二話 魔法の天才
魔法と言うものがある。
火を出したり、風を出したり、水を出したりと効果は様々だが、基本的にそれらは精霊を使役して効果を得る。
俗にいう精霊魔法だ。
小精霊、中精霊、大精霊、もっと言えば微精霊と言うものがいるのだが、魔法を行使できるのはこの三種類の精霊であった。
しかし、誰でも精霊を使役できるわけではない。
適正がいるのだ。
適性の内一つの要素として魔法行使には魔力が必要であり、より多くの魔力を持つ者は適性があると判断される。
それがボクにはあった。
ここ、ノーンド王国では既存の貴族制度が廃止された際に、魔力の高いものが貴族になったという歴史もあるので遺伝の関係で、学園の生徒は六割近くは貴族から排出されるらしい。
だが、四割も平民から出るため、国は成人間近の子供がいる村に神官を送って適性があるか見極められることになる。
そして、適正ありとなれば、その子供は王都にある魔法学園への入学が言い渡される。
でも、適正ありだなんて滅多なことではない。
だから、ボクに魔法の適性があると聞いたときは酷く驚いた。
家を継がない僕はきっとパッとしない人生を送るのではないかと思っていたから。
傭兵や冒険者になりたいと思っていてもうまくいくとも限らない。
「適正ありだ。魔力量が多い。きっと学園でもよい成績を残せるだろう」
その言葉に両親、上二人の兄さんも喜んだ。
ただ、当事者であるボクは純粋に喜ぶことができていなかった。
その言葉を聞いた時に込み上げてきたのは、喜びでもなんでもなく、あの森の奥でボクを待つ彼女のことだった。
このまま村を出ることになれば、彼女に会えなくなってしまう。
もうすぐ、成人してしまうボクにはあまり猶予もなかった。
ほんの一瞬、辞退することはできないかとも考えたが、
「それと一応伝えておくがこれは拒否はできない。仮にしたとしても死刑だな」
そんなことは思わないだろうがなと年老いた神官は言った。
国の命令。これに逆らうことは反逆の意思有りととらえられる。
ボクに拒否権はなかった。
その日は家族に祝われながら、少し豪華な食事が出た。
燭台もいつも使っている奴の他にも出してきた。
今日の食卓はいつもより明るい。
「どうした?元気ないな」
「何でもないよ……」
いつも仏頂面の父さんが今日は笑顔だ。
「ああ。親元を離れるのが不安か。でも、お前ももう少しで成人だ。頑張るんだぞ」
「うん。わかってるよ。父さん」
ボクがそう答えると、父さんはウンウンと頷いて見せる。
でもボクが考え込んでいたことはそんなことじゃなくて彼女のことだった。
大精霊エインセル。
いつかは、ボクもここを離れるつもりだったけど、まだもう少しは一緒に居れると思っていたのに。
それから、学園入学に近づくにつれてボクは何度もエインセルにお別れを言おうと考えた。
ただ、時は流れ村から出るその日になっても、ボクは未だ、エインセルにこの村を出ていくことを伝えられていなかった。
「大精霊は今現在、七柱いるとされている。大精霊は聖域に住まい、結解を張り──」
あれから少し、ボクは学園に入学して授業を受けていた。
結局ボクは最後まで、エインセルに別れを告げることなく来てしまった。
でも、そんなボクの心情とは裏腹に、学園の講堂で講義を受けることにも慣れてきた。
それに、まだ、二週間しかたってないが、話せる友人が出来た。
「セオドル聞いたか?」
それがボクの隣に座る友人サイラスだ。
話しかけてきたのは彼の方で、彼は「女子だと思ってナンパしたら男だった」なんて言うけれどきっと村出身で友達が出来なそうなボクを見て話しかけてきたのだろう。
まあ、確かにボクの髪は長いけど。
彼は気軽にボクに接してくれるが彼は貴族の出だ。
貴族が六割、平民四割というこの学園では珍しくないが、それでも貴族でありながら平民を差別しないのには理由がある。
学園のルールとして決まっている。
それは当然なのだが、これは精霊に誓いを立てているため効力が大きい。
親霊王国ノーンドと言う名前は伊達ではなく、国民の多くが精霊を尊んでいる。
そのため、精霊に誓いを立てるとなれば、それを裏切るようなことはしないのだ。
それに、平民の多くは極めて才能が高い者が集められているとも聞く、貴族は平均値は高いが突出した平民に威張るのも難しいというものある。
