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二十二話 大精霊討伐に向けて④


 木刀の打ち合う音がする。

 軽快な短剣の音と、流れるような槍の音。


 それを、聞きながらデリックは、地面を見つめていた。


 今現在、昨日戦力の把握のために、試合などをした場所で、シエンナとフェイスが打ち合っていた。

 先ほどまで、エインセルもいたのだが今はいない。


「いやぁ、真面目だねぇ」


 そうこうしていると、ひと段落着いたのか、シエンナがデリックのもとに来てそんなことを言った。

 フェイスのことだろう。

 模擬戦が終わった後も、ひたすら剣を振っている。


「まあ、坊ちゃんより、剣はあれだけど、そもそも彼女の本領はこっちじゃないんだけどね」

「それでも、エインセルとセオドルのために、少しでも力をつけたいんだろ」


 デリックは思考を打ち止めてそう言った。

 彼女は存外真面目で、デリックはそれを知っている。

 そして、そのエネルギーが、セオドルとエインセルから来てるのも。


「ほうほう。俺は分かってるぜ、アピールですか」

「あ?」


 めんどくさい絡み方をしてきた、シエンナを軽くにらむ。


「怒んないでよ。私も存外焦ってて、ちょっとあたりが強くなっちゃったんだよ」


 シエンナは柄にもなくそう言った。


「ほら、セオドルくん、やばそうでしょ。昨日から元気ないし」

「まあな」


 そりゃ、あんなに外に感情が駄々洩れてたらそうだろうと、デリックは思う。


「最悪の場合、討伐取り消しとかもあり得るだろうし。彼とエインちゃんが発起人みたいなものだし。それに、私がディランさんなら連れてかないしね」


 焦るとはこのことだろう。

 大精霊と戦えない。

 それに関して彼女は焦っているのだ。

 デリックは異常だと彼女を見る。

 

「まあ、戦闘中に心ここにあらずって感じじゃ死ぬだろうしな」

「それでも、昨日ディランさんと話して帰ってくる前までよりはマシな感じだけどね」


 大精霊についての考えの甘さを自覚できただけで、まあ、良い方なんだろう。

 そう言った彼女は、きっと、ディランと同じく、不安要素として思うところがあったのだろう。


「で、彼は、ディランさんになんて言われたの?」

「なんで俺が」

「どうせ知ってるんでしょ。しかも何かして、失敗した。坊ちゃんにしては、珍しく友達のために頑張ったみたいだけどね」


 こいつはどこまで勘が良いのかと、デリックは考える。

 デリックがディランから話を聞いたことはともかく、セオドルにいろいろ言って結局失敗したことまで。


「なんで、失敗したことまで知ってんだよ?」

「そりゃ、凡人の坊ちゃんに、天才の気持なんか分からないだろうと思って」

「どういう意味だよ」

「所詮、エインちゃんの説得に失敗して部屋に突撃させちゃうくらいのやつってこと。」


 うぐっと彼は漏らした。


「でも、きっと彼の恐れるところは、相手に許されないと言う事だよ。それなら、すべてを許す大精霊様が適任なんじゃないかな」


 シエンナは空を見てそう言った。







 ボクはエインセルにすべてを話した。

 ディランさんに言われて、大精霊の恐ろしさが現実味を帯びてきて、ボクは足がすくんでしまった。

 怖いと思ってしまった。


 そう言った。


「一つ言っておきますね」


 彼女は黙って話を聞いた後に、そう言った。


「セオ。私はこの世の誰よりも何よりもあなたが好きです。だから、貴方のために死ねるのなら本望です」


 死ねるのなら、本望。

 彼女はそう言った。

 なによりもボクが恐れたそれを、彼女は望んですると言った。


「何なら、大精霊討伐をやめてもいいですよ。「大精霊の業」により、縛られているのは、“三つ、契約者の変更はしてはならない”それだけです。であれば、契約を破棄すれば、私が死ぬだけで済むでしょう」


