十話 ラートの街
「どうやら違ったみたいだね」
「そうですね」
「面目ないです」
ボクは紙吹雪と目の前の状況を見比べてから呟く。
実際収穫祭と言うものは、昔の名残で今もこの街にあるらしいが今回の騒ぎの原因はそれではないようだ。
「まあ、よく考えてみれば、収穫祭と言っても実益がないのに此処まで大掛かりな準備は出来ないよね」
ボクが手に持つ紙、それと同様のものが宙を舞っている。
紙の量産は昔より簡単になったとは言っても、お金はかかるし細かく切ってばら撒くとなればもっと手間がかかるだろう。
「すげー。七剣聖ルイス・エーベル、それに七賢者ソフィ・ウィロウまで……」
その時ボクにこの騒ぎの原因である答えを告げるかのように隣に立って同じようにのぞき込んでいた男の人が言う。
男の人と言っても、年齢はボクとあまり変わりそうもない。
一つか二つ年上だろうか。
「あれが七剣聖……」
「ん?何だお前、見るのは初めてか?」
「え、あ、はい」
呟いた言葉を拾われて驚いて言葉が詰まる。
ただ、彼は気にした様子もなく、話を続けた。
「そうか。俺も王都で数回見かけた程度だが、どちらか片方はともかくあの二人が揃うのは凄い珍しい事なんだぜ」
「そうなんですか」
「ああ。そもそも、同じ位である剣聖が二人揃うのも珍しいのに、剣聖と賢者が揃うなんて奇跡に近い」
ボクも剣聖の話は好きで少しだけ知ってるくらいだけど、やっぱり珍しい光景なのか。
金髪のイケメン剣聖ルイス・エーベルと彼よりも少し色の薄い金の髪をもつ美人ソフィ・ウィロウを見る。
まさに、お伽噺の英雄と言った風貌の二人になんだがテンションが上がる。
ボクもあんなふうになっていたいものだ。
剣を振るって強い魔物を倒したり──っとイケナイイケナイ。
「って、あれ?」
のめり込みそうになった思考を何とか打ち切って我に戻った時にはさっきの男の人の姿は無くなっていた。
「どうかしましたか?」
「さっきまでここにいた人知らない?」
「さあ。私は見てないです。フェイスは見ました?」
「いいえ。私も見ていません」
二人が首を横に振る。
「そっか、ならいいんだ」
「これ美味しいね」
ボクは宿屋に隣接する食堂で夕食を取りながらそう言った。
ここで出る料理がどれくらいのものか分からないけど、村で食べていたものと比べればとても上等なものだ。
もちろん、家で食べたあの味が嫌いなわけじゃないけど食材からして違ってくる。
スープ一つとっても、ほぼ具がないそれとはやはり違ってくるのだ。
「セオ、私のもどうぞ」
「え、悪いよ」
「でしたら交換しましょう。ほら、私のを一口あげます。あーん」
「じゃ、じゃあ」
せっかくだしもらおうか。
そう思い口を開けたところで、彼女のスプーンに乗っていた具が消える。
「もぐもぐもぐ……あっ//エイン様の味がします」
「ちょっとぉ、何してるんですか!?」
目にもとまらぬ早さでエインセルのスプーンを咥えたフェイスがそのに乗っていた具を頬張り美味しそうに咀嚼する。
それに驚いたのかエインセルも声を上げるが相変わらず二人は仲がいい。
「エイン、ボクにも頂戴」
「ええ!もちろんで──あ、でもこれはフェイスが……」
「?」
嬉しそうに返答したエインは何かに気付いたように動きを止める。
自身のもつスプーンとボクを交互に見合わせて困ったような顔をする。
「どうしたの?あ、交換だからボクのも食べるよね」
交換だったことをつい忘れそうになっていたボクは自分の分を差し出そうとする。
「え、あ、はい!……あーn」
「はいこれ。エインの分、こっちはフェイスの分ね」
ボクは取り皿に二人の分を取り分けて差し出す。
「……あ、ありがとうございます。セオ」
「私のでよろしければこちらをどうぞ」
「ありがと」
ボクはあまり経験がないけど、こういうところで皆が別のものを頼んで交換するのも楽しい。
「──ちょっと大丈夫!?」
新鮮な経験に心躍らせると近くのテーブルからそんな声が聞こえてくる。
ガタッと何かが崩れるような音と共に聞こえて来たそんな声のもとを思わず向く。
「う、うん。大丈夫……」