現在の貴族制度がつくられる前にあった由諸正しき貴族制度が一度取り壊されている影響で貴族意識が少々薄いことも言えるだろうが。
「どうしたの?サイラス」
「どうしたもこうしたもねーよ。魔法の実習は来週からだってよ」
「そうなんだ」
「あー早く魔法使いたいぜ」
彼は不満を漏らす。
確かに魔法を使ってみたい気持ちはボクも同じだ。
でも、少し声が大きすぎたようだ。
「サイラス・クライヴ!」
「やっべ」
サイラスは説教を喰らった。
学校の勉強は平民もいるからか、そこまで難しい内容ではない。
遅れれば容赦なくおいていくが、真面目に聞いていれば何とかなるレベルだろう。
ボクは傭兵か冒険者になりたかったから、多少の算術、文字の読み書きくらいは出来る。
これらの仕事だって、そう言った勉強が必要だと思って頑張ったのだ。
その甲斐あって少しは一般的な平民よりマシだと思う。
幼いころから家庭教師を雇う貴族には敵わないけど。
次の週、皆が外に集められた。
魔法の自習だ。
ついに本格的に習うことが出来る。
「ついに来たぜ!」
座学続きで、不満たらたらだったサイラスは魔法が使えるとあって上機嫌だ。
「座学で一通り説明はしたが、実践では危険も伴う。それを留意したうえでこの授業を受けてほしい。では、まずは実践して見せるのでよく見ておくように」
担当教諭は皆に注意をした後、実際に再現して見せる。
彼が枝のように細い杖を持って、それを目線の位置まで上げる。
すると彼の首の後ろから、トカゲのような生物が現れる。
精霊だ。
「ありゃ、火の精霊か」
サイラスが呟く。
そんな彼が興味深く見つめる先で教諭が呪文を唱える。
「──ガ・ローオ」
一言呟くと、魔力が教諭の杖の先に集まっていくのがわかる。
そしてそれは炎を象る。
大きさは大体三セリオくらいだろうか。
そして杖を横に軽く振るようにするとそれは霧散する。
「まあ、こんなところだ。今日の授業では初級魔法とも言われる「ガ・ローオ」を使ってもらう。それと魔法を飛ばすことは今回は禁止する。ガ級なので怪我の心配はあまりないが、事前に座学で習った注意事項を忘れずに行うように」
そんな教諭の声を聞き流すようにして、多くの生徒は興奮気味に杖を手に取る。
サイラスも話を聞いているときから落ち着かなかったが、いざ許可が出たことで最高潮に達していた。
「よっし。セオドル!こっちでやろーぜ!」
「そうだね」
サイラスは開いている場所を見つけて走り出す。
流石の彼もこんなに密集した空間で魔法を使うことはしないようだ。
事前の注意事項でも言われていたことだが、楽しみにしていた彼は教本を穴が開くほど読み込んでいたので、その辺は完璧なのだろう。
魔法とはある種の暴力だ。
だから、この国では幼少期に魔法を習うことはできない。
判断のつかないうちから、子供に抜き身のナイフを持たせるようなものだ。
だから貴族である彼でも学園で習うまで使うことはできない。
「じゃあまずは精霊とコミュニケーションを取らないとだな」
彼は確認するように呟くが、そこまで難しい事をするわけではない。
精霊との交流と言ってもお互いを知るとかではない。
まず第一にすべきことは精霊の可視化だ。
精霊の可視化とはその名の通り、精霊を見えるような形にすることだ。
ボクの場合、エインセルに慣れているから、つい、忘れてしまうことだが、基本大精霊以外の中小精霊、微精霊は普段姿を隠している。
どこにでもいるが、視認することができないモノ。
それが精霊と言うものだ。
実態がなく、まるで透明になったかのようにボクたちの認識から外れる。
そんな彼らに精霊魔法師が働きかけて顕現してもらう。
「こい!」
サイラスは声を上げる。
必要のない行為ではあるがそれにこたえるようにして彼の肩に赤みがかったトカゲが現れる。
「よっし!セオドル、見とけよ!」
サイラスはガッツポーズをするとボクに向かって意気込む。
「ガ・ローオ!」
彼が叫ぶと杖の先端に魔力が集まる。
先ほどの手本と同じ工程を掛けてそれは顕現する。
手のひらサイズの火球──でもそれは……
「出来た!」
「おめでとう。でも、なんかでかくない?」
先ほどの手本よりも少々大きかった。
先ほどの手本が三セリオで、彼が今出して見せたのは約十セリオくらいだろうか?
