二十六話 大精霊討伐1/6-①
大精霊討伐に際して、一番の問題は「結解」であった。
それに対して説明が行われたのは、ロプトを出る前に行われた作戦の確認でだった。
「まず、だが、俺は未だ聖域を確認していない」
そんなことを言うのは、ディランさん。
「いや、場所自体は、特定が済んでるんだが、やはり「結解」と言うものはどうしても人間には視認できない」
そして、そう付け加えられる。
人間には、視認できない。
そう言ったことは、実際にエインセルがいて身近に「結解」があったボクにはよくわかることだ。
実際、エインセルと契約した日には、「結解」の有無など気付くことなど出来ていなかった。
それに、気付くことが出来るのは、恐らく触れてからだろう。
「それ自体は、仕方のない話です。かく言う私も、確認するのは相当近づかなければなりません」
そう言うのは、エインセルであった。
唯一、この中で「結解」を正確に認識できる彼女だが、ボクが魔力供給を行っている現状では、その能力は制限されている。
「近づくってもどれくらいだ?」
「三十メールくらいでしょうか」
「そりゃ、きちーな」
エインセルの予想を聞いて、苦悶の表情をディランさんは漏らした。
そうして、懸念を口に出した。
「そうなるとどうしても、エインセルを先頭に立てなきゃならない。まあ、結解に入るまでは、エーリューとの遭遇も、眷属との戦闘もないが、それでも、魔物がいることを考えるとめんどくせぇ。下手に、俺がエインセルの前を歩いても、致命的なダメージを受けかねないしな」
エインセルは、接近戦もできる。
とは言え、程度はしれている。彼女の本職は魔法だ。体術ではない。
聖域に向かう際に通ると言う、レターバの森の魔物も強いと聞くし、下手に消耗をしないようにしたいのは皆の意見ではあるのだが、そうもいかなかった。
例えば、ディランさんが言ったようにして、先頭を行ったとして、視認できない結解に少しでもぶつかってしまえば、いくら剣聖と言えど少しの怪我では済まない。
これから、大精霊を倒すとなれば、それは避けるべきだろう。
「とは言え、ギリギリまで近づかなければいけないと言う制限はありますが、私が大精霊である以上結解の一時的無効化をする術もあります。まあ、理はこちらにあります」
エインセルは、それでもこちらに理があると言った。
確かに、近くまで行かなければ、視認できないものの、全くの損失なしに、絶対の鉄壁を素通りできると考えればいい物だろう。
さらに言えば、数百年も来客の来ないような場所に乗り込むと考えれば奇襲の効果も少なからずあるだろう。
そう考えれば、その程度のことはデメリットとも言えなかった。
「それに、結解に入らなければ、彼方が攻撃することも気付かれることもないと考えれば、こちらのタイミングで始められるとも考えられますしね」
エインセルはそう言った。
そうした作戦を元に、ボクたちは目的地である聖域があるというレターバの森に来ていた。
長旅のまま来たのではなく、一度村を経由して、休憩をとり支度をしたおかげで最高のコンディションと言えた。
支度については、完全に必要なものだけをもってきたおかげか、戦うのに最適な状態にあると思う。
そう言った面でも、村に荷物を置くことが出来るのは大きな要素であった。
「それにしても、鎧とか着る必要なくてよかったよ」
ボクは、森を歩きながら、そう漏らした。
自分の姿を見下ろせば、動くのに適した服ではあるが、それでもフルメイルなんてことはなかった。
「まあ、今回は大精霊が相手だしな。鎧なんてあってない様なもんだ。一発当てられれば、致命傷だ。だったら、軽くして攻撃が当たらないように逃げた方が良い」
ディランさんは、ボクの言葉にそう言って返す。
「それに、俺たちには、鎧なんかより強力な護符がある」
確かにその通りだと、ボクは同意する。
大精霊エーリューの『理力』、そのうちの一つである「空腹」を促す力に対しての対抗策としての護符はすでに話に出ていた。
だが、護符と言うのはそれだけではないのだ。
護符と言うのは、大抵は紙に書いて力を付与するのもだ。
その大抵は、何かに対抗するような力である。
耐性をつけると言った方がいいか。
先ほどの護符で言えば、空腹への耐性を持っていると言える。
そして、ボクたちが、それ以外に用意したのは、衝撃を緩和する護符だ。
対衝撃、そんな言葉が似合いそうな護符をボクたちは身に着けていた。
「まあ、これを護符と言っていいかは別だがな」
ディランさんは、そう言うと自身の背中を指すように言った。
「確かに、空腹に対しての護符は紙に書かれたものだからともかく、こっちに衝撃緩和の方は直接体に書いてもらったからね」
そうして、ボクも同意した。
と言うのも、本来護符と言うのは、紙などの、無機物に対して術を掛けたものを言うのだが、ボクたちの衝撃緩和のためのものは直接肌に書かれていた。
正直、これにはリスクも伴う方法ではあったのだが、それでも、大精霊討伐をすると言う事で、止む追えずすることとなったのだ。
思い出すと、少し恥ずかしくもあるけど。
身体に書くと言う事は、一度服を脱ぐということであるし、それにボクたちに書いてくれたのは女の人だったから余計にそう思った。
