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『今日の夕方会える?』
そんな陸からのメールに気が付いたのは、バイトの休憩中だった。そわそわする私に森君は、「陸だな」と悪戯な笑みを向けてきた。私の心を読み取るのは陸のはずなのに、元恋人である彼も見透かし上手だ。
陸との待ち合わせはあの公園。去年の夏、想いを初めて打ち明けた場所。バイトを終えて到着すると、彼はベンチで読書をしていた。
「陸、お待たせー。何それ」
私の存在に気付くと共に、その本は閉じられた。表紙を覗き込む。
「バイト先の先輩に借りた漫画。乃亜は無理だよ、格闘技の話だもん。けっこう血ぃ出る」
「ふうん」
陸の隣に腰を掛ける。途端に始まる真面目な話。
「俺、凛花とちゃんと話した」
「そっか……凛花、大丈夫そう?」
「んー、まあ。泣いてはいたけど」
バーベキューでの出来事を嬉しそうに話す凛花が、つい昨日のことのように蘇る。彼女は本当に、陸のことが好きだった。
「なんかへこむ。凛花を思うと」
「乃亜は気にすんな。もとはといえば、俺が中途半端な気持ちで付き合ったのが悪い」
私の腕をピンッと指で弾いた陸は、浅く座り直して姿勢を正す。
「ってことで俺、今フリーになったわけなんだけど、乃亜は付き合ってる奴いる?」
「はあ?いるわけないじゃん。何言ってんの」
「いや、だって乃亜ってすぐに誰かと付き合うからさ」
持っていた鞄で陸を叩く。彼は頭をさすって言う。
「イテェよ今のは。武器はなしだ、武器は」
「人をチャラい女みたく言うから」
「一途なの?」
「い、一途だよっ」
「ほんと?じゃあ乃亜、俺と……」
そこまで言って、本で口元を覆う陸。
「ダメだ。緊張して言えねえ」
みるみるうちに、耳が赤くなっていく。そんな彼を前にすれば、私の胸もチュンチュンキュンキュン鳴き出した。
「早く言ってよ」
「ちょ。待て」
「今更何もたついてんの。早く告ってよ」
「自分から催促する奴いるかあ?」
互いに一度ずつ咳を払って、向き合った。
「乃亜」
「はい」
「俺は乃亜のことを一生離しません。生涯愛し続けます。俺と付き合って下さい」
まるでプロポーズのような台詞と共に真剣な眼差しを寄越されて、ここが公園だということを忘れてしまいそうになる。純白のタキシードを纏った陸に、ウエディングドレス姿の私。瞳にベールのフィルタがかかる。
「私も、陸の元から一生離れません。生涯愛し続けます。ずっと一緒にいて下さい」
幼い頃からの夢。怖くて怯えて諦めていた。ようやく叶った今日という日は、一生忘れないだろう。
陸は私を抱きしめた。私も彼を抱きしめる。寒くもないのに震える彼から察するに、おそらく彼は感極まっている。
「陸、泣いてるの?」
「うっせ、泣いてねえよ……」
「ふふっ。泣いてんじゃん」
「うるせっ」
闇を抜けた先、そこは天国にも近い場所だった。
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夏休みも終盤に差し掛かった、相も変わらず暑い朝。私は宿題に追われていた。
居間から聞こえる競馬実況。父とのふたり暮らしに戻ってからは、会話が一層減っていた。
宿題が一段落した頃、窓の外へと目をやった。西に沈みいく太陽に、新学期までのカウントがまたひとつ。
冷蔵庫に飲み物を取りに行くと、父は一日中パジャマで過ごしていたのか、朝起きたままの格好で煙草を吸っていた。
「ねえ。奈緒さんの部屋って、片していいの?」
「さぁ。どうしたもんかなぁ」
換気扇に、細い煙を送る父。
「さぁって、自分で出てけって言ったくせに」
「そうだなぁ」
すーっと煙草の先を赤くさせ、また糸のように吐いていた。
感情の読めぬ答え方に嫌気がさす。冷蔵庫の扉は強く閉めた。
「奈緒さんがもう帰ってこないなら、あそこはお母さんの部屋だし、片付けるから」
「うーん」
「選択してね」
奈緒さんを呼び戻すか、別れるか。




