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二十一話 大精霊討伐に向けて③


 覚悟。


 その言葉に、ボクが持つ印象は、よくわからないものと言う事だった。

 覚悟と言っても、実際それを自分自身で把握して、あると断言できるのだろうか。


 覚悟を問う側と問われる側の、価値観や感覚が同じわけがない。

 いや、そもそも、何かをするにあたって、求められる覚悟と言うものは、能力値などによって大きく左右される。

 そんな、明確な物差しもないような状態で覚悟などと問うのはやはり好かない。


 その物事をするにあたって、リスクとして、怪我の可能性のある人と、死を問われる人とでは、覚悟に差が出るだろう。

 それを、想像だけで語れるはずもない。


 でも、それでも、ボクはエインセルに覚悟があると言ったときは、ボク自身に何があってもいいと思ってそう言った。

 最悪を想定していったのだ。


 その筈なのに、ディランさんにそれを問われたとき答えることが出来なかったのは、きっと説明されたそれが、ボクの最悪を大きく上回っていたからだろう。


 ボクの覚悟は、ボク自身で完結するのに対して、ディランさんのそれはきっと周りまで巻き込むものなのだ。


 ボクが大精霊に立ち向かうとき、ボクが傷ついて終わりなどと言う生易しい戦いではないのだと。


 人が死ぬ。

 フェイスもデリックもシエンナもディランさんもエインセルだって死ぬかもしれない戦い。

 最悪は、ボクが死ぬことではなく、ボクだけが生き残ること。


 それに、ボクは耐えられるのだろうか。


 それを認識してしまった途端、とても怖くなった。

 大精霊が、とても大きな存在に見えて、そんなものに自分が立ち向かえるのかと。

 犠牲を払って、討伐するような代物で、損害は絶対だと。


「……みんなは、どうして戦えるんだろう?」


 それが分からなかった。

 なぜそこまでのものに立ち向かえるのか。


「どうして?そりゃ、目的があるからだろ」


 そんな声が聞こえた。

 デリックだ。


「どうしたの?」


 なぜこんなところに彼がいるんだろう。

 そう思って、聞いた。


「どうしたって、それはこっちのセリフ。お前、ディランさんが帰ってきてどれくらい経ってるか知ってるか?」


 ディランさんが帰って来てから、つまり、ボクと別れてデリックと会うまで、結構時間が経ってるという事だろう。

 でも、分かっていたのなら、今の今までここにはいなかっただろう。

 ボクは首を振った。


「それより、さっきの話だ。俺に相談してみる気はないか?」


 どうやら、ボクが時間を把握していたかどうかなどは特に気にしていなかったようで、彼の興味はボクの呟いた一言にあるようだった。


「でも……」


 ボクは渋った。

 正直、人に話すなんてことは出来ない。

 今回の大精霊討伐に、関係のない人ならばいざ知らず、当事者である彼にはそんなことは出来なかった。


 だって、彼がここにいるのも、大精霊討伐が計画されたのも、発端はボクなのだから。

 ボクが、したこと。

 それに対して、今更怖くなっただなんて言えるはずもなかった。


「おいおい、話してくれないのか?エインセルと、フェイスにあげるプレゼントについての相談にのった実績のある俺だぜ、信頼に足りるには十分なはずだが」


 軽口を言うように、デリックは言った。

 それは、彼なりの気遣いなのだろうか。

 実際はどうかわからなかったけど、少なからずボクには効果があったらしい。

 くすっと、ボクは思わず笑った。


「信頼って、デリックのアドバイス役に立たなかったじゃん」


 思い出したのは、ロプトの街を回った時の話。

 シエンナと合流して、それから。

 エインセルとフェイスに合流する前に、シエンナとデリックを連れてボクはプレゼントを探していた。


 その時、デリックは見た目に寄らず、案外見当違いのことを言って、シエンナに笑われていた。

 意外とセンスがなく、彼の選んだものは、微妙に外れたものだった。

 大きく外れないだけに、ツッコミのしようがなかったが、それはそれでいい思い出になった。


 そんなことがあっただけに、結局採用されたアドバイスは主に、シエンナがしてくれたものだった。


「それは言うなって。……で、悩み事は?まあ、さっき聞いてはいたけど、俺が相談に乗っていいなら、教えてくれ」


 どうして戦えるのかと、ボクが言った言葉について聞いたと言っているのだろう。

 実際、彼はあの言葉に対して、返すように「目的があるから」と言った。


 目的、それはシエンナと会う前に、聞いていた。

 でも、きっとボクの問いには正確ではない。


「どうして、死ぬかもしれない戦いに行けるのかって。自分が死ぬだけじゃなくて、他の人が死ぬのはつらくないのかなって」


 ボクは聞いた。

 相談だ。


 それにデリックは答えた。


「俺は、親父がご執心な大精霊とやらに興味がある。それは言ったな」


 確認するように、話始めたデリックにボクは頷く。


「でもな、ホントは正直、迷ってたんだ。お前と会うまで」

「ボクと?」

「ああ。生きるか死ぬか、そんな戦いに投じる理由が、親とは言え、他人が執着しているものに興味があったから、なんていう馬鹿なものだ。そんなのを死ぬ理由にしようなんて思えなかった」


 デリックは呟いた。

 プレゼントを買いに行ったとき、彼の話を聞いてボクは思った。

 彼は、父親に認められるとか、そう言う話ではなく、今言ったような好奇心のようなものが理由だと言ったことに対して、ボクは内心違うのだろうと。

 口ではそう言いながらも、父親に執着してあわよくばと考えているのではないかと。


 でも、目の前で語る彼は、本当にくだらない理由だと言っている。

 それはきっと本当なのだろう。

 ボクのような人間とは考え方が違うのだろうと、ひしひしと感じる。


「じゃあ、なんで」


 もし、その言葉が本当だとして、何でボクと出会って、命をかける気になるんだ?


