二十四話 村まで
ロプトの街から少し、広大な平原の一角、そこには魔物が跋扈する群生地とも言えるような場所がある。
いや、一角と言うには広すぎるかもしれない。
その領域は、街程度ならいくつか入るほどのものであり、地図にも記載されるほどのものだった。
そして、そんなところを迂回して進むにしても、群れなどからはぐれ、単独で少し離れた場所まで出てくる魔物は少なからずいる。
そのため、それを上手く回避する術をもつ商人はともかく、知識のない旅人などが群生地をよけようと迂回しても多くの犠牲を払うことになる。
そして、それは、大精霊討伐に向かうボクたちにとっては悪手である。
強力な敵だ、少しでも力を温存して、消耗を避けたいところである。
そう言った考えがあって、恐らくディランさんは少し多めに対価を払ってでも、このジェイコブと言う商人に乗せてもらえるように頼んだのだろう。
この馬車に乗せてもらうと言う行為には、ただの移動手段と言うこと以上に意味が込められていた。
ただ、このルートを知っていて、いくら魔物と遭遇しないようと心がけても、遭遇するときは遭遇する。
そして、今馬車の進行方向に現れたイノシシのような魔物もそのうちの一体だった。
その体躯は優に三メールは超えている。
「取りあえず、俺がやる。消耗は控えたいからな」
そう言って彼は、馬車の荷台から降りて魔物を見据えた。
腰には剣が掛けられている。
「フェイス。他に近づいて来る様子はないですか?」
「はい。あの一匹だけだと思います。ですが、あれは……前に見たグレイボアではないようですが」
念のためと、エインセルはフェイスにあたりを確認させる。
こういった能力はフェイスの方が高い。
そして、ボクは二人の会話に口を挟む。
「あれは、たしか、紫電猪とか言ったような気がしたけど」
ボクは、本で見た内容を思い出す。
「でも、強い個体が多くてあまりいないとも聞くなぁ」
「あっ、私も聞いたことある」
ボクの言葉に反応して、シエンナが言う。
「紫電猪は毛皮が頑丈で、なかなか攻撃が通らないとも聞くけど。でも、確か最大の特徴は、電撃による攻撃だったかな」
ボクは、そんなおぼろげな情報を頼りに、紫電猪を観察してみる。
すると、毛皮の表面で何かがはじけるのが見えた。
あれがきっと、名前の由来にまでなっている電気なのだろう。
全身に纏うようにして生えた毛皮は、紫電を纏いバチバチと音を鳴らしていた。
そして、それが次第に大きくなる。
恐らく、目の前に立つディランさんのことを敵だと認識したのだろう。
その紫の閃光が増していき、それは体の隅々から集められるようにして、上に移動し集まっていく。
大体、紫電猪の背中のあたりと言えばいいのだろうか、そこから、空気中に紫電が漏れ出し形を作る。
四つの球体。
紫に輝きながら、今もなお細かくはじけている。
そんなものが、宙に浮くようにして、紫電猪から後光が射すかのようにきれいに配列された。
いわゆる「雷鼓」と本などでは説明されている物だ。
それが、この魔物の最大の特徴と言ってもいい場所であった。
「おお、凄いですねぇ!まさか、ディランさんが戦っている所まで拝見させていただけるとは!」
そして、そんな光景を見て、ひとり高々に声を上げるのは、ボクたちを運ぶ商人である、ジェイコブであった。
確かに剣聖の腕前何てめったに見れるものではないからそれも仕方がなく思えた。
でも、そんな興奮気味な言葉を吐きながらも、心配そうな声をこの男は漏らした。
「ですが、大丈夫なのでしょうか。私はこと戦闘面における分野には疎いのですが、あの魔物は遭遇したら終わり何て我々の同業の中では有名なものの類です。私もいざディランさんが戦うとなれば、いけるんじゃないかと思いましたが、実際にあの紫電猪の姿を見ると……」
今までは、遭遇したら終わりなどと言われる魔物だ、遭遇などしたことがなかったのだろう。
いや、遭遇したとして、ろくに観察することなく、その場を逃げるように離れるのが普通だ。
だから、きっと、彼は、初めてあの魔物が強力な紫電を纏うところを見たのだろう。
ディランさんは強い、そんなことを理解していても今実感できる恐怖の中では、あの目の前の魔物がすべてであるのだ。
で、あれば、疑問を抱いても仕方がなかった。
今やっと、紫電猪の戦闘態勢である、あの姿を見たこのジェイコブと言う男は、未だディランさんが剣を抜いたところすら見ていなかったのだから。
でも、そんな心配を否定するように口を開いたものがいた。
「あの人は、あの程度の魔物に負けねぇよ」
デリックであった。
そして、彼が言う言葉に不思議と説得力があり、ジェイコブはすんなりと納得したように見せた。
「まあ、見てりゃ、すぐにわかるがな」
そうデリックが言うと、ジェイコブの視線は再び、ディランさんに向いた。
彼は、腰に挿した剣の柄を軽く押さえていた。
対する紫電猪はその大きな鼻から蒸気のような息を出す。
そして、次の瞬間だった。
