十六話 ロプト
ラートの街から離れ、大精霊討伐のための仲間のツテを得たところで街に戻ってきていた。
そして、早々にボクは思わず声を上げた。
「凄い!」
少々恥ずかしくも思いながら、ボクはその手に収まるものを見る。
今ボクの手に握られているのは短剣。
ボクには少し大きいのか結構長く感じるそれは太陽の光が反射する。
「気に入ってくれたようでよかったです」
「うん!ありがとうエイン!」
この短剣はエインセルがくれたもので、元々あった刀身に街を出る前に鍛冶屋に預けて柄や鞘をつけてもらったものであった。
「セオ、カッコいいです」
「絵になりますね」
「そうかなあ。そう言えばエインも模擬戦の時かっこよかったよ」
ボクに構えるように言ったエインに構えてみせるとほめてくれるけど、ボクからすれば八人相手に圧倒していたエインの方がすごくて格好良かった。
「えへへ。そうですか?」
「エイン様、恥ずかしがってて可愛いです!」
そんな二人の様子に少し口角が上がる。
しかし、フェイスは動きを止めた。
「あれ……」
「どうしたの?」
ボクは気になって聞いてみる。
「いえ、大したことではないのですが、どうやら、写真はこれ以上撮れないようで」
彼女が持ち上げて見せてくれたのは行きがけに見たカメラだった。
そう言えば、サイラスも回数が決まってると言っていたような。
「写真か。写真屋なら、ロプトにもあったはずだぞ」
「そうなの?」
デリックがやり取りを見ていったことを訊き返す。
「ああ、それと、ディランさんからの伝言で、ロプトに来いって言ってたぞ。次の目的地はロプトなら、ちょうどいいんじゃないか?」
「まあ、確かにそうかもしれませんね。では、準備出来次第出発しましょうか」
商業都市ロプト。
人と物が行きかう街だ。
その名前はボクでも知ってるほどで、村に来る商品は大抵ロプトの街から来たものだった。
商業都市と言うだけ、良いものが揃っているのか、ロプトの商品と言えば外れなしと言った風だった。
しかし、聞いた話と実際に行ったのではやはり違う。
「人とものがたくさん」
目の前に広がるのは、行きかう人と物。
流石商業都市と言ったところだ。
「感動しているところ悪いが、街に付いたらすぐ連絡をくれって言われてるからな。移動するぞ」
「セオが感動しているのに邪魔をするとは」
「めんどくせーな」
「生意気ですよ」
「はあ、まあいいか」
エインセル次いでフェイスの言葉にデリックは諦めたように背を向けて歩き出す。
デリックに続くようにしてボクたちはロプトの街を歩く。
人と物が行きかうだけあって、少し歩きづらさがある道を進んでいく。
「ここだ」
デリックが立ち止まり、一つの建物を見る。
二階建ての……宿屋だろうか?
デリックは慣れたように中に入っていく。
一階は食堂になっているのかテーブルが並んでいる。
デリックが店の人に話しかけると二階に案内される。
「こちらの部屋です」
「ありがとう」
デリックはお礼を言うとノックをして扉を開ける。
「お、デリック。来たか」
デリックが部屋に顔を入れると中から声が聞こえる。
男の人の声だ。
ボクたちが部屋に入ると剣を腰に携えた恰幅の良い男性が椅子に座っていた。
「約束通り連れて来ましたよ。それより、まさか本当に来るまでの間ここに閉じこもっていたんですか?」
「まあ、良いだろ。いつ来るか正確な日付けは分かってなかったんだから。それと、そこの二人も久しぶりだな」
「久しいほど経ってませんが、まあ、元気そうで何よりです」
エインセルはそう言って、フェイスはお辞儀だけする。
「あと、坊主も……つっても面識はねーからな。一応聖域の守りをしてたから見たことはあるだろうが、俺はディラン・ブラント。よろしくな」
「えっと。セオドル・キオネです」
「あーそれと、敬語は良いぞ」
「そうですか?」
「ああ。俺がお前くらいの時は敬語どころか大人のことは舐め腐ってたしな。それに、お前も大精霊の討伐に参加するんだろ?それだったら下手に人によって喋り方を変えてたら連携も取りにくい」
「うん。わかったよ」
ディランさんの言葉に甘えさせてもらおうことにした。
「まあ、自己紹介も終わったことだしお前ら座れよ」
ディランさんに言われ、ボクたちは席に着く。
この部屋は大部屋で店の真ん中に机が置かれている。
それを囲むようにして座った。
「まあ、これくらいで良いか」
ディランさんはそう言うと立ち上がった。
