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十九話 大精霊討伐に向けて①


 大精霊エーリューについての『理力』の詳細。

 空腹状態を起こさせること、二体の強力な眷属を使役すること、そして三つ目の能力の説明が行われた。

 その後の言葉だ。

 

「正直、俺はこのままだと、負けると思っている」


 勝機はある。

 そんな話をしてすぐに、ディランさんは言った。

 大精霊エインセルと言う、一番相手の実力を測ることが出来る存在が、勝てると言ったのだ。

 本来ならば、水を差すような言葉にしかならないはずだったのだが、これを発言したのが他ならぬ剣の頂点に座する剣聖の一人、ディラン・ブラントであることを考えれば、無視もできなかった。


「どういう意味ですか?」


 ただ、ディランさんの言葉に、聞き捨てがならなかったのか、エインセルはそう言った。

 言ってみれば、彼女の意見を真っ向から否定をされたようなものであるため、それも仕方のないように思えた。


「別に否定してるわけじゃねぇよ。勝機はある、それに関しては俺も同感だ。ただ、大精霊を討伐するにあたって、入念に準備をする必要があるって言ってんだ」


 ディランさんは、そう言った。

 入念に準備をする必要がある。

 それは、確かで、命のかかった戦いになるのは明白なのだから。


 でも、それでも。

 そんなことは当たり前だ。

 ボクだって、分かってる。

 それが、エインセルになればなおさらだ。


 だから、彼女もわかってるとばかりに呟いた。


「それは、十分に理解しています。ここにいる誰よりも、私がエーリューの脅威を把握してるのも事実ですし」


 そう言って、彼女は断言した。

 ただ、ディランさんは首を振った。


「だから、そうじゃねぇ。俺が言ってんのは、敵の脅威についての正確な把握じゃなくて、仲間内での話だ。大精霊であるお前は絶対の強者としての経験があるんだろうが、お前が弱っている以上、他のやつらが人間であることを一番理解しなきゃならねぇ。それを踏まえて、戦いに赴く人間を多く見て来た俺の経験から言えば、このままだと負けるって言ったんだ」