「大丈夫って顔色酷いじゃない」
ボクが視線を向けた先には二人の女性、一人が頭を押さえてもう一人はそれを心配そうに見ている。
「魔力が枯れかけているようですね」
ふいにそんな声が聞こえる。
透き通った高くてきれいな声、エインセルだ。
小さくボクとフェイスにだけ聞こえるくらいの声だったせいか、他の人が気付いた様子はない。
「魔力?」
「ええ、直接魔力を感知することは現段階ではできませんので断言はできませんが。しかし、症状からしてそうでしょうね」
ボクと契約した影響か出来るだけ本来の機能を落としているエインセルはそれに含まれる魔力感知について、そう言及する。
そもそも、魔力感知は大精霊くらいでなければ難しいことであるから、代わりにボクが魔力を見るわけにもいかない。
「魔法使いには見えませんが」
フェイスが女の人の装いを見てそう言った。
確かに魔法使いなどでなければ魔力がなくなることも考えにくい。
そんな風に考えていると何か思い当たる節があるのか傍で見ていた中年の男性客が口を開いた。
「またか」
「またって、何か知ってるんですか?」
「ん、ああ。アンタらはさっきこの街に来たばかりのようだし知らなくてもしゃあねぇか」
耳ざとく魔力が枯れかけた女性の背中をさすっていた女の人は何か知ってるのかと男に問う。
男は女性の様子を見て納得したように再び口を開いた。
「毎年この時期にアンタらみたいに倒れる奴が出てるんだ。俺も祭りの時期にこの街に来るんだが見るのは珍しくねえ。なんでも魔力が不足して体調を崩すんだと」
「でも、この子は魔法師でも何でもありませんよ」
「そりゃ見ればわかる。だが、今まで倒れた奴も魔力何て使ってたわけじゃねえ。突然倒れんだ。まあ、倒れこそしても、それで死んだ奴は今まで一人もいないようだから、さっさと宿にでも行って安静にしとけば大丈夫だろ」
やはり魔力が枯れたことでの体調不良。
エインセルが言った通りだった。
ボクも魔力がなくなれば体調を崩すことは学園で基礎として扱われるくらいだから知ってたけど、実際に魔法使い以外の人がそうなってるのを見て思い当てることは出来なかった。
やっぱりエインセルは凄い。
そんなことを思ってボクはスープを口に運んだ。
翌日、ボクたちは、ここラートの街にあると言う組合の施設まで来ていた。
街の規模こそ、ムラマエの街とは大きく変わらないが、この街の建物は高く、それでいて近代的だ。
そして、例にもれず、冒険者組合の施設も、ムラマエと比べると豪華できれいな造りであった。
そんなこんなで、圧倒されてしまっていたボクは、受付に行く間にきょろきょろとあたりを見渡してしまう。
「今日はどうされました?」
ボクは、周りの様子に気を取られていたが、そんな受付嬢の声で現実に引き戻される。
「昇級試験を受けたいのですが」
代表するように答えたのはエインセルだった。
昇級試験、それこそが、今日ボクたちがここに来た理由だった。
「わかりました。では、冒険者証を提示していただけますか?」
そう言われて、ボクたちは首に掛けていたドックタグのような形をしたそれを外す。
そうして、カウンターに置かれた三つの冒険者証を確認して、受付嬢は口を開いた。
「皆さん、四級ですね。それでしたら今日、今からでも可能になります」
「では、すぐにお願いします。いいですね?二人とも」
エインセルはそう言って後ろを振り向いた。
ボクはその声に頷き返す。フェイスも同じだ。
これは、元々、すぐに出来るのならそうしようと言う話をしていた為、了解していたことだ。
どうやら、高ランクになれば、試験の関係で日程が決まっており、意外と期間が開いてしまうこともあるが、低級、それもボクたちのような最低ランクの昇級試験であればニ週間に一度のペースでやっていると言う。
それと、当日参加が許されるのも、低級試験の強みであろう。
受付が終わると、ボクたちは時間を言い渡されて、一度外に出た。
試験には、まだ時間が少しだけあるらしく、時間を潰すことにしたのだ。
「時間もできましたし、鍛冶屋に行きましょうか」