まあ、背中に書いてもらったおかげで、顔を見る必要がなかったことが救いだけど。
そんなことを思っていると、ディランさんが再び口を開いた。
今度は皆に聞こえるようにだ。
「よし!恐らく、聖域はそろそろだろう。結解に入らなければ、戦闘の問題もないが、魔物もいる。ここらで気を引き締めていこうか」
その言葉に、ボクたちは頷いた。
そして、暫くボクたちは歩いた。
途中で出てくる魔物は手早く倒して進んでいた。
エインセルのいた聖域と比べると魔物の数が多いような気がするが、立地の問題だろうか。
そして、そうこうしている内に思わぬ出来事が起きた。
結解を知覚できるのはエインセルだけであるために、彼女を先頭にして進んでいたボクであったが、次の瞬間には大きく目を見開いていた。
ディランさんがここにいなければ多くの被害が出ていただろう。
そう思うほどに、それは鋭く速い一撃であった。
ボクが、それを認識したのはディランさんが剣で攻撃を受け止めてからだった。
「くっそ、何でいんだよッ!」
火花が散り、ディランさんは悪態をついた。
それでも、ここにいる誰もが同じ気持ちであったことは確かであろう。
皆が見据える先には、使用人服にヘルムを被った剣を持った人型。
それはまさしく、大精霊エーリューの眷属の一体であったのだから。
「結解はまだのはず。いや、そもそも張ってすら──」
エインセルは、そんな声を漏らす。
結解を認識できるはずの彼女が、それを見逃すはずもない。
そして何かに思い至った様子を見せた。
「エインセル!今はいい!とにかく俺たち全員を飛ばせ!この状況なら奴がどこにいるか見当がつくだろ。一体がここにいる今、あっちには残っていても魔法師の方の一体だけのはずだ!今すぐ叩くぞ!」
ディランさんは声を上げる。
確かに、彼の言うとおりだ。
恐らく剣士の方であろう眷属はここにいる、となれば、大精霊のもとにいるのは控えていても後魔法師の方だけだ。
それに、眷属を使用できる範囲を考えれば、大体の位置は特定できるだろう。
そして、言われるまでもなくエインセルはすでに魔法を詠唱していた。
「テテム・ダ・グリュプ」
エインセルの声に反応して発動したのは、緑魔法。
そして、それは風のような性質を纏い、ボクたちを包むようにして覆った。
「ダ・グリュプ!」
そして、彼女続けざまに地面に向けて撃った魔法の反動でボクは飛ばされるようにしてその場を移動した。
空を飛ぶなんて、そんなものではなく、地面添うようにして、体に横方向から衝撃が襲った。
そんな衝撃に反射的に目を閉じるまでもなく、ボクの視界は暗く染まった。
意識が飛んで少し、全身の痛みにセオドルは意識を覚醒させる。
そうして、目を開けてみれば、セオドルたちは地面に転がされていることに気付いた。
いや、正確に言えば、ディランとシエンナは地面に転がることなく、片膝をついていただけだったが。
恐らく、先ほどの魔法による移動は成功したのだろう。
今いるのは、森の奥にある開けた一角。
エインセルの、聖域の規模から推測すれば、恐らくここに目的の大精霊がいるのだろう。
そんな光景に呆けていたセオドルだったが、その思考に割りいるようにして、甲高い声が聞こえた。
「くすっ、アハハハハ!」
狂気的でありながら、格を保つ不思議な笑い声。
それが、木霊し、森がわずかに騒がしくなり、また静まった。
きっとあれが、大精霊何だろう。
そうセオドルにですらわかるようなそれがそこにいた。
輝くような、それでいて夜に浮かぶ月のような落ち着いた金の髪を揺らして、宝石のような真っ赤な瞳を灯している。
肢体は透き通るようで、長く、繊細で、その身を隠す夜を布にして頭から被ったような貫頭衣はひらりと舞う。
きっと、エインセルは聖域にいた時随分と自分に加減してくれていたのだろう。
そう、分かってしまうほどに、セオドルにとって、目の前のそれは脅威であった。
「大精霊エインセルともあろう貴方が、地を這うなんて、落ちたものね」
その金色の少女の見た目をしたそれは、他の者など見えてないかのようにただ一点、エインセルを見てそう言った。
それは侮蔑か呆れか、今しがた初対面を終えたセオドルにとっては、判断できぬことであった。
だが、それでも、エインセル以外の、メンバー誰一人として、あの金色の大精霊の眼中にはないと言う事がわかってしまった。
「結解を解除して、こちらをまんまと巣の中まで誘い込みましたか。ですが、どうして、来るとわかったんですか?エーリュー」
その言葉には、疑問が色濃く出ていた。
結解を意識していたこちらに対して、あえてそれを解除し、眷属の使える空間までおびき寄せる。
それは分かる。
が、そもそも、何故こちらの接近に気付けたのだろうか。
外部からの侵入者の感知は、結解に触れてから初めて出来る事であり、この結果は有り得ない。
「答えるとでも?」
ただ、侮るような、笑みをたたえてそう返した。
「じゃあいいです。死んでください」
「そっちが死ね」
エインセルの言葉に、エーリューが短く返した。
相反する二人の、言葉。
ただ、次の瞬間においては、行動が重なることとなる。
「「──キユケ・バ・ローオッ!」」
それぞれが突き出した手から放たれる魔法は、真っ向からぶつかり多大な衝撃を生んだ。




