⑦
翌朝、ベランダに遊びにきた雀の声で目を覚ます。時刻は十一時半。陸はピザ屋のバイトへ行けたのだろうか。
昨夜の私はメールをチェックしては落胆し、またチェックするという行為を深夜まで繰り返した。陸へ残った微かな信頼が、事故や事件を思わせる。
『陸いる?』
だから楓にメールを送った。もしも今病院ならばどうしようと、不安も抱えながら。しかしすぐにきた楓の返信が、容易に私の胸を抉った。
『お兄ちゃんはもう、バイトに行ってるよ』
事故でも何でもなかった。陸は普通に起きて、普通にバイトへ行った。
暫時思考が停止した後押し寄せたのは、もの凄く静かで、もの凄く大きな憤り。
気付けば陸の働くピザ屋まで足を走らせていた。彼の終業時刻も知らないが、店の前で待ち伏せすればいいと思った。そんなことまでするのかと、己で己を軽蔑しながら。
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三時間ほどが過ぎた頃、店から出てくる陸の姿が目に入る。
「り、陸!」
自転車のペダルに足をかけた彼の横顔にそう叫ぶ。彼の目はみるみる見開き、まるでお化けにでも遭遇したかのよう。
「の、乃亜。どうしてここに……」
「なんでっ、メールするって約束──」
言葉に詰まる。その顔を見ただけで涙が落ちる。
「乃亜っ」
ガタンと音を立て倒れた自転車を気にも留めず、陸は私に駆け寄った。
ちゃんと責めたいのに、ちゃんと理由を聞きたいのに。涙がそれ等の邪魔をする。
静かに泣く私の肩に、陸は手を添えてこう言った。
「ここ店の前だから、違う場所で話そう」
人気の少ない路地の隅、自転車を止める彼。私の涙も、その頃には少し穏やかに。
「陸……二次会行ってたの?」
「行ってない。行かないって言ったじゃん」
「じゃあなんで、連絡できなかったの?」
「それは、ごめん……」
「なんで?」
今度は陸が言葉を詰まらせる。それはとても珍しいことで、大きな不安が押し寄せた。
「……凛花が、さ」
「凛花?」
「誰か知らねえけど、バーベキュー場に酒持ってきた奴がいて、凛花がそれを間違って飲んだんだ。それで、ふらふらになって危なっかしかったから、おぶって帰った」
それは、連絡できなかった理由に値しないと思った。凛花と別れてから、いくらだって時間はあった。
責め立てたい気持ちをグッと堪える。
「凛花、大丈夫なの?」
「ああ、今朝メールした時はもう平気だって言ってた」
私をそっちのけで、凛花とはメールをした。黒い感情が、心を支配していく。
「乃亜……俺、さ」
もはや悪魔にも見えてきた陸が、次のひとことで閻魔と化した。
「俺、凛花と付き合った」