組合を出て少し、エインセルはそう提案した。
その提案に、ボクは頷いた。
本来、街に着いたばかりの、昨日に行くはずだったのだが……
「昨日は開いてなかったからね」
「通りに面していた店舗は鍛冶屋に限らず店を開ける状態ではなかったですからね」
昨日の通りは七剣聖と七賢者の二人を見るためか、多くの人が集まっていて店の前を塞いでいた。
半分お祭りのような側面もあっただろうし紙吹雪が舞うこのラートの街は食堂や宿屋くらいしか営業をしていなかった。
今日は人だかりはないが、ちらほらとその代わりに紙吹雪を箒で掃いて掃除する人がいる。
「エイン」
ボクはふと、思い出し、地面を掃かれる紙吹雪を睨むようにしてエインセルに話しかけた。
ずっと気にかかっていたことがあったのだ。
「先ほどの話ですか」
「うん」
その言葉にただ、ボクは頷いた。
それは、今朝の話だ。
建物を出て、組合に行く少し前。
「おい。聞いたか?」
「ん?朝からどうした?」
「昨日ここで体調を崩していた女がいただろ?」
「ああ、でも珍しい事でも──」
「それが、死んだんだとよ」
「死んだ?今までそんな奴はいなかっただろ?」
「ああ。だがこれは本当だ」
朝食を取りに再び食堂に訪れたボクたちが聞いた会話。
その話は、きっと昨日の夕食の際に、体調を崩していた女の人のことだろう。
この時期になると毎年、魔力が枯渇して倒れる人がいると言う話。
でも、今まで死者が出たことは一度もない。
盗み聞きした話ではあるけど昨日の食堂であの男の人はそう言っていた。
でもこれは。
「エイン、原因は何だと思う?」
ボクは静かに聞いた。
「──恐らく精霊でしょうね」
エインセルは何でもないように言う。
でも、ボクも驚くことはない。
なんとなく予想していたからだ。
「やっぱり?」
「ええ。今の私では多くのことを知ることはできませんが恐らくそうでしょう。対処しますか、セオ」
「いいの?」
彼女の提案に思わず、ボクは聞き返した。
大精霊を倒す旅をしているボクたちだが、エインセルが言うには計画があると言う。
でも、それ以前に、大前提として、ボクたちは派手な動きをして大精霊エインセルが聖域から飛び出して旅をしているなど感づかれてはいけない。
感づかれてしまえば、ボクには大精霊と契約したとして、罪人テオドール・アレクシスと同じ罪が課せられるだろう。
大精霊の業による機嫌を待たずして、国に罪人としてボクは処理されることとなる。
そうすれば、ボクもろとも、五年以内にエインセルも死ぬこととなる。
でも、そんなボクの考えを、エインセルは見透かすようにして言った。
「ずっと気になっていたのでしょう?セオがしたい事なら私は何でもお付き合いしますよ。まあ、昇級試験が終わってからと言う条件は付きますけど」
エインセルは頼もしい笑顔でそう言った。
「それでビリー・ラート子爵、俺に何のようですか?」
ラートの街の領主であるビリー・ラート子爵の邸にて切りそろえられた金髪を照明で照らしながら男は口を開いた。
「いやいや。そう言わずに剣聖ルイス・エーベル殿、此度はラートの街周辺で確認された凶悪な魔物の討伐を祝い豪華な食事を──」
「建前はいりません。たかがあの程度の魔物の討伐で凱旋までさせてこの街に俺たちをとどめた理由を聞きたいと言っているのです」
ルイス・エーベルと呼ばれた男は早く本題に移りたいのか被せるようにして発言した。
「ルイスさん、悪い人じゃないけど、待つのが苦手みたいだから早く言った方が良いよ」
そして、見かねたのかこの場にいるもう一人の人物が声を出した。
七賢者、ソフィ・ウィロウだ。
普段の御淑やかな立ち姿からはあまり想像がつきにくい軽い口調で急かした。
七賢者の一人にそうまで言われれば、子爵も断ることなどできなかった。
「では、失礼して──」
ただ、意外だったのは、先ほどまで媚び諂うような様子を見せた子爵がの酷く落ち着いた様子を見せたことだ。
それは、世界有数の実力者、七剣聖と、七賢者をも驚かせるほどであった。
そして、ソフィの声によって雰囲気を一変させた子爵は話し出した。