明らかにでかいそれを見つめ二人で首を傾げる。
「ちゃんとガ級だよね?」
「おお、流石にザ級と言い間違えてはないと思う」
ガ級と言うのは魔法の最小単位であり、俗にいう初級魔法。
そしてザ級と言うのはその一つ上、上記に倣うのなら中級と言ったところだろうか。
ボクもちゃんと聞いてたけど彼は確かにガ級を詠唱していたはずだ。
そうこうしていると後ろに気配があることに気付いた。
「恐らくそれはガ級だが、適性が高いのだろう」
「センセー」
先に気付いたサイラスが声を上げる。
「適正と言っても魔力が高い事や精霊との親和性など様々あるが、君は稀に見る天才と言う奴だ。これから魔法に励めばよい結果がついて来るだろう」
「えっと、ありがとうございます」
サイラスは少し照れたように教諭に言った。
「いや、お礼を言われることではない。授業時間はまだあるガ級ならば何度使ってもいい、引き続き頑張り給え」
彼はそれだけ言うと去っていった。
そんな背中を目で追っていたが、サイラスは気を取り直したように口を開く。
「じゃあ、次はお前の番だなセオドル!」
「うん。やってみるよ」
緊張する。
ボクだって憧れがなかったわけじゃない。
おとぎ話で聞いたような魔法が使えるとなれば気持ちも高まる。
まずは精霊の可視化。
魔力で刺激してやれば、それは見えてくる。
微精霊がキラキラと輝いて、そして小精霊である火の精霊も可視化する。
別の個体だが、先ほどと同じトカゲのような精霊と同じ種だ。
ただ、先ほどとは様子が違った。
精霊に異変があるわけではない。
恐らく、おかしいのはボクの方だ。
触れようとした手から小精霊が逃げる。
キラキラと輝いていた微精霊も同じように僕から遠ざかった。
「どうして……?」
授業時間いっぱいまで挑戦しようとして、失敗を繰り返した末にボクは途方に暮れた。
何度やってもうまくいかない。
他の個体で試しても皆、ボクから逃げるようにして避けていく。
結果今日の授業でボクは呪文を唱えることすらなかった。
授業が終わり移動を開始したボクたちは並んで歩く。
ボクは話もせずに先ほどの授業を振り返った。
魔法を行使しようとして、精霊に避けられた。
その結果、初めての実習は詠唱どころか、精霊と触れることすらなかった。
ボクに何か原因があったんだろうか?
わからない。
先ほどから、そんな疑問が頭から離れず、何度考えても出る答えはその程度の言葉でしかなかった。
「そう落ち込むなって!」
サイラスはボクの背中を叩いてそう言った。
「そんな分かりやすいかな?」
「ああ、此処までわかりやすいのはそうは居ねーってくらいにはな」
ボクは内心落ち込んではいたが、まさか外に出ているとは思っていなかったため、そう言われて顔を触ってみるが自分では分からない。
そんなにショックを受けていただろうか?
「それに初めての授業じゃ三分の一は出来ないって言ってただろ」
それは、授業の締めくくりに教諭が言った言葉だ。
適性があるものが入学すると言っても簡単に出来るという意味ではないのだと。
そのための、あの座学があったのだと。
まあ、ただ一人その必要もないくらいに才能に満ち溢れたものがいるとサイラスを見ながら言ってはいたが。
でも、そうだ。
まだ、一回目の授業だ。
出来ない生徒は五回目までの授業でやっと出来るくらいとも言っていた。
「そうだね。まだまだ始まったばかりだし落ち込んでる場合じゃないよね」
「そうそうその意気だぜ」
ボクと彼は笑いあって廊下を歩いた。