「お前が大精霊に立ち向かう理由を聞いて感化されたんだ」


 ボクの理由。

 それは、「大精霊の業」によって、ボクとエインセルが死なないようにするため。

 いや、ボクとエインセルが一緒にいるため。

 そのために、ボクはあの日村から旅立った。


「誰かのために戦う。俺も、そうしたいって思ったんだよ」


 デリックは言う。


「誰かのためって?」


 それでも、ボクは首を傾げた。

 誰かのためと言ったって、デリックの思う誰かが、大精霊を倒すことと関係しているとは思えなかった。

 それに、思いを寄せる人がいるのならば、尚更、命をかけるべきではないだろう。


 でも、彼は少し顔を赤らめて言った。


「フェイスだよ」

「フェイス?」

「そうだ。あの時、お前聞いてきただろ?俺に好きな人がいるのかって」


 そう言われ、思い出す。

 確か、あの時、答えようとしたデリックの声をボクは聞き逃してしまったのだ。

 それから、あの男の人といろいろあって、シエンナと合流したことですっかり忘れていた。


「そうなんだ。確かに、フェイスも美人さんだもんね」

「ばっか、お前、俺が顔だけ見て判断したと思ったか」

「ああ、性格とか?」

「いや、性格は悪いだろ。顔ももちろんそうだけど、なんていうかあるんだよ」


 指をワナワナさせて彼は、ボクに訴えかける。

 それでも、顔以外に出てこなかったことから、他の要素もあるにしても、顔が多く比重を占めているのだろう。


「まあ、とにかく。惚れた女が行くんだ。いざとなったら守れるように、傍にいたいのが男ってもんだ」


 彼は、そう言い切った。

 そして、こうも続けた。


「セオドル。覚悟って言葉は、何もそこまで難しい事じゃねぇ。天秤にリスクとリターンを乗せた時に、どっちが重くなるかって話だ。俺が、フェイスと自分の死を乗せて、フェイスにそれが傾いたから、俺は戦いに行く。ただそれだけのことなんだよ」


「考え方は、完全な持論だけどな」と彼は言った。


 ボクとエインセルの幸せか、これから同行する皆の死を乗せた時、いった天秤はどちらに向くのだろうか。


 それでも、ボクには答えを出せなかった。






 翌日、ディランさんは、休暇を言い渡した。

 皆には、ボクが覚悟を決めるまでは、手を貸さないとは言ってないのだろう。

 エインセルたちは首を傾げて、昨日何かがあったのか訊いてきた。


「ううん、知らないよ」


 ボクは嘘をついた。

 昔から、嘘は得意だ。

 特に怪しまれることもなく、その場をやり過ごした。


 そして、ボクはというと、一人にしてほしいと言って部屋に引きこもっていた。


 考える。

 覚悟と言うものを。


 デリックは、リスクとリターンを比べた時に、リターンに天秤が傾けばそれが覚悟と言った。

 要は、リスクを冒してまで、利益を求められるかってことだろう。


 エインセルを取って他は失ってもいい。

 そんな考え方を。


 出来ない。

 出来るはずがない。


 大精霊という存在が、死を運ぶのなら、ボクは怖くて仕方がない。


「セオ」


 ノックと共に、そんな声が聞こえた。

 その影響か、ボクは思考の海から引き戻される。


 彼女には、一人にしてくれと頼んだはずだ。

 そんな時、大抵気を使ってほっといてくれるはずだが。


 珍しい。

 そう思って返事をした。

 無視するわけにもいかない。


「どうしたの?」

「少し、様子が気になって。それより、開けてくれませんか?」


 ボクは、その場から動かず、返事をしたのだ。

 彼女の言葉ももっともだった。

 あまり、開けたくなかったが、他ならぬエインセルと言うこともあってドアを開けた。


 空いた隙間から、白い髪が覗く。


 綺麗だ。なんて、思ったときには、そのドアの隙間が広げられて、彼女は部屋に侵入してきた。

 そして、それに驚く暇もなく、ボクは押し切られて、後方によろけた。


 そうして、押し倒されるようにして、ベッドに倒れた。


「エイン?」


 ボクは彼女の突然の行動に、疑問を抱く。

 ただ、彼女は、ボクの身体に顔をうずめて何も言わない。

 いや、一拍置いてボクに問うた。


「セオ、困っているのですか?」


 僅かに上体を起こして、ボクの耳元に口を近づけてそう言った。


 困っているか?

 そう訊かれるのも、仕方がないのかもしれない。


「……うん」


 頷いた。

 それでも、ボクは彼女には話したくなかった。

 デリック以上に。


 だって、彼女にボクが怖いと言ってしまえば、それはきっと裏切ったも同然だ。


 彼女は、ボクのためにリスクを冒して、契約をした。

 それこそ、デリックの言う覚悟を決めて。


 もう後戻り、出来ない。

 彼女はすでに対価を払ってしまっている。


 でも、


「セオ。聞かせてください」


 どうしようもなく、ボクはエインセルの声に弱いのだろう。

 程なくして、情けなくもすべてを吐き出した。

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