 ディランさんは続けてそう言った。







「つーわけで、取りあえず戦力の確認をするぞ」


 話し合いから、一変しディランさんのそんな提案で、ボクたちは開けた場所まで来ていた。


「さっきの、話では、仲間内の話と言っても、戦力云々とは別のものを指していたように聞こえましたけど」


 エインセルは、ディランさんの言葉を聞いてそんなことは言う。

 それに、ディランさんも気付いたように顔を向けた。


「いや、それであってるけど、その前に、把握しとかなきゃいけないものもあるだろ」

「…………」


 なら、あの言い方は何だったのかと、言わんばかりにジト目を送っていた彼女だが、少しすると諦めたようにボクの近くに来た。


「はあ、まあいいです」と、彼女は言ってボクの手を握った。

 そんな、エインセルに手を握り返していると、ディランさんは仕切りなおすようにして再び口を開いた。


「じゃあ、取りあえずだが、まずは直接戦ってみるか。おい、デリック、頼むぜ」

「わかりました」


 ディランさんの、声にデリックは頷いて前に出た。

 そう言えば、彼が戦っているのは見たことがない。

 剣を腰に刺しているし、剣士なのだろうか。


「じゃあ、もう一人は……エインセル、良さそうなのはいるか?」

「もちろん、セオ……と言いたいところですが、フェイス、お願いします」


 そうして、ボク……ではなく、フェイスが指名された。

 それに対して、シエンナは「ほう」と興味深そうな、いや、物知り顔で何か面白そうとばかりに声を出して、デリックは顔をひきつらせた。


「フェイス頑張ってください。あんな奴に負けないでくださいね」

「もちろんです!」


 そんな様子をよそに、エインセルに声を掛けられたフェイスは意気込んだ。

 そして、彼方では。


「どんな顔してんだよ、デリック」

「いや、だって……」

「ディランさん、ディランさん。坊ちゃんフェイスちゃんのことがアレなんですよ!」

「え?まじで?あれを?……まあ、何でもいいけど、手加減すんなよ」


 そんな、会話が繰り広げられていた。

 両者声援(?)を受けて、前に出る。


「ああ、そう言えば、言ってなかったが、デリック強いぞ。俺が剣教えたし」

「フェイスだって負けませんよ」


 少し外野がうるさいような気もしたが、まあいいだろう。

 向かい合う二人の腰には、それぞれ武器がつけられている。

 デリックが片手剣で、フェイスが短剣だ。

 とは言え、木刀ではあった。

 一見、リーチの差があるが、昇級試験を見ていたボクからすれば、それはハンデにならないだろうと判断していた。

 とは言え、結果はやってみなければ分からない。


「じゃあ、俺が合図したら始めてくれ。……始め!」


 そんな、ディランさんの声と共に、試合は開始した。

 そして、瞬く間に、フェイスの抜いた短剣は最短距離で、デリックを狙おうとして──弾かれるようにして、軽快な音と共に跳ねる。


「っ!?」


 その一瞬で、行われたのは、フェイスの短剣が突き刺さんとばかりに、デリックに向かい、そして彼が抜刀した木剣に阻まれると言った単純なものだった。

 でも、それは、超高速で行われたことであり、それだけで、超高度な剣のぶつかり合いであったとも言えた。


 ただ、それでも、両者止まることなく二撃目を繰り出した。

 だが、フェイスが一歩早かった。

 一撃目から瞬時に二撃目につなげたのは、やはり短剣であり、さらに言えば彼女の方が小回りのききやすさが勝っていた為だろう。


 彼女の刃が、デリックを襲う。

 先ほどの様に剣は間に合わない。

 だが、それでも、体を捻ることで追撃をかわした。

 そして、一瞬体制の立て直しに時間のかかった、フェイスにデリックは打ち込もうとして──


「やめだ。やめ」


 そんな声が、それを止めた。

 声の主は、ディランさんだった。


「どうして……?」

「どうしてだと、デリック。お前全く身が入ってねーじゃねぇか」


 疑問を呈したデリックに、ディランさんはそう言った。

 フェイスを互角に、戦えるほど強く見えたが、それでも本気には遠かったのだろうか。


 そんなことを思っているとフェイスが戻って来た。


「あの人が言ったように、彼は本気を出せていないようでした」


 そして、言った言葉で、裏付けが取れたようだった。


「はあ、まあいい。それより、次だ。そうだな……セオドル、前に出てこい」

「う、うん」


 そんな言葉に、ボクは頷いた。

 目的は、魔法の確認だろうか。


「じゃあ、これを持て」


 でも、ボクの予想とは裏腹に、渡されたのは木刀であった。

 渡された木刀は、短剣だったが、それでもボクの身体に合わせれば、そこまで短いものでもなかった。

 エインセルに、貰った剣も同じぐらいだったはずだし。


「取りあえず、まあ、相手は俺で良いか」

 

 そう言ったディランさんはボクの前に立った。

 それを見て、ボクは軽く構えを取った。

 

 でも、それに待ったをかけた人物がいた。

 デリックである。


「ちょっと、待ってください。そいつ剣は……」


 デリックは、ディランさんに話しかけた。


「別に、実力を確かめるだけだ。ろくに振れなくても、その事実を正確に把握出来りゃいいんだよ。それに、最悪の場合、それが生きる可能性もあるしな」


 そう言って、ディランさんはデリックを一蹴してしまった。


「じゃあ、好きなタイミングでやってくれていいぞ」

「わかったよ」


 ボクは、返事をして改めて構えた。

 デリックは心配してくれたようだけど、エインセルと聖域で長い間特訓してきたのだ。


 ボクは、剣を握り突き出すように腕を持っていく。

 そうして、地面をけり、瞬時に、地面を蹴った。


 そして、盛大にすっ転んだ。


「痛っ」

「え?は?おい、ちょっと待て。おい!エインセル!?どうなってやがる!?お前、こいつが小さいころから特訓つけてやったって言ってなかったか!?」


 ボクが、地面にぶつけた顔面をなでていると、ディランさんの口からそんな声が聞えて来た。







 それから、少し、ボクたちは、お互いの戦力を確認しあった。

 剣術、体術、魔法、道具など、様々な、情報を共有した後、作戦を立てるに至った。


 そうしているうちに、日は暮れて、今日は解散しようとなった時に、ボクはディランさんに呼び出された。


「セオドル、ちょっと良いか?」

「うん」


 そんな、返事をして、ボクは彼について行った。

 そして、少し離れた所まで行って、ディランさんは口を開いた。


「セオドル、俺が情報共有の時、エインセルになんて言ったか覚えているか?」


 突然の話題に、ボクは一瞬固まることとなる。

 それでも、数秒後に、なにを言いたいのか、思い至った。

 たしか、彼はこういっていたはずだ。


「このままだと、負けるって言ってたよね」

「ああ、そうだ」


 彼は、短く肯定した。

 そして、更に続けた。


「何でかわかるか?」


 何でか。

 つまり理由だ。

 勝てない理由。


 ディランさんは勝機があることは否定しなかった。

 なら、勝てない理由とはなんだ?


