二十話 大精霊討伐に向けて②
日が暮れて、すっかり暗くなってしまった夜にボクは一人歩いていた。
普通なら、夜道に出歩くことは避けるけど、ディランさんは先に帰ってしまったし一人で歩いて帰るほかなかった。
それでも、村と比べるまでもなく大きな町で、治安の心配もあったが、ムラマエの街はともかく、ここロプトには街灯があって比較的明るいため暗がりによる犯罪の心配は比較的とは言え少なかった。
夜にこんなに明るいと不思議な感覚になるけど、こういった技術自体は割と昔からあるらしく、ただ単にボクが田舎者なのが影響しているかもしれない。
昼間に見た街とは雰囲気がなんだか違って不思議な感じがするけど、人の往来が少なかったからか、建造物なんかに目が行きやすかった。
時々、建物に張られたガラスを見かけるとなんだか、都会って凄いな、なんて感想が浮かんでくる。
でも、もっと大きなガラスを見てもっとびっくりしてしまい、つい近づいた。
ショーウィンドウとか言う奴だったか。
ボクは硝子越しに写る女性物の服を見て、エインセルに似合うかなと思案する。
「──」
そんなことを考えていた時、道路側を通った通行人が持っていた明かりが反射して、硝子が鏡の様になった。
そうして、自分の顔が映った。
我ながら、中性的で女の子みたいな顔。
よく、間違えられるけどそれも仕方がないと思ってしまうほど。
後ろで結んだ茶金髪の髪がより一層そうさせるのかもしれないけれど。
そんな顔に映っていたのはなんとも微妙な表情だった。
やはり、いつかサイラスに言われたように、ボクは顔に気持ちが出やすい性分なのだろうか。
でも、それは裏を返せば、今のボクのこの顔が、どんな言葉より正確に心情を表していた。
ディランさんに言われた覚悟という言葉を思い出す。
セオドルを引き連れて行ったディランは一人で帰ってきた後、宿の一階にある食堂で酒を飲んでいた。
商業が盛んなこの都市では、酒と言っても一種類ではない。
この国の特産の酒から、他国、それも海の向こうの代物まで入ってくる。
そんなより取り見取りと言えるようなラインナップの中から彼が選んだのは、清酒であった。
それを水で割り、ジューシーな焼いた肉を肴にちびちびと口に運んでいた。
食べてる肉も、塩、胡椒、醤油、ワサビとこの国では珍しい味付けをしていた。
そんな彼に近づく人影があった。
「それが、ディランさんの故郷の酒って奴ですか?」
デリックであった。
それに、ちらりと様子を見ると、ディランは口を開いた。
「ちげぇよ。そもそも、俺の生まれの漁村には米すら入ってこねぇよ」
そう言って、否定した。
そんな言葉を聞き流しながら、デリックは隣に座ると料理を注文した。
「お前、ここで食うのかよ?」
「別におかしきゃないでしょ。シエンナとフェイス、エインセルみたいに態々宿から離れて食べに行く方が稀ですよ」
「……なら、お前もついてきゃよかったろ。普通に考えて女だけで夜道は危険だ」
どう考えても、とディランは酒を流し込んだ。
この街は比較的治安が良い。
それは、商業都市であり、隊商向けの宿があることや、貴族が従者を使い買い付けに来ることを考えれば、おのずと警備は厳しくなり、犯罪の低下は想像に難くない。
それでも、いくら治安が良いと言えど、昼間から暴力を振るうような男をすでに遭遇しているデリックが気にしない道理はないだろう。
いや、そうでなくとも、女だけで行かせると言うのは些か不自然であった。
ただ、それでも彼には言い分があるようで、言葉を返した。
「それを言うなら、ディランさんだってセオドルおいてきてるじゃないですか」
「と言うか、シエンナ達でいえば、あのメンツでそこらの犯罪者が勝てるわけないでしょ」とも加える。
大精霊討伐のために集まった人間たちが、そこらの悪党に何かされるわけもない。
心配で言えば、見た目が完全に少女であるセオドルが、誘拐されないかの方が心配だ。
「まあ、そうか。で、実際どうなんだ?フェイスに惚れちまって上手く話せないから抜けて来たのか?確かに、セオドルがいないあいつらは酷そうだもんな」
デリックをからかいつつも、セオドルというブレーキをなくしたあの女たちがどうなるか想像して寒気がする。
エインセルでいえば、セオドルに良いかっこをするために、普段は猫を被っているが、今はいないとなると酷そうである。
フェイスも毒づいて居そうだし。唯一、分からないのはシエンナだが。
「変に話を他に移そうとしないでくださいよ。ディランさんだって、分かってるでしょ。貴方が、セオドルを連れてったせいで、エインセルは荒れに荒れてますよ。まあ、何とか説得はしたので探しに行ったりはしないでしょうが」
デリックは、苦労をまた思い出した。
ディランに連れていかれたセオドルの身を案じてエインセルが、暴れたのだ。
デリックは、適当にディランさんがセオドルのために、何かをしていると言ってはおいたのだが、それでもデリックが帰ってくるまでに説得が終わらなかったほどに難航した。
「で、何をしたんですか?」
それが本題だった。
セオドルを連れて行ったときは何も聞かなかったが、流石にもういいだろう。
「アイツの大精霊への認識と、覚悟を問うたんだよ」
めんどくさそうに、彼は言った。
「どういう?」