「取りあえずは協力を取り付けた奴が来るまで自由行動で良いか?俺もちょっと出たいしな」
その一声でボクたちは一旦街を見て回ることになった。
「セオ、一緒に回りましょうか?」
エインセルが声をかけてくる。
「ごめん。ボク、デリックと回ろうと思ってるんだ」
「なっ!?セオを取られた!?」
「大げさな。おい、フェイスもにらむなよ」
デリックは随分と他の皆とも仲良くなれたようで、気軽に皆と話している。
「じゃあ、行こっか」
ボクはデリックに声を掛けた。
宿を出てボクたちは外に出た。
来た時も思ったが、人通りの良さに圧倒される。
人がたくさんいると言う事は食もあると言う事か良いにおいがする。
それを追うと串焼き屋があったのでデリックと一緒に買った。
「よかったのか?」
道の脇によって串焼きに口をつけた時にデリックはふとそう言った。
「何が?」
ボクは意図が理解出来ずに首を傾げた。
「何がって、お前の彼女とのデートを断ってまで俺なんかとこんなことしてていいのかって」
「あー、それは」
ボクは言葉が詰まってしまう。
歯切れの悪さにデリックが微妙な顔をする。
「えっと、実はエインにプレゼントを上げたくて……それで、デリックなら女の子が何を喜ぶか知ってるかなって」
「……そんなことか。でも、それならフェイスに聞けばいいだろ?」
「エインもそうだけどフェイスにも買おうとおもって」
「そうか。でも、俺別に詳しくねーぞ」
「そうなの?デリックの方が年上だから知ってると思ったんだけど」
「悪いな。世の中は年を取るだけでそう言う経験が出来るほどうまくできてはねぇんだよ。まあ、何回かプレゼントくらいしたことあるから助言くらいはしてやるが……」
「ホント!?」
「ああ」
そうと決まれば早速と言う事でボクたちはプレゼントを買いに歩き出した。
「そう言えば、どうしてデリックは大精霊を倒そうと思ったの?」
プレゼント探しに店を回っているときふとボクは疑問を口にした。
前から気になっていたけれど、聞くタイミングがなかった。
いい機会なので聞いたみたのだ。
「ん?ああ、そう言えば言ってなかったな。まあ、これから最悪死ぬような戦いに行くんだ、話しても良いか。隠しているわけでもねぇしな」
そう言うと彼は人通りの少ない道に移動した。
「流石に気付いているだろうが、俺は反精霊教組織の関係者だ」
「確か、坊ちゃんって呼ばれてたよね」
「ああ。まあ、そこから察してほしいんだが、俺の父親は組織内でそれなりに力を持っているんだ」
偉い人の息子、だから坊ちゃん、簡単な話だ。
「でも、それにしては、あの男の人たちの態度……」
「ああ、嘗め腐ってただろ?さっき言ったように親父は力がある。俺は言ってみれば七光り、そんな俺に不満を持つ奴は多くいる」
僅かにデリックは目を細めた。
「でも、普通は何もできねぇ。できねぇはずなんだが、運悪く俺の親父は俺に関心がなかった。だから、暴力こそないが、多少態度が悪くてもなにも言われねぇんだ」
どこかで聞いたような話だ。
「んで、まあ、それはいいんだが。そんな俺に無関心な親父が執着し続ける大精霊ってのを俺が倒せればどうなるんだろうかってな。まあ、別に認めてくれるとか、そんなことはないだろうが。……なんつーかな、結局俺も親父がご執心なそれに興味を持ったっていうか。まあ、そんな感じだ」
「そうなんだ」
ボクはエインセルと居るためだって考えていたけれどいろいろな考えがあるんだな。
「そう言えば、デリックって好きな人いるの?」
「は!?何だよいきなり!?」
ふいに出た言葉、それをデリックに聞くとそんな反応をした。
思ったよりもリアクションが大きかったせいかボクは少し気になって言葉を続けた。
「さっきプレゼントあげたことがあるって言ってたから気になって」
「いや、あれは親戚に年の近い奴がいてあげたんだよ」
「じゃあ、いないの?」
「……いるけど」
「ホント!?誰?どんな人?ボクが知ってる人じゃないかもだけど」
残念ながら、ボクはあまり知り合いがいないし、その中でデリックが知っていてボクも知っている女の人なんてゼロに近いんじゃないだろうか。
「はぁ、しゃあねー。誰にも言うなよ」
「うん」
「……フェイ──」
そのとき、ボクの頭上に影がさした。
それに、気を取られてデリックがなんて言ったか聞き逃してしまった。
顔を上にあげると、壁かと思ったのは人だったようで、背の高い男の人が見降ろしていた。
