十三話 男子禁制
情報を整理したボクたちは早速行動に移っていた。
これからの予定もあることを考えればあまり時間をかけるべきではない。
と言う事で、ボクはあたりをつけた場所に向かっていた。
四角い石が積み上がり、若干曲線を描いたそこは暗く歩きにくい。
キツイ臭いに顔をしかめながら進む。
下水道なんて人生で入ることはないと思っていたけど、生きてればこういうこともあるのかもしれない。
ただ、幸いと言えばいいのかすぐに見つけることが出来た。
丸をペンで書いて張り付けたような面のような顔をのぞかせ、首から下はやけに小さく不自然なバランスを感じさせる。
僅かばかりの金の輪のような装飾を腕や足首に身に着けて、それは胡坐をかいて宙に浮いていた。
そして、それはボクに問うた。
何者かと。
特に言わない理由もない。
「ボクの名前はセオドル・キオネ」
だから、ボクは簡潔に答えた。
それを、聞いた瞬間に、目の前の精霊の気配が変わったような気がした。
ただ反応がない。
どうしたものかと考えてボクは口を開いた。
「ボクも実際に紙を触った時気にはなっていたんだけど。まさか、魔力欠乏の理由があの紙吹雪だったとは驚いたよ」
悩んだ末に、ボクは今回の一件の答え合わせをすることにした。
「紙吹雪……ですか?」
昨夜、子爵から魔力欠乏のからくりを聞いたルイスは確認するようにしてそう言った。
紙吹雪と言うのは、大通りで祭りの際にバラまかれたものだ。
確かに、ルイスの記憶にもある。
「ああ。奴らは紙に術を掛ける。それを用いて魔力を吸い取る」
「つまり、領主を脅して祭りのたびにそれを大通りにバラまかせて広く効果を発揮させたってこと?」
ソフィが総括するようにして言う。
領主を利用して、人が一極集中する場所へとばら撒かせる。
そうすることで、魔力を集めていたわけだ。
「そうだ。人の多い場所に年に一度ばら撒けと。さもないと……」
「貴方を始めこの街の住人を皆殺しにする、ですか」
悔しそうにビリー・ラート子爵は顔を歪める。
「敢えて住民を生かし、一気に殺さないのは、精霊にとって継続的にエネルギーを補充するためだろう。狩りをしなくても餌がやってくるとなれば好んでそうする。特に、オドが豊富な場所の多くが大精霊のもとにあるとなれば」
そう言って奥歯に力を入れた。
時は、セオドルが地下へ戻る為に行動を開始して少し、他二人は彼と別れ別行動をしていた。
「しかし、意外でした。エイン様が今回の作戦を了承するとは」
おもむろにフェイスは口を開いた。
「そうですか?」
「はい。普段でしたら、絶対にセオドル様にその役はさせないと思いまして」
「まあ、そうですね。ですが、今後のために必要なことです。それにこの程度の相手にセオを傷つけさせる気はないですよ。……それより、気付きましたか?」
「何をですか?エイン様」
半歩後ろを歩いていたフェイスは首を傾げる。
「セオの行動についてですよ」
「行動……ですか」
「ええ。違和感を感じませんでしたか?自分から今回の件に首を突っ込もうとしたことに」
今回の件、つまり魔力欠乏の原因の対処についてだ。
そして、
「私が後押ししたとはいえ、今までのセオなら関わろうとはしなかったでしょう」
「つまり、セオドル様が精神的に成長したと?」
「いいえ。そうではありません。気にしてるんですよ。私があの日彼に悪人だと言ったことを」
「そう言えば、エイン様が事細かくあの時のお話を聞かせてくれましたね」
エインセルはセオドルと契約を交わした日、彼を追い詰めるためか、悪人だと彼を罵った。
フェイスはその場にいなかったが、セオドルとの告白イベントとあって彼女は何度も話聞かせてきた。
そのため、すっかり内容を覚えてしまったのだ。
「あの子は自分が悪人であると、何とかしてそれを変えたいとどこかで思って今回の行動に移ったのでしょう。可愛いです」
少し朱を頬に浮かべ、エインセルは歓喜する。
「なぜ人間である貴様からあの時と同じ気配がッ……大精霊の気配がする!?」
やっと喋ったかと思えば目の前にいる精霊はそう発した。
大精霊と言えばエインセルのことだろうけど。
本来、精霊が大精霊の気配を判別するなどは不可能だ。
だが、この個体は、恐らく大精霊から発するいわゆる匂いのようなものをどこかで知って重ね合わせたのかもしれない。
「昔から、一緒にいたからじゃないかな?」
気配と言うのはよくわからないけど、きっとそう言うことだろう。
「ッ!?大精霊は我々から何を奪おうと言うのだ!この地に流れるオドを吸い上げ、我々の生命を侵す!これ以上何を!!」
「オド?」
「そうだ!嘗てこの地には潤沢なオドがあった。だが、彼の大精霊はそれを我がものとした!彼らは奪ったのだ!我々から!」
確か、この街の収穫祭が早いのはオドの影響で気候変動が起こった名残だったか。
そして、それがなくなったのは、この精霊がいうところの大精霊の仕業だと。
「でも、ボクが言えた義理じゃないけど、君たちも人に同じことをしといてとやかくは言えないんじゃない?」
「は?人だと!?そんな下賤なものと我々を同列に語るな!!」
激情したためか、気配が変わる。
いや、攻撃に入ろうとしているのか。
顔と思われる丸を描くような輪が回転する。