紫電猪が、宙に浮く電気の球を輝かせ、地面を前足で蹴ろうとした時、ディランさんの剣が降りぬかれた。
否、降りぬかれていた。
居合から放たれた一撃、それは風を切る様に進み、ボクが知覚したときには空を割くような音と共に、紫電猪を両断していた。
紫電猪が、倒れるとともに、まるで雷が落ちたかのように、紫電は漏電し地面を打ち付けるようにして駆け巡った。
その様子を見た剣聖は、ゆっくりとした動作で剣を鞘に納めた。
「こりゃ、たまげた!傷一つつかないと思っていた毛皮は愚か両断してしまうとは!」
そんな様子を見て、ジェイコブは感嘆の意を漏らした。
そして、戻って来たディランさんは、その言葉に対して何でもないかのように言った。
「これくらいのことなら、剣の腕が上から七本に収まんなくたって出来るさ」
「いやいや、斬る云々はともかく今のは剣聖以外には出来ないよ」
そして、そんな謙遜ともとれる言葉に、シエンナはそう言った。
「シエンナ、お前だってやろうと思えばできるだろうが」
「ポテンシャルで言えば出来るかもね。でも、あそこまでを、それも実践で使える段階にまで持ってくのは無理!」
ディランさんの言葉をまたもや否定し、シエンナはそう言った。
それでも、ここにいるディランさんとシエンナ以外のメンバーは、真似しようと思えばできると言う事に対して十分に驚いていた。
そして、そんなやり取りをして数日、ボクたちは目的地である村が見える所まで来ていた。
「それにしても助かりましたね。元々予定していた地点より多く荷馬車に乗せてもらえるとは」
エインセルはそんなことを言った。
と言うのも、ボクたちは彼女の言う通り、本来乗せてもらう手筈になっていた距離より多く乗せてもらっていたのだ。
それは、ひとえにジェイコブさんの気遣いのおかげでもあった。
本来、行き先が分かれる地点でなく、もうすこしボクたちに付き合うようにして余分に送ってくれたのだ。
「そのおかげで、日が暮れる前に村に着きそうだしてね」
馬車があった時は比較的野営もしやすかったけど、今は徒歩だし、あまり消耗品を使いたくない。
そんな思いもあって同意した。
そうして少し、ボクたちは村に着いた。
「ようこそお越しくださいました」
そんな声を聞いて、ボクたちは村の門をくぐった。
事前に、ディランさんが話をつけていたおかげで、特に滞りなく物事を進めることが出来た。
どうやら、一度聖域の場所の特定のために、ここに立ち寄ったときに話していたようだ。
「では、案内はこのアリアに」
村の案内に当たって、一人の少女が紹介された。
アリアと呼ばれた少女は前にでて自己紹介をした。
「この村で巫女をしております。アリア・ズニルです。皆様の案内をさせて頂きます」
少女が、お辞儀をすると後ろでまとめられた赤毛が揺れた。
そんなところに、ボクが気を取られていると、エインセルはボソリと呟いた。
「スニル……?」
それは、彼女の苗字であった。
どこか気になる点でもあったのか、聞こうとしてその前にアリアが答えた。
「確かに珍しく感じられるかもしれませんね。村出身でありながら苗字をもっているのは。巫女である私どもには、代々受け継がれた苗字があるのです」
彼女はそう答えた。
でも、エインセルはそんなこと知っているだろう。
他ならぬ、フェイスと言う巫女が使える存在であるのが彼女なのだから。
ただ、これ以上、エインセルも言及しないのか、話は進んでいった。
「──そして、こちらが井戸になります。利用は自由にしてくれて構いません。質問はありますか?なければ、最後に皆さまがお泊りになられる部屋に案内しますが」
「ああ、頼む」
アリアの言葉に、ディランさんが頷く。
すると、アリアはボクたちを引き連れるように歩き出した。
とは言っても、所詮は村だ。特に広いわけではない。
すぐに、目的の場所までつく。
「こちらになります」
そう言って、彼女が指を指したのは家屋であった。
普通の一軒家のようではあるが。
「おい、いいのか?」
「と、言いますと?」
ディランさんが案内された場所を見て言う。
それに、アリアは首を傾げるが。
「俺は、納屋でも馬屋でもいいと言っていたはずだ。剣聖だからと言って特別な対応をする必要はない」
ディランさんはそう言った。
立場を利用して好き勝手はしたくないのだろう。
「いえ、むしろこのような場所で申し訳ないと思っているほどで……。それにこの家は、少し前に村を出て言ったものが使っていた家で今は利用されていないのです」
アリアは申し訳なさそうに謝ったあと、事情を説明した。
「わかった。そう言う事なら使わせてもらう。ああ、それと、飯は出さなくていいからな」
ディランさんは、アリアの説明に満足したのか、そう言った。
「わかりました。それでは私はこれで。何かありましたら、先ほど言った場所に来ていただけましたらお話を聞けますので」
そう言って去っていった。
そんな、後ろ姿を見たボクたちは、使わせてもらうことになった一軒家に入ることにした。