 数秒考えるが分からない。


 そんな、ボクに耐えかねてか、ディランさんは答えを告げた。


「お前だ」

「え?」


 お前。

 そう言われて、ボクは首を傾げる。


「ああ、別に、実力は分かってる。それについてどうこう言っているわけじゃねぇ。俺が言いたいのは心構えってやつだ」

「心構え?」

「ああ、俺自身、精神論は好きじゃねーが、こればっかりはそうもいかねぇ。まあ、率直に言うと、お前は覚悟足りてんのかって話だ」


 覚悟。

 そう問われると、明確に答えられなかった。

 ボクはエインセルに言った。


 覚悟は出来ていると。


 でも、なぜか、ディランさんを前にして、軽々しくそうは言えなかった。


 あの言葉は嘘じゃない。

 それでも、ボクの言う覚悟と、彼の言う覚悟は違う気がしたから。


「覚悟、って言い方は悪かったかもな。なんつーか、お前からは感じねぇんだよ。大精霊を狩るって気概を。いや、そもそも、大精霊を狩ると言う事の意味を理解しているようには見えないと言った方が良いか?」

「理解?でも、ボクは誰よりも大精霊のことを──」

「そう、それだよ。そう言うところを言ってんだよ」


 そう言われて、ボクは言葉を断ち切られる。

 彼が言いたいのは、弱いくせに、分かったふうになるなよと言う事だろうか。

 そんなことを考えて、違うだろうと次の言葉を聞いて判断した。


「お前にとって、大精霊ってのは、信仰の対象じゃないだろ?いや、違うな。お前にとっての大精霊は、いつもお前に笑顔をむけてくるあのエインセルだろ」


 そう言われて、ボクは頷く。

 当たり前だが、その通りだ。

 一番近くにいたのは、彼女であり、他の大精霊とはあったことがないのだから。


「そこだ。そこが、認識の差を生んでるんだよ。良いか、多分お前の認識を一番理解できるのは、恐らく俺だ。異邦の地からこの精霊信仰の盛んな地に来た俺が、一番お前の感覚に近いだろう。ただ、逆に言えば、お前の大精霊に関する理解はそれぐらいこの国の人間とはかけ離れてるっつーことだ」

「ボクの認識が違う?」


 確かに、そう言われて、ボクは思い至ることがあった。

 ボクは、精霊信仰している人間をいつも一歩引いて見ていた。


 ボクが、精霊信仰について語るとき、その思想は「こう思う」ではなく「だろう」と言った推測するかのようにいった。


 思えば、ボクが精霊信仰の類を正確に理解したのは、大精霊であるエインセルと知り合ってから。

 大精霊の存在すら、知ったのはその後だ。


 ボクは、精霊を考えるときに、使っていたものさしは、エインセルだった。


 大精霊に向けるボクの思いは、信仰ではなかった。


「ボクにとって大精霊は近くにいるもの」

「そうだ。その感覚が、お前の中にある大精霊のイメージを変えているんだ。なじみのない俺以上にな」


 ディランさんはそう言った。


「じゃあ、お前以外にとっての大精霊はどんなだと思う?」


 そして、そんな質問をした。


「信仰の対象?」

「違う。もっと、大きなくくりで見ろ。この国だけじゃない。この世界での大精霊の認識だ」


 世界での認識。

 精霊信仰をしているこの国以外から見た時の大精霊。

 すべての魔法が使えると言う精霊。

 その威力は、最高位のバ級である。

 そして、それは味方ではない。


 ボクは口を開いた。


「……強い何か」

「そうだ。絶対的な力。いつ自分たちに向くかもわからない絶対的な力だ。そして、それは実際にこの国への戦争を仕掛けることに対しての抑止力の一つであることも確かだ。聖域から出られないと言っても、「精霊の業」を破れば一時的に移動も可能だしな」


 絶対的な、国の脅威になるような力。

 それとボクたちは戦おうとしている。


「さあ、改めて聞いてやる。最初の質問だ。お前に大精霊と戦う覚悟はあるか?」


 その言葉は、ボクにのしかかった。

 ふわふわと不定形をしていたそれは、輪郭を取り戻しボクに突きつけられた。

 

 命を賭ける戦い。


 そんなことを考えていたのに全然理解していなかった。


「まあ、とにかくだ。俺は死にに行くわけじゃねぇ。お前がこのままなら、俺は大精霊討伐には手を貸さねぇからな」

 

 そう言葉を残して、ディランさんは去っていった。

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