 彼女は淡々と、ボクに説明した。


「ああ、シエンナさん辺りは、やめると言ったら、怒りそうですね。そちらは契約を切る前に対処させて頂くことになるでしょうが」


 彼女は笑った。


 いつもそうだ。


 エインセルは、ボクを励ますためにいつも笑う。

 それに、ボクは助けられてきた。


「それか、貴方が良いのなら五年の間だけ、ひっそりと暮らしましょう。きっと楽しくてすぐに終わってしまうでしょうが、私はそれだけで幸せです」


 彼女が言っていることが分からない。

 それなのに、その光景がボクの中で鮮明に浮かぶ。

 自分でも何度も考えたその考えは、すでに脳に焼き付いている。


「セオ、私は、どちらでもいいんです。貴方が、幸せなら。てっきり私は同じ思いだと、自分の考えを押し付けていただけであなたが悪い事なんてありません。ましてや裏切られたなどと、思うわけがないじゃないですか」


 彼女のアイスブルーの瞳と目が合う。


「たとえそれが死ぬことだとしても、好きな人がしたいことが出来るなら、これ以上の喜びはありませんよ」


 頭を撫でられる。

 聖域ではいつもこうしてくれた。


「貴方が、あの日言ってくれたことはよく覚えてます。好きだから罪を犯してまで私と契約してくれた。それなら、私だって何でもしますよ」


「好きだから」そう彼女は続けた。






 ボクは夕食時の少し前、一階の食堂に来ていた。

 その中でも、ボクが向かったのは、カウンター席だった。

 基本的に、旅をするような人たちや、商売をしに来る人たちは大人数である。

 そのため、手前側はテーブルが立ち並び、カウンターは申し訳程度に入り口から一番遠くにあった。


 そこに、ちょこんと座る、大きな背中を見つける。


「ん?どうした。セオドル」


 その人影は、酒を片手に一人寂しく座っていた。


「ちょっと、ディランさんに話があって」


 ボクはそう言った。

 その男──ディラン・ブラントに話があってボクは来たのだ。

 ちなみに、時間帯は彼が、来る時間を見計らってのことだった。


「ん、どうした?覚悟は決まったか。てっきり、エインセルがお前んとこ言ったって聞いたときは、今回の件を諦めるなんて言い出すと思ってたんだが、その様子じゃちげぇみたいだな」


 ボクの、顔をちらりと見た彼は言った。

「まあ、座れよ」と言われて、ボクは飲み物を頼んだ。


「で、どうなんだ」

「まだ、決まってないよ」

「そうか」


 彼なら、ボクの表情でも見て、分かっていたのだろう。

 つまらなそうに、そう返した。


「でも、聞きたいことがあるんだ」


 ボクは、そう切り出した。


「なんだ?覚悟の詳細か?悪いがあれ以上の説明は学のない俺にはできないぞ」

「違うよ。ボクが知りたいのは、ディランさんの理由だよ」


 理由。

 それが指すのは一つ、覚悟だ。


「俺のを聞いてどうすんだ?参考にでもすんのか?」


 茶化すように、彼は言う。

 酒には弱いのだろうか。

 あってまだ日は経ってないが、適当ではあるが、ここまでの人ではなかったような気がする。


「うん。そんなところかな。それと、ディランさんが、仲間に覚悟があるか問うたように、ボクにもそれをする権利があると思うんだ」

 

「ふん。まあ、いいか」そんな風に言って、彼は飲んだ酒が入っていた器をカウンターに置いた。


「俺の理由は、簡単だ。リスクがリターンなんだよ」


 ボクは、首を傾げる。


「戦いそのものが目的ってわけだ。まあ、俺は、もともと、剣が好きだったわけじゃねぇが、それでも、嫌々でも続けているうちに剣聖なんてものになっちまった。……いや、昔は好きだったな。とにかく、続けてるうちに飽きるような、その程度のことだったんだ。俺にとっての剣は」


 剣聖の剣に対しての向き合い方。

 そう考えると、ボクが想像していた物がもっと厳格なものであっただけに、その答えは意外だった。

 剣聖は剣が好き。

 そんな、個体観念を持っていた。


「ただな。それも、人間勝てると嬉しいんだ。興味がなくても、そこに付属する優越感には勝てない。でも、それも簡単すぎれば飽きてくんだよ。そうすると、強い奴と戦いたいと思うようになるわけだ」


