防がれようとして、サポートが入る。
「サカル・ダ・ブラト」
「ナゴ・ザ・ゲルン」
青魔法を発動しようとするエーリューに足して、エインセルはすかさず黄色魔法を地面を利用して発動する。
地面から針のように隆起した土が、魔法を発動しようとしていたエーリューの腕を上方に弾いた。
そして、次の瞬間には、天に向けられたエーリューの手から冷気が噴射した。
ダ級であったために、威力が強くまるで吹雪。いや、それ以上の何かが空へと放たれた。
上方へ向けられようとも威力は高く、直撃どころか、攻撃とは反対側にいたデリックではあったが、吹き飛ばされるようにして後退した。
これが、もし、デリックに直撃していたと考えれば、恐ろしい。
そんな、考えを誰もがした。
いや、そうでなくとも、地面に向けられていたのなら、ここら一帯は雪国の様になったいただろう。
そして、直撃した場所は、凍らせた川の様になってしまっていたに違いない。
それを考えると、この一瞬の間に下したエインセルの判断は正解であった。
デリックへの被害を考えてのザ級ではあったものの、その魔法の規模の低さと地面を利用した発動のおかげで、ほぼ同時とは言え遅れて詠唱したのにも関わらず先に発動できたとも言えた。
ただ、やはり、エーリューとしては期待はずれも甚だしかったのだろう。
やや、冷気が残る空気に白いため息を漏らした。
「エインセル。貴方、私を嘗め過ぎてない?こんな程度の人間を集めて、まさか、私を殺そうと何て思ってないでしょうね?」
この程度、そう言われても仕方がなかった。
今までの戦闘を見れば、ディランがやっと剣を届かせただけ、不意打ちをしたシエンナはもろに攻撃を受けて、デリックに至ってはエインセルに助けてもらっている。
そんな、人間たちで、もし大精霊を倒すと言うなら笑ってしまう。
ただ、エーリューにとってはそんな冗談面白くもなんともなかった。
「もう、いいや。もう大体わかったし。マシなのはそこのおっさんだけ。死んでくれていいよ」
金髪の大精霊は、髪を揺らしてそう言った。
つまらない。
そう言いたそうに。
そして、彼女は大精霊の固有能力とも言える『理力』を発動した。
「【理力】・シヤア・ガングレ──」
いや、発動しようとした。
「あ──?」
代わりに出たのは疑問の声。
分からなかったのだ。
知らぬ間に、頬に一筋の傷がつけられていた。
横に伸びた、それでも小さな傷から血が垂れた。
そして、声を聞いた。
「上手くいかないなぁ……」
そんな、間の抜けた声を。
ロプトに皆が集まり、戦力の把握を行った。
そこで、ディランはこういった。
「え?は?おい、ちょっと待て。おい!エインセル!?どうなってやがる!?お前、こいつが小さいころから特訓つけてやったって言ってなかったか!?」
当のセオドルは、地面に打ち付けた顔をさすっていたが、ディランはそれどころではなかった。
そもそも、おかしいのだ。
エインセルは確かに、セオドルには特訓を付けたと言っていた。
それは、子供のころからずっと。
そして、それは、ディランにもわかった。
構えた時の異様にきれいな、重心のぶれないセオドルを見て、素直に称賛したものだった。
ウザいほど、エインセルが自慢してくるわけだと、納得もした。
ただ、そんな特訓の成果が見れると思った矢先にセオドルは、間抜けにも転んだ。
たまたま、とか、失敗とかでは明らかにない。
「おかしいな」みたいな顔はしていたのだが、それでも、いつもうまくできているのにと言った様子ではなかったのだ。
しかし、大精霊討伐前だ。
ただでさえ、脅威をしっかりと認識しているのかすら分からないセオドルという不安要素に、これ以上変なことを言って不調にはさせたくなかった。
そう考えて、ディランはエインセルをひっぱって言った。
そして、二人きりになってからやっと聞いた。
「おい、あれはどうなってる?」
「どうなってるとは?」
ディランはエインセルに問い詰めるも、まるで心当たりがないとばかりに首を傾げられる。
「わかるだろ。あの動き。地面を蹴った瞬間に、剣を振るなんて戦力にならないレベルだろ。超高速で動くならともかく、あの速度であの動き……おい、まさか?」
ディランは何かに思い至ったようにエインセルに言った。
「私が、人間に勝つための剣を教えるはずもないでしょう。見据える相手は大精霊です。超高速で動くなら、蹴った瞬間に腕を振らなきゃ、当たらないでしょう。魔法で限界まで身体能力を上げても動体視力なんかはセオには無理ですしね」
もしかしなくても、エインセルはセオドルに、魔法を使ってスピードを強化したうえで、剣を持たせる気だろう。
確かに、大精霊相手には、それくらいやらなきゃ敵わないだろうが。
「でも、本当に出来る気でいるのか?」
「当たり前ですよ。その為に、今まで彼に教えてきたのですから」
「そのための、あの異様にきれいな構えか。……でも、言うは易しだぞ」
「わかってますよ。でも、セオになら出来ます」
無理だ。出来ない。
そう思うほどの所業。
どんなに、早く足を動かせようとも、足が沈む前にもう片方の足を出せようとも水の上をぶっつけ本番で走ることはできないように。
「もしできるとして」とディランは言った。
「アイツが小説の主人公なら感情移入は出来ねぇな」
「感情移入?英雄譚に出てくる英雄という名の人智を超えた天才に感情移入する人間がいるとでも?」
エインセルはそう返した。
ディランは内心「するだろ」と思ったが、小説の主人公程度で出来ないと言った手前、そうは言わなかった。