「お前まだ居座る気か?俺は酒を飲みに来てんだよ。お前の話を聞くならともかく、俺が食わずに話したら、花冷えが日向燗になっちまうだろうが」
「いや、まだ料理も食ってないのに出てくわけないでしょ。てか、酔ってます?」
「酔ってねぇよ。水で割ってあんだよ、これ」
よくわからない物のいい回しにデリックは首を傾げて、酔っているかと聞いてみるが否定される。
「はあ、簡単に言えば、大精霊のことを嘗めてるからイメージしやすくいろいろ言ってやったんだ。これから戦うのはエインセルみたいなポンコツじゃねぇってな」
大精霊の話題に、少し周りを見るデリックだが、ガヤガヤとうるさいのに加えてカウンター席と言う事もあってか、周りに人が少ないことを確認するとまあ、大丈夫だろうと判断した。
「ああ、あいつにとっての大精霊はエインセルってことか」
「そう。家族より一緒にいた女。こんな認識じゃ絶対に死ぬだろ」
デリックは頷いた。
「これに関しては、お前たち反精霊教に関係したやつらのほうがよく知ってるくらいだ。まあ、打倒を考えているなら当然カモしれねぇがな」
反精霊教組織で育てられたデリックとシエンナは大精霊を信仰するものとは違う価値観を植え付けられるような環境だったのだろう。
ただ、打倒を掲げるならば、正確に強さを把握していた可能性もあるが。
「まあ、そうかもしれないですね。俺たちにとっては、大精霊ってのはとてつもなく巨大なものだけど、あいつにとっては恐ろしいほど現実味のある存在だ。今考えれば、エーリューの『理力』が空腹をもたらすと聞いた時も、あんま反応してなかったし。勝手に、大精霊と対峙する際は大人数になるって考える俺みたいな場合とか、戦争を想定した場合とかに飢餓を引き起こすってのは相当強力な力になると想像つきますけど、セオドルはそうじゃない」
「ああ、多分今回のメンバーをみて、それをもとに考えてるんだとすれば、大精霊を倒すのに少数でも構わないと思ってるだろうな。実際、世界にいる最も有名とも言われる迷宮の奥深くにいるとされる一柱でさえ、何千何万と挑んだつわものが居て、未だ発見されてないことを考えれば、おかしいことくらいは分かるはずだが」
空腹を起こすと言う力の脅威度の把握。
そして、大精霊を倒すために必要な人数。
その認識が違うんのだろう。
ディランが例に出した、迷宮の奥深くにいるとされる大精霊は、未だ何千何万と挑んだものがいて、一人たりとも到達したことすらない。
「俺たちが、この人数で挑むのは、メンバーからして、剣の頂点と言うべき俺がいて、その弟子的なお前、そして国が脅威に感じているシエンナ、そして巫女の力を使えるフェイス、膨大な魔力をもつセオドル、で、大精霊であるエインセルっていう世界最高峰の力を持つゆえに他の有象無象は邪魔にあるからだ。あいつはそれを理解していない。そこらのやつを集めて向かうとしたら、周辺国を相手に取る時以上の戦力を俺だったら集める」
ディランは物の大きさを語る。
そして、横で聞いていたデリックはそう改めて聞くと凄いなとなかば関心までしていた。
「で、それをセオドルに言ってきたわけですか」
「まあな。……いや、言ってねぇな。なんかムカつくから、いろいろ言ったけど、具体的な例を出してなかったな」
「それはダメでしょ」
少し呆れたように、デリックは言った。
「じゃあ、セオドルはふわっとした感じのことを言われて、困ってるんじゃないですか?」
「さあ、どうだかな。大丈夫だとは思うけどな。あいつは俺と違ってバカじゃねぇから、言われた言葉から推測位出来るだろ」
そんな投げやりな言葉を聞いてデリックはまたも呆れるが、それでも、ディランがこうして気を使っていることを考えると、この人にしては珍しく人をかっているのだと気付いた。
「とにかく、その後で大精霊と戦えるかって訊いてきたわけだ。覚悟はあるかってな」
そう言って酒に口をつけた。
「本当なら、エインセルに諸々はしてもらいたかったが、あいつはダメだな。セオドルが関わると碌なことはねぇ。無条件であいつのことを信用し過ぎなんだよ」
「まあ、分からなくもないです。普段の行動からもにじみ出てますし」
「まるで、神を無条件で信じる人じゃねぇか。これじゃ、どっちが信仰の対象がわからねぇな。大精霊が天才とは言え、人間を信仰してどうすんだ」
ディランはそう続けた。
エインセルの異様なセオドルへの執着、そして明らかにこのままだと命を落とすとわかる状態の彼に気付けないほどの盲目さ。
いや、観察眼はあるのだろう。
それでも、所詮は精霊であり、人間ではない。
正確な感情の機微など分からないのかもしれない。
そんな話の中、不意にデリックは口を開いた。
「まあ、大体わかりました。ありがとうございました」
そう言って立ち上がった、デリックは机に金をおいて席を立とうとする。
「どっか行くのか?」
「友人が、困ってると思うんで」
ディランの言葉に軽くそう言うデリック。
その境遇から、彼からその手の言葉を聞いたことがない、ディランは一瞬思考が止まるが、すぐに薄く笑った。
「存分に助けてやれよ」
友人と言う言葉が指しているのはセオドルだが、この男は気付いているのだろうか。
ただ、彼の剣聖は酔いが回ったのか、デリックがあまり見ない嬉しそうな顔をしていた。
内心、「誰のせいで」とツッコミを入れながら、デリックは店を出た。