ボクは少しデリックの方を向いて歩いていたためにその人に気付けなかったようだ。
「えっと、ごめんなさい」
ボクは軽く謝って脇を通ろうとして、いきなり重くなった肩に疑問を抱いて目をむけた。
向けた先には、大きな手、それがボクの肩を掴んでいた。
そして、次の瞬間、掴まれた肩は投げられるようにして後方へと力が加わった。
いや、実際にボクは肩ごと摑まれ、後方に吹き飛ばされるかのようにして尻もちをついていた。
「オイ、なに行こうとしてんだよ?今お前が当たってきたせいで、俺の骨が折れちまったじゃねーか?こりゃ慰謝料もらわなきゃなぁ?」
ボクを心配してか駆け寄ってきたデリックに手を貸してもらい立ち上がると男はそんな風に言った。
ボクは一瞬理解が追い付かなかったが流石に意味が分からず反応した。
「そもそも、ボクはぶつかってないし、当たってきたと言うなら掴んできたおじさんの方が──」
「ア゛ァ?つべこべ言ってないで早く金出せや!」
男はボクの言葉を遮るように絶叫する。
「マジったな。割とこの街は治安が良いから気を抜いてたがまさかこんな頭のおかしい奴に出くわすとは。あまり騒ぎにはしたくはないが……セオドル、ここは俺に任せろ」
デリックはボクの前に立つようにしてそう言った。
そして、構えを取った。
「待って」
でも、ボクはそう言った。
「おい、待てって。もう、相手はやる気満々みたいなんだが。それにここでは魔法は使えないぞ。それに武器の使用も避けた方が良い」
「わかってる。ボクに任せて」
「はぁ、まあいいが、危なくなったら俺が変わるぞ」
「うん。これでも、ボクは元々冒険者か傭兵を目指してたんだ。やってやれないことはないよ」
そうしてボクは構えを取る。
ここでは魔法は使えない。
まず大前提にエインセルがいない事もあるけど、街中で派手に魔法を使えば牢屋に入れられてしまう。
でも、ボクは、何年もエインセルに戦い方を教えてもらったんだ。
大精霊でもない普通の人くらいどうとでもなる。
「作戦会議は終わりか?まあ、どっちが来ようと変わらねーがなァ!」
男は大振りで殴り掛かってくる。
ボクとの距離はそこまでないが特段脚も速くない。
これなら、行ける。
デリックは裏道に入り、運悪く変な男にセオドルが絡まれてしまい対処しようとしたところでセオドルが自分でやると言い出した。
なんだかやる気だったので譲ったが、案外悪くない判断だったかもしれない。
大精霊エインセルがあそこまで寵愛するセオドル・キオネの実力。
魔法に秀でているのは十分承知ではあるが、こと体術に関しては全くの未知数であった。
これから、生死を賭けるような戦いに行くのだ、仲間の実力を知っておくのは良い事でもあると判断していた。
大振りの拳を放ってきた男を見てデリックは素人にもほどがあると半ば呆れ、意識はセオドルに向いていた。
セオドルを見ると、構えはとてもきれいに見えた。
彼がエインセルに戦いを習ったと言うのならば、彼女の体術を見たデリックには納得のいく話であった。
そして、一瞬のうちに彼は動いた。
脚を引き、地面を蹴った。
いや、蹴ると同時に腕を振りぬいた。
「「「え?」」」
その瞬間、皮肉にも敵対していた全員が仲良く声をかぶせた。
そして、あっけなく空ぶったセオドルはパタンと倒れた。
「おいおいマジかよ。さんざんイキり散らかしてこれかよ?歩けるようになったばかりの赤子の方がマシだろ」
男はそう吐き捨ててセオドルを見た。
そして、拳を振り上げた。
「まあ、手加減するこたぁねーがなァ!」
「あぁもう!俺がやっとけばよかった」
振りかぶる男にデリックはそう言いながらも駆け寄った。
男ごと張り倒しでもして、攻撃の中断を指せようという魂胆だ。
だが、デリックが何かに気付いたような顔を一瞬見せると、攻撃ではなくセオドルの身体を引いて後退した。
次の瞬間、先ほどまでセオドルがいた場所ごと地面が貫かれた。
男の攻撃ではない。
何故なら男の突き出された腕は、虫に食われたかのように肘関節と手根骨の間を緩やかな曲線を描き橈骨ごと貫かれていた。
そして、それを貫いたのはいきなり風の音と共に現れた一本の槍だろう。
槍は甲高い音を鳴らし地面に深々と突き刺さっていた。
「……あ?」
男がわけもわからずと言った表情をうかべたところでこの槍と攻撃の主は舞い降りるようにして姿を現した。
「おっと、外しちゃった」
そう言って、槍を抜いて未だ動けずにいた男の首をはねた。