 強い敵を求めて、剣を振るう。

 よくある話ではある。


「じゃあ、俺みたいな剣聖は、自分より強い奴と戦うにはどうすればいい?同じ剣聖と戦おうにも、それも禁止されている状態で」

「だから、大精霊」

「そうだ。知ってるか?剣神と謳われた、存在は実のところ大精霊の内の一柱なんて話もあるんだぜ。エーリューの話を聞けば、剣なんか使わないことくらいは分かるが、それでもエインセルが言うには、大精霊には優劣がつけられねぇって言うじゃねぇか。剣神と同等、どう考えてもやるしかねぇだろ」


 戦いに生きる、やはり彼のような人間が剣聖となるのだろう。

 ボクは憧れはしても、慣れない。

 そんな存在だと、より深く思った。


「どうだ?参考にならなかっただろ?」


 彼はそう言って酒を飲んだ。


 確かに、参考にならない。

 ボクとは全く違うのだ。

 ここからヒントを探そうとしても意味がない。


「覚悟を問うた俺が言うのも変だが。俺のそれは覚悟と言うより狂気だ。明らかにおかしな話。あまり意味のねぇ話だったかもな」


 そう言った彼は、また続けた。


「そもそも、今のお前が俺に何か聞く必要があったのか?大分、顔が良くなったように思うが」


 ボクに自分の顔が、どうかは分からない。

 それでも、昨日の夜とは違うはずだ。


「さっきは覚悟が決まってないって言ったが実際どうなんだ?」

「まだ、覚悟は決められてないよ。正直、いまでも足がすくむ」


 情けない話だ。

 でも、怖いものは怖い。


「でも、ボクは、戦うよ。足がすくんでも、怖くても、それでも戦って、勝つ」


 それだけは、決めたのだ。


「ふーん。微妙なとこだが、討伐に向けての準備の再開くらいはしても良いか」


 ディランさんは、ボクの顔を見て言った。

「たった一日の中止だったけどな」と言って、つまみを口に運んだ。


「そう言えば、お前、この短時間で何があった?」


 不意に、ディランさんはそう言った。


「エインがボクの部屋に来てくれたんだよ」

「それは、知ってるが。……もしかして抱いたのか」

「え?どうしてわかったの?」

「マジで?」


 ボクは、驚く。

 そこまで、見通してしまうなんて。


「うん。エインを抱っこさせてもらって暫く寝たんだ」

「あ、そゆこと」


 ボクが、そう言うと、なんだか、安心したようにディランさんは胸を下ろした。







「で、俺の苦労はエインセルの添い寝に負けたんですか?」

「まあ、そうだな。本人が言うには、エインセルが、自分のことをとても思ってくれてるから、頑張ろうと思ったみたいなことを言ってたが」


 落ち込むようにして、突っ伏したデリックに、ディランはそう言った。

 現在は、夕食時であり、二人は並んで食っていた。


 そして、二人が軽く振り向き、見つめる先には、四人の少女がいる。

 いや、三人の少女と、一人の少女に見える少年か。

 他ならぬ、エインセル、フェイス、シエンナ、そしてセオドルであった。


「それより、ディランさん理由話したって本当ですか」


 もう過ぎたことだと、割り切ったのか、デリックは話題を変えた。


「ああ、まあな。案の定役に立たなかったが」

「でしょうね。まあ、聞いた相手が、シエンナじゃなかっただけよかったんじゃないですか?」


 ディランに同意してデリックはそう続けた。


「シエンナに聞いたりしたら、帰ってくるのはそれこそ、覚悟なんかじゃないですよ。あいつにとって、大精霊との戦いは覚悟がいるほどのものじゃないだろうし」

「まあ、そうだな。組織の悲願なだけあって、重要視はしているが、実際戦場と言う面では、大精霊だろうとなんだろうと、変わんないんだろう」


 兎を狩るのも、戦争に行くのも、大精霊を狩るのも、きっと彼女にとっては変わらない。

 きっと彼女にとっては、すべてが同じなのだろう。


 そんなことを二人は思った。

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