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夢が醒める

恋愛なし異世界転生なのでヒストリカルにしたんですけどタグこれであってます?

オレリアーノ国王立学園。そこの大聖堂で行われる新入生たちの魔法素質検査。最後に名を呼ばれた平民の特待生が水晶玉に手をかざす。水晶から溢れる暖かな白い光。

「聖魔法だ」と誰かが呟いた。

「新たなる聖女の誕生だ!」と誰かがはしゃいだ。

「(すごいわ、『2』の始まりとそっくりそのまま!)」

僅かばかりの驚きを顔に出し、内心では更にはしゃぎながら私はその光景を見ていた。私の名はクレメンティナ。クレメンティナ・オレリアーノ。

この国の王妃であり、異世界からの転生者である。

乙女ゲーム『誰が為の光』とそっくりな世界に転生した私は、自身の立場が悪役令嬢と呼ばれるものだったことに気が付いた。それからは様々な苦労を経て苦難のフラグを折り、私に婚約破棄を宣言した王子と彼を誑かしたヒロインを辺鄙な土地へ追いやり、新たに王太子となった王弟と結ばれたのだ。

あれから十六年。夫が王となり、息子が学園に入るこの年に、ゲーム二作目が始まることを思い出した私は入学時の魔法素質検査を見学している。

今度のヒロインに前世らしきものはない。きちんと順を追って結ばれてくれるのなら、王子と聖女の婚姻は大歓迎だ。

「聖女……あたしが、ですか?」

そこで違和感を覚えた。チェリーピンクの髪をした特待生の少女は、さぁと顔を青褪めさせる。おかしい、確か原作では聖女のことをよく知らずきょとんとしていただけのはずだったが……?

「聖女、いやです! いやだぁ、聖女やだぁ!」

まるで幼い子供のように少女はびえびえと大声で泣きながらへたり込んでしまった。

「ど、どうしたのかね?!」

学園長(代替わりしており、今は私の同級生だった公爵家の次男――攻略対象の一人だったがヒロインに手は出されなかった)がおろおろとしながら彼女に駆け寄る。

「聖女はとても名誉で素晴らしい存在だ、何を恐れる!?」

「めいよ? すばらしい? うそつき!」

近寄ってきた学園長を追い払うようにして、わんわんと泣いている。

「じゃあどうして、奥さまにひどいことしたの!!」

「お、おくさま……?」

「奥さま言ってたもん! 誰も褒めてくれない、聖女なら当たり前だ、って!

クレメンティナ様なら、もっとできるのに、聖女なのに、って!

ずーっと! ずーっとみーんなに言われてたって!!」

その言葉に背筋にいやな汗が伝う。今まで聖女が不在だったのは――先代の候補者が、私が追い出したヒロインだったからだ。

「ご領主さまだってそうよ! 何かと言えばすぐクレメンティナ様と比べられて、

今の王様の方がもっとすごいってずーっと言われて! 誰も褒めてくれなかった、

認めてくれなかったって、ご領主さま言ってたもの!」

「誰も……?」

その言葉に愕然とする。確かに、あの頃私は私との茶会ですら居眠りするような王子に嫌気が差して厳しいことばかり言っていた。あの頃、王子は何と言っていた?

『さすがはクレメンティナだね。僕には、できない』

だから、もっと励むようにと発破をかけて、それでも結局私ではなくヒロインに現を抜かすようだったから誰も皆とうとう王太子交代已む無しと……

「お互いを褒めるしかなかったって、ご領主さまと奥様は……だから、あたしたちは、お互いのいいところをいっぱい見つけて、褒めてあげなさいねって、みんなに勉強、教えてくれるときに言ってくれたの……くれたのに……」

「やめよ! それ以上は王家への不敬だ! 罪に問われるぞ!」

隣に立つ護衛騎士が声を荒らげるのを、止める暇がなかった。

「あたしも『作物の育たぬ不毛の地』へ放逐するって言うんですか!? そこに暮らしてたおじいちゃんやお父さんやお母さんが、どんな思いで新聞を見たのかも知らない王都の人が!」

世間を知らないボンボンめ、苦労してしまえという気持ちは……確かにあって……それで一番難しい領地を与えることを……罰にしたけれど……

「あたしは、聖女なんかに成りにきたんじゃないもん! 三年前に滅多に降らない雨のせいで怪我をして立てなくなったご領主さまを助けるためにきたんだもん!