そして、魔力だろうか。目の前の精霊はそれを練り上げていく。
──だが。
「──サカル・ナゴ・ザ・ブラト」
精霊の背後、つまりボクの正面から聞こえて来たその言葉によって阻まれる。
行使されたのは青魔法、下水もろとも凍らせ棘のような形状になったそれは精霊を襲う。
「セオの素晴らしさすら理解できない中精霊風情が」
そして、魔法を紡いだ声でそう聞こえた。
「助かったよ。エイン。でも、もうちょっと早く出てきても良いんじゃない」
「すみません。つい、セオの雄姿に見とれてしまって」
またまた、とボクが言うとフェイスが本当にそうだったと言うけれど冗談だろう。
それにしても。
「これって中精霊なの?」
「ええ。とは言っても下の下と言ったところですが。言葉も使ってましたが珍しく知能と強さがあまり比例していない部類ですね」
「比例?」
「基本的に言葉を操れるものは中精霊とみていいんですが。この個体はここまで流暢に話しておいて、中精霊にしては弱いんですよ。だからこそ、出来るだけ時間をかけて慎重に仕留めたんですが」
「そうだったんだ。ボクからしたらいつ攻撃してくるかわからなくてヒヤヒヤしたけど。でも、時間を稼げてよかったよ」
今回の作戦はボクが気を引いてエインがとどめを刺すと言うものだった。
ボクと契約した影響で、エインセルが全力で戦うことは出来ない。
そのため、魔法を一発打つだけと言う状態にして倒したのだ。
「ええ、セオのおかげです」
そう言うとエインセルはボクに地上に出ようと提案した。
「あんなところもう入りたくない」
「それは俺も同感です。流石に臭いがきつい」
精霊の討伐を終えたルイスとソフィは地上に戻ってきていた。
すでに服は着替えている。
今は、子爵邸の使用人が出してくれたお茶をお飲んで一息しているところであった。
ルイスはティーカップから昇り立つ湯気を鼻に掠めて香りを楽しむようにすると、この部屋に二人きりであることを確認した。
扉の向こうには立ってるであろうが、内部にはいない。
「気付きましたか?」
「何を?」
「地下にいた中精霊のことです」
「もう思い出したくないんだけど」
「重要なことです」
「はぁ。分かったよ。何?」
めんどくさい、もしくは気が重いとでも思っているのだろう。
そんな気持ちをありありと整った顔に書いたソフィは曲がりなりにも聞く姿勢を取った。
もっとも、視線は自身のティーカップに浮かぶソフィ瓜二つの顔に向いているが。
「もっと、態度を隠して……いや、良いです。俺が言いたいのは中精霊は全部で三体いたのではないかと言う事です」
「三体?」
やっと、適温に醒めたと見計らってソフィはカップに口をつけて聞き返した。
ちょっとぬるいか。
「そうです。俺たちが戦った二体。それを統率していたもう一体です。精霊たちは紙吹雪に術を掛けていたようですが、あの二体にそんなことが出来るようには見えませんでした」
新しいのを継ぎ足せば丁度いいか。
ソフィはカップに少量注ぐ。
「じゃあ、それも倒さないとじゃないの?」
「ええ、俺もそう思い、探してみました」
何故か、渋るようにして彼は言う。
「あちっ」とソフィは口元からカップを話す。
「見つからなかったの?」
「いえ、見つかりました。戦闘の跡と氷漬けにされて消滅寸前の恐らく二体と同種の中精霊に。そして、「大精霊」と掠れる声で言っていました」
「瘴気?」
エインセルの口から出た単語に思わずボクは聞き替えす。
「そうです。魔物が侵されているそれと同じものをほんの僅かですが先ほどの中精霊は帯びていました。そのせいで、今回のことを起こしたのでしょうね」
「そんなことってあるの?」
「別に珍しい事でもないですよ。魔物の場合、交配してそれが受け継がれますが、精霊は基本的に個で完結しているので寿命を迎えればそこで瘴気に侵されたものは解放されます。しかし、寿命が百年二百年そこらしかない小精霊ならともかく、中精霊は五百年は普通に活動するためその名残を持つものが未だ数多くいるんですよ」
魔物は瘴気により突然変異したと言うが、精霊はどうなのだろうか。
ボクは中精霊をさっきの一柱しか知らないから比較のしようもないし、さらに言えば帯びていた瘴気もほんの少しだと言われればわかるはずもなかった。
「あれ?昨日ぶりだな」
ボクが思考をしていると、それを遮るように掛けられえる声があった。
見知らぬ声、いや、一度聞いたことがある。
昨日、そう告げられたことで思い出した。
ボクがここに来てすぐに七剣聖と七賢人のことを教えてくれた人だ。
十三、十四そこらの様相は昨日の記憶と一致する。
「昨日の大通りであった人だよね。昨日は知らないうちにいなくなっちゃうからびっくりしたけど……」
「え、いや、普通に挨拶したぞ」
「え?」
うーん。記憶にないが、ボクが考えに耽っている間にいなくなったってことは声を掛けられたのにボクが気付かなかったと言う可能性もある。
「まあ、いいや。そんなことより、提案なんだけどさ。俺も君たちの旅に連れてってくれないか?」
突然の提案にボクは驚く。
「えっと、それは……」
「ダメです!」
「男子禁制です!」
考えあぐねるボクが返答する前に後ろの二人が拒否をした。




