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翌日。森君よりも先に仕事を終えた私は、レジで立つ彼に言う。
「森君お疲れっ。いつもより早くあがっちゃってごめんね」
「気にすんなー。凛花はいつ来るの?コーヒー用意しとくよ」
「バイト終わる時間伝えてあるから、もうすぐ着くと思う」
凛花は私が誘った。特に用事はないけれど、会いたいから。親友の彼女とお喋りでもしたいから。
彼女は疲弊しながらやって来た。夏の終わりは皆一様に、疲れが溜まっているようだ。店内二階、窓際の席に腰を下ろす。
「ちょっと聞いてよ乃亜ぁ。部活の三年生引退した途端に、二年生がまじで張り切っちゃってさ、練習超キツくなったんだけどー」
「えー、ただでさえバスケの練習ってキツいイメージあるのに、それは大変だね」
「もうダメ、死んじゃう。このままじゃもっと痩せちゃうよぉ」
言われてみれば、彼女の体は遊園地の時より華奢に感じた。ハードな練習だけが理由なのか、若干の不安を抱く。
「凛花、そのお……」
それを声に出して聞こうとすると、指の揃えられた彼女の手が、顔の前でピシッと立った。
「秋の大会、番号もらえそうだから陸と観に来なよ」
「え……」
その手からひょっこりと、顔を出す彼女。
「付き合ったんじゃないの?あんた達」
「つ、付き合ったけど、いいの?」
「いいに決まってんじゃんっ。陸とも悲しい別れなんかしてないし、友達友達」
さっぱりしたその顔に、どうやって陸を吹っ切れたのだろうと一瞬疑問を持つけれど、そんなものは思い過ごしで、本当はまだ未練があるかもしれない。
「絶対行く!超応援する!メガホン持ってく!」
「やめてよそんなのっ。恥ずかしいわっ」
けれど私にそう勘違いさせてくるところが、凛花のすごいところなんだ。
✴︎
陸に今すぐ報告がしたい。諦めないでよかったと、凛花と私の友情は、崩れなかったよと。そういえば、今朝目にした星占いでは私の星座が一位だった。そんなことも思い出しながら、浮かれ気分で家路を行く。
「もしもし、陸聞いてっ。凛花がバスケの大会、陸と観にきなよだって!」
半分無意識に押した通話ボタン。陸は「よかったな」と喜んでくれた。
「超嬉しいっ。凛花とまた前みたいに喋れた!なんか泣きそうっ」
友人との相談ごとを恋人にできるなんて幸せだな、などと思いながらペラペラと陸に話していると、背後から聞き覚えのある声がした。
「乃亜ちゃん?」
振り向かずとも誰だかわかる。この人とは一緒に住んでいた。
「奈緒さん……」
家を飛び出た時よりも、ずっと大きな鞄を抱え、腰まであるキャリーケースは傍に。
「何、なんでここにいるの……」
私の動揺した声に何かを察知したのか、陸は電話を切ってくれた。
自ら家を出た彼女。一ヶ月も帰らぬ彼女。私を捨てた父の恋人。今目の前にいる人間は、私にはもう関係のない人だ。
「乃亜ちゃんごめんなさいっ」
彼女に背を向け歩き出したのに、そのひとことで止まってしまう自分がいた。嫌悪感でいっぱいにはなれない。それは事実なんだ。
恐る恐る振り向くと、涙目の奈緒さんが視界に入る。




