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別れ際に陸は言った。
「明日帰ってきたら、乃亜にメールするよ。その方が安心だろ?」
恋人でもない私がそんなことを、望んでもいいのだろうか。視線を地面に落とす。
「二次会、陸が行きたかったら行っていいんだよっ」
「行ったらまた、ご機嫌ナナメだべ」
陸は全てを見透かしてくる。私が彼に何をして欲しくて何をして欲しくないのか、知っている。
黙り込む私に、彼は続けた。
「俺、明後日はバイトで朝早いんだよ。二次会行かないのはそれが理由。乃亜が気にすることじゃない」
ほら。このままだと私がこの後、後ろめたさでいっぱいになることもお見通しだ。
「じゃ、じゃあ。メール待ってる」
その返事に、陸はにこっと微笑んだ。
決して手に入らぬ魚とこんな近距離で過ごすこと、陸は辛くないのだろうか。
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その日は朝から晴れ渡り、絶好のバーベキュー日和だった。そろそろ公園へ着いたかな、もう野菜を切り始めたかな、などと時計を見ては、陸の目に映る光景を想像する。早く夜になれと、そう願って。
「ありがとうございましたー」
今日のバイトは昼間から。ゴールデンウィークのような長期休暇は、従業員の主婦達がこぞって休む為、人手の足らぬ店は常に忙しかった。でも、そのお陰で助かった。忙しなく過ごす時間は、ただ待ちぼうけの時間よりも圧倒的に早く進む。退勤する時にはもう、夕方四時をまわっていた。
そわそわする気持ちと共に家へは帰れず、川沿いコースの途中で土手の段差に腰を下ろす。日の出運動公園から私達が住む街までは電車で三十分ほど。陸からメールがくるまでここで待っていよう。そう決めた。
優しい川風に、思いを馳せる。
私の一番の不安要素は『私が知らない世界』だ。私のいない場所で、陸の世界が広がっていくのが怖い。知らない友人、知らない予定、知らない出来事。それはふたりでいる時に現れる超絶美人よりも、遥かに脅威である。
高校に入学してからまだ一ヶ月。こんなことでは心臓がもたない。
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辺りはすっかり陽が沈み、川辺を歩く人も疎らになってきた。途中コンビニで買ったコーヒーも、とうに空。陸からの連絡は未だにこない。
卒業式の時のように、携帯電話の電池が切れたのかもしれない。でもだとしても、帰宅すれば充電ができる。それでは携帯電話そのものを落としたのだろうか。ならば楓経由で連絡をすればいい。迷子。そんな険しい道のりではない。だとすると──
二次会に行った。これが一番しっくりくる。
行ってもいいよと私は言った。だからべつに、それ自体は問題ではない。行くのだと決めたことを知らせない。それが問題なのだ。
陸と私はただの幼馴染。だから、こんなことで苛立つ自分の方が異常者なのだろうけど、自ずと込み上げてくる感情は抑えられない。それと同時に、目からは涙が溢れた。
健気に待った自分が馬鹿に思えた。陸を信じなければよかったと思った。でも、それでも何度だって携帯電話を開いてしまう。
「陸の嘘つき……」
もう一時間だけと決めて待ってみたけれど、結局、陸から連絡がくることはなかった。