領主だからここを離れられないしちょうどいい、って泣き笑いしたご領主さまのため! 誰も褒めてくれない聖女になんか、なるもんか!」

泣きながら決意を表明する少女に、私は、私以外も、誰も、何も、言えない。恋に溺れた愚かな王子と悪女が追いやられて、聡明な王と王妃が新たに国を治めるハッピーエンド。誰もが、その物語を信じてきた。

そうして誰もが視線を私に向ける。だって、ここで一番身分が高いのは、私なのだから。

「……生徒は皆、寮の部屋へ戻るように。先生方、案内をお願いします。彼女は……彼女は医務室へ。気が動転しているのでしょう」

「は、はい!」

指示に従って人波が動き始める。2のヒロイン……特待生の少女も、穏やかな女性保健医に伴われて皆に遅れながらも大聖堂を出ていった。後には私とその護衛ばかりが残っている。

「……彼女の語るご領主さまとは……パトリック殿、ですね」

その声にハッとする。もう一人残っていた。この学園に通い始める、私の息子。

「ええ……」

「……母上。私が勉強で良い結果を出すでしょう?すると、王宮のものたちは

皆一様に口を揃えるのです。『流石は王妃様のお子様』と」

息子の声が震えている。私は立っていられないような気がした。

「逆に失敗をすれば『あのお二人に恥じないように努力を』と。父上と母上のことは、敬愛しています。ですが……血の繋がる私ですら胸に棘が刺さるような気持ちになるというのに、ずっと、よその子と比べられていた、パトリック殿は……」

息子は口を閉じては開き、開いては閉じ、そうして決心したかのように言葉を選んだ。

「パトリック殿は、その奥方は、そんなに悪いことをしたのですか……?」

そうして見上げてくる子の目が、王族に代々伝わる紫の目が、あの日『僕にはできない』と呟いた(おうじ)の目と、同じものだから。

私はとうとう堪えきれずにその場に気を失い倒れたのだった。


*


あの後、王宮に戻り目が覚めた私は急いで王子とヒロイン――パトリックとモニカが向かった領地のことを調べた。そして愕然とした。確かに不毛の地だったはずのその領地は、追放後五年程横這いだったが十年前から徐々に収益が上がっていた。三年前、までは。三年前に国を襲った大雨は各地に被害を与えておりてんてこ舞いになったことを覚えている。『あの王子の治める地』『死人は出ていない』という理由だけで被害状況については私は直接確認もしなかった。そういえばあの頃から一部の貴族が冷ややかな目で私を見ていなかっただろうか?あれはそう、彼らを追放した土地に近い貴族で……でも地位が高くはないからと……私は……。


「あの子から、手紙が来ていました」

意気消沈する私のところに訪ねてきた先の王妃様は、私よりも顔色を悪くしていらっしゃった。

「『私のことはいい、どうか、どうか領民へのご配慮をお願いします』そう、記されていた手紙を、私は未練から保管していただけで、中身を、読みもせず……!」

顔を覆って泣く彼女に、息子を諦め捨てさせてしまったのは他ならぬ私なのだ。

『努力が足りない』『もっと励め』そればかりを口にしてきた私は、一体あの人を何だと思っていたのだろう。異世界転生小説を読むたびに『ヒロインは現実を見ろ』と憤っていたことを覚えていたはずなのに、私だって現実を見てはいなかったた。

――誰も彼も、私自身も、私の創り上げた『愚かな王子と女』をやっつける物語に、目を眩ませてしまって。愚かな王子と女が出来上がる原因が、自分たちだなんて思いもせず、物語に酔ってしまっていた。

自分たちの関係こそが真実の愛だと宣う、物語の中の愚者たちと今の私たちの、私の、一体何が違うというのだ……?


*

――ロレンツィオ王とその王妃クレメンティナの御代は決して悪いものではなかった。聡明なる王と王妃の下に幾つもの改革が成され、確かに国は富んだ。だがそれでも欠点として挙げられるのは先代に続き彼らの代には聖女が不在だったことだろう。彼らの婚姻に際して先王の実子と聖女候補が王都を追われて以降、王都に聖女候補が現れることはなかったのだ。ようやく見付けた新たな聖女候補は教会の厳しすぎる教育に否を唱え、史上初の『聖女辞退』を宣言してしまった。次に聖女が現れるのは次代リカルド王が王位に就いた頃。彼女の出自は定かではないが紫の瞳をしていた、聖女になってもらうために王が彼女とその両親に深く頭を下げたという逸話が伝わっていることから――